【浅草・南千住・三ノ輪の切絵図】

今戸箕輪浅草絵図

切絵図の左下に「浅草寺」がある。浮世絵にもあるように雷門、仁王門、本堂が直線に並ぶ配置は今も同じだが、切絵図に仲見世商店街はなく浅草寺の子院が並んでいる。地域住民が子院の門前を借りて店を出すのは貞享2年(1685)頃からで、当時は小屋掛けの店だった。

切絵図中央の堀で囲われた一角が遊郭の「新吉原」で、北側に「山谷堀」と「日本堤」が見える。現在、山谷堀は暗渠になり、日本堤は土手通りになった。山谷堀を遡上すると「浄閑寺」の名前も認められる。

新吉原の少し右側にある「仕置場」は小塚原刑場のこと。回向院、延命寺の名前はない。仕置場の上には「火葬寺」とあり、刑死者を火葬したと考えられる。現在、このあたり一帯は住宅地になり、歴史を伝える面影はない。

※掲載の古地図は、江戸の町を32区画に分割して作った切絵図を使用。すべて、麹町にあった金鱗堂が出版したもので、屋号である尾張屋清七から「尾張屋板(版)」と呼ばれる。鮮やかな多色刷りが特徴。
※切絵図内の白色の部分は【大名屋敷などの武家地・御用地】、赤色は【神社仏閣】、灰色は【町屋】、黄色は【道】、青色は【海・川・池】、緑色は【山林・土手・馬場・田畑など】を示している。

歌川広重『江戸高名会亭尽 浅草雷門前』。
歌川広重『江戸高名会亭尽 浅草雷門前』。

【散歩コース】

スタート:浅草駅は地下鉄銀座線で上野駅から6分・180円。

地下鉄銀座線・浅草線浅草駅→(6分/0.4㎞)→浅草寺→(2分/0.1㎞)→べらぼう 江戸たいとう大河ドラマ館→(9分/0.6㎞)→待乳山聖天→(26分/1.7㎞)→平賀源内墓→(16分/1.0㎞)→小塚原刑場跡(回向院)→(2分/0.1㎞)→延命寺→(12分/0.8㎞)→浄閑寺→(1分/0.1㎞)→地下鉄日比谷線三ノ輪駅

ゴール:三ノ輪駅から地下鉄日比谷線で上野駅まで4分・180円。

今回のコース◆約4.9km/約1時間20分/約6600歩

将軍も訪れた都内最古の寺院「浅草寺」

推古天皇36年(628)開創と伝わる古寺。江戸時代は曲独楽、居合抜、手妻(奇術)などの見世物小屋が境内に集まり、徳川8代将軍吉宗も見物に訪れた。

「浅草寺」詳細

江戸三大祭の三社祭で知られる「浅草神社」

浅草寺の本尊である観音様を発見した檜前浜成(ひのくまのはまなり)・武成(たけなり)兄弟と、その像を安置した土師真中知を祭神に祀る。社殿は徳川3代将軍家光の寄進で、国の重要文化財に指定されている。

「浅草神社」詳細

大河ドラマの世界観に触れる『べらぼう 江戸たいとう大河ドラマ館』

ドラマの概要紹介や、登場人物の衣装・小道具などを展示する。2026年1月12日までの開設。主催は台東区大河ドラマ「べらぼう」活用推進協議会。

『べらぼう 江戸たいとう大河ドラマ館』詳細

住所:東京都台東区花川戸2-6-5 台東区民会館9F/営業時間:9:00~16:30/定休日:第2月(祝の場合は翌)/アクセス:私鉄・地下鉄浅草駅から徒歩5分

良縁、商売繁盛の御利益を授ける「待乳山聖天(まつちやましょうでん)」

標高10mの高台に立つ浅草寺の子院で、正しくは本龍院。江戸時代は筑波山や富士山を望む景勝地として人気があり、歌川広重の浮世絵などにも描かれている。

「待乳山聖天」詳細

エレキテルで知られる奇才「平賀源内墓」

江戸時代中期の奇才で、『吉原細見』の序文やエレキテルで知られる。寺は移転し、源内の墓のみ残っている。

「平賀源内墓」詳細

住所:東京都台東区橋場2-22-2/営業時間:開錠時に見学可/アクセス:JR・地下鉄・つくばエクスプレス南千住駅から徒歩18分

鈴ヶ森と並ぶ江戸の二大刑場「小塚原刑場跡(回向院)」

江戸時代の刑場の1つ。蘭学者・杉田玄白などが刑死者の解剖に立ち会い『解体新書』を完成させた。後に刑死者などを供養するために回向院が開創された。

「小塚原刑場跡(回向院)」詳細

約4mの延命地蔵がほほえむ「延命寺」

明治28年(1895)に回向院の境内が鉄道で分断されたことにより開創された。寛保元年(1741)建立の延命地蔵尊は刑死者を弔うもので「首切地蔵」とも呼ばれている。

「延命寺」詳細

住所:東京都荒川区南千住