竜宮城をイメージした片瀬江ノ島駅の駅舎。
竜宮城をイメージした片瀬江ノ島駅の駅舎。

夜から雨になるという予報だったが、今のところは天気がよくてホッとする。そう言えばひかり号の車窓から富士山の姿がはっきりと見えた。

新幹線の車窓から見た富士山。
新幹線の車窓から見た富士山。

ほどなくして編集者のKさんが現れ、散策が始まった。東京に住んでいた頃、江の島には何度も来た記憶がある。島内のお土産物屋のレトロな雰囲気が好きだったし、砂浜から島影を眺めるのもいい気分だった。とはいえ、大阪に移り住んで以来、東京に来ることはあってもなかなか江の島まで行く機会はなく、今回の散策は自分にとって随分と久しぶりだった。

駅から島へ向かって歩くには江の島弁天橋を渡ることになる。その橋のたもとあたりから「べんてん丸」という船に乗ることができ、島の西端まで10分ほどで運んでくれる。ぜひその船に乗りたいと思っていたが……この日は風が強かったためか急きょ欠航になってしまったようで残念だ。

ちなみにKさんはそのべんてん丸に何度も乗ったことがあり、ある時などは、べんてん丸に乗って島に渡り、すぐに帰りの便に乗って江の島を後にしたことすらあるという。そんなに楽しい船なら絶対にいつか乗ってみたい。

かつてKさんが乗ったというべんてん丸からの様子。
かつてKさんが乗ったというべんてん丸からの様子。

気を取り直し、橋を渡って正面から島へと上陸することにした。徐々に島が近づいてくるそわそわした気持ちを味わうのも久々のことだ。

橋の上から江の島を眺める。
橋の上から江の島を眺める。

島内観光に欠かせない江の島エスカー

橋を渡り切り、鳥居をくぐるとそこは江の島弁財天仲見世通りである。江島神社へと続く参道の両脇に土産物屋や飲食店が立ち並び、平日にもかかわらずかなりの賑わいだ。海外からの観光客も多く、古い店も多く残るこの雰囲気はきっと面白く映るだろうなと思った。

幅広い年齢層の人々で賑わう仲見世通り。
幅広い年齢層の人々で賑わう仲見世通り。

大きなたこせんべいを食べ歩いている人々をちょっとうらやましく思いつつ進んでいくと、赤い鳥居が現れ、江島神社へ続く石段が見える。

大勢の人が石段を上がっていくが……。
大勢の人が石段を上がっていくが……。

この石段を上れば「辺津宮」「中津宮」を経て島の頂上部へとたどり着くことができるのだが、その石段の、向かって左側へ視線を向けると「江の島エスカー」の乗り場が見えてくる。私は今回、これに乗りに来たのだ。

参道の脇に「江の島エスカー」の乗り場がある。
参道の脇に「江の島エスカー」の乗り場がある。

江の島エスカーは江の島展望灯台への輸送手段として、1959年に開業した上り専用のエスカレーター。高低差が46mもある島の頂上部への道のりを、楽に移動することができる。全体が4連のエスカレーターで構成され、その全長は約106mにもなる。乗り場は3カ所あり、それを乗り継いでいくスタイルだ。全区間利用すると大人一人500円で、区間ごとに乗ることもできる。また、「江の島サムエル・コッキング苑」や展望灯台への入場券とセットになったチケットも販売されている。

一見すると普通のエスカレーターだが……。
一見すると普通のエスカレーターだが……。

全区間のチケットを買った私は、QRコードを読み取り端末にかざし、いよいよ江の島エスカーに乗る。乗り心地自体はいわゆる普通のエスカレーターと変わらないが、壁面に映し出される美しい映像に驚かされた。3区で構成される江の島エスカーのうち、1区は2022年に大規模な改修が行われ、以来、「Luminous Way」と名付けられた空間映像演出が導入されたのだという。かつて何度か江の島エスカーに乗ったことのある私だが、印象がまったく違って新鮮だった。

壁面に美しい映像が投射されている。
壁面に美しい映像が投射されている。

取材当時はなかなかに日差しが強い日だったのだが、そんな日でも、江の島エスカーの内部は涼しく、疲労を感じずに島の頂上部に上っていけるのがありがたい。

エリアごとに異なる映像も楽しい

映像に見惚れているうちに出口にたどり着いた。

ロゴがちゃんとエスカレーターになっていて可愛いと思う。
ロゴがちゃんとエスカレーターになっていて可愛いと思う。

目の前に江島神社の「辺津宮」がある。辺津宮は源実朝によって建永元年(1206)に創建された歴史ある神社で、多くの人が参拝していた。私もお詣りをしていく。境内に人が集まっている一角があり、何だろうと思って見てみると亀がいた。

子どもたちの人気者になっていた亀。
子どもたちの人気者になっていた亀。

そこからまたすぐの場所に江の島エスカーの2区の乗り場がある。乗ってみると先ほどとは映像のコンセプトが違い、海の中から海面へと出て江の島を眺めているような演出がなされていて、見た目にも涼やかで気持ちいい。この2区にLuminous Wayが導入されたのは2025年10月のことだそうで、ここ数年で江の島エスカーが大きく進歩していることがわかってうれしかった。

2区では海の中にいるような気分を味わった。
2区では海の中にいるような気分を味わった。

再び江の島エスカーを降りて、今度は江島神社の「中津宮」にお詣りする。

朱塗りの社殿が綺麗だった。
朱塗りの社殿が綺麗だった。
木々の切れ目から見える海もまた美しい。
木々の切れ目から見える海もまた美しい。

いよいよ最後の江の島エスカー乗り場へ。3区ではアーティストの佐藤純さんが手掛けた作品が壁面を彩っている。その一部はエスカレーターに乗った状態で描かれたものらしく、軽やかな動きを感じさせる線が素敵だった。

佐藤純さんが描いた壁画を眺めつつ上へ向かう。
佐藤純さんが描いた壁画を眺めつつ上へ向かう。

江の島エスカーのおかげであっという間に島の頂上部に到着した。そこには公園施設「江の島サムエル・コッキング苑」と、その園内に立つ江の島のシンボル的な展望灯台「江の島シーキャンドル」がある。

江の島サムエル・コッキング苑に到着。
江の島サムエル・コッキング苑に到着。

園内の江ノ島遊園事業所で担当者の方に改めて江の島エスカーについて話を伺った。江の島エスカーの開業より前の1951年に初代の展望灯台ができたが、その当時、そこまで行くには長い階段を上って向かう必要があり、途中で断念して帰ってしまう人が多かったそうだ。そんなこともあって江の島エスカーができ、以来、江の島観光に便利な移動手段となっているのだ。3区間の利用者数は一日あたり約3000人。2025年は一年間で約11万人もの人が乗ったのだとか。

ちなみに、「エスカー」という名の由来については、「上り専用で下りが無かったことから、“半分のエスカレーター”で、“エスカー”という名称になったと伝えられております」とのこと。楽しい豆知識が得られた。

開業から65年以上が経った江の島エスカー。屋外型のエスカレーターということもあり、また江の島の地形的な特徴から、塩害・粉塵の影響を受けやすいのだという。事業所では安全・安心な運行を第一に、営業終了後の点検・清掃・補修を定期的に実施して不具合の未然防止に努めているとのことだった。

久々の江の島はやっぱり最高だった

通常時は終日無料開放されている「江の島サムエル・コッキング苑」を歩き、園内にたくさん植えられた美しい花や木々を眺める。植物のおかげか、あるいは標高が高いからだろうか、ここまで来るとだいぶ空気が涼しく感じられる。

江の島を愛したイギリスの貿易商、サムエル・コッキングの生涯について園内で学び、彼がこの地に築き上げた植物園の遺構を眺めて歩く。

歴史を感じるレンガの風合いだ。
歴史を感じるレンガの風合いだ。
バラがたくさん咲いていて色鮮やかだった。
バラがたくさん咲いていて色鮮やかだった。

さらに、島の西側へと進み、江島神社の「奥津宮」へ。

島の西端近くにある「奥津宮」。
島の西端近くにある「奥津宮」。

鎌倉幕府を開いた源頼朝は江島神社にも度々参拝したそうで、奥津宮の鳥居は頼朝が寄進したものだと伝えられている。歴史を感じながら散策できるスポットとしても江の島は面白い。奥津宮の拝殿の天井には江戸後期の絵師・酒井抱一が描いた「正面向亀図」のレプリカが。

天井には酒井抱一が描いた「正面向亀図」のレプリカが。
天井には酒井抱一が描いた「正面向亀図」のレプリカが。

これはレプリカで、本物は劣化を防ぐために江島神社の宝殿に収められているそう。「八方睨みの亀」という通称がある絵で、なるほど、どの角度から見てもこっちを睨んでいるように見える。

また、境内には「亀石」と呼ばれる、亀の甲羅のような模様のある自然石が祀られていて、今にして思えばさっき生きた亀を見られたのがなんだかありがたいことに思えてくる。

そこからまた西へ進んでいくと、食堂が数軒並ぶ道から急な階段を下りて「岩屋」へと至る。この岩屋は波の浸食によって作られた洞窟で、江の島信仰の発祥の地として崇拝されてきた。周囲にはむき出しになった岩肌が複雑な形を見せている。

長い時間をかけて作られた岩屋付近の風景。
長い時間をかけて作られた岩屋付近の風景。

入洞料を払うと洞窟の内部に入ることができる。

岩屋への入り口。
岩屋への入り口。

途中、ロウソクを無料で貸し出してもらい、それを手に洞窟内を歩けるエリアがあり、ひんやりとした空気の漂う暗い空間を小さな炎が照らす様子は幻想的である。

ロウソクを手に洞窟を歩く。
ロウソクを手に洞窟を歩く。
外は暑くても洞窟の内部はひんやりと涼しい。
外は暑くても洞窟の内部はひんやりと涼しい。

岩屋には第一岩屋と第二岩屋という二つの洞窟があるのだが、その間の道から、「亀石」という石を見下ろすことができた。潮の加減で亀のように見えるという石で、これは自然にできた石ではなく石工の中村亀太郎という方がノミで彫ったものだと伝わっているらしい。

今日は亀尽くしでめでたい気分だ。
今日は亀尽くしでめでたい気分だ。

岩屋を出て、さあ、楽しみなのは食事だ!さっき軒先を通ってきた味わい深い数軒の食堂の中から『冨士見亭』を選んで入ってみることに。

明治初頭創業の老舗『冨士見亭』へ。
明治初頭創業の老舗『冨士見亭』へ。

創業明治初頭、150年以上この地で営業してきたという老舗で、店名の通り、窓の外、海の向こうに富士山の稜線が浮かび上がっている。

行きの新幹線からも見えた富士山に乾杯。
行きの新幹線からも見えた富士山に乾杯。

そんな素晴らしいシチュエーションで、生しらすと釜揚げしらすをつまみつつ生ビールを飲む。

生しらすと釜揚げしらすをつまみに飲む。
生しらすと釜揚げしらすをつまみに飲む。

そして締めにはラーメンを。

『冨士見亭』のシンプルなラーメンが美味しかった。
『冨士見亭』のシンプルなラーメンが美味しかった。

来た道をゆっくりと引き返し、江の島を後にした。せっかくだからと砂浜に出て、波を眺めた。さっきまでいた江の島も向こうに見える。

海から江の島を眺める。
海から江の島を眺める。

久々に来た江の島だったが、自然が作り上げた景観と歴史と、そして味わい深い商店がある、素晴らしい場所だと改めて思った。また江の島エスカーに乗りに来よう。

「江の島エスカー」詳細

/営業時間:8:50~19:05/定休日:無/アクセス:小田急電鉄江ノ島線片瀬江ノ島駅から徒歩15分、江ノ島電鉄江ノ島駅から徒歩20分

文・写真=スズキナオ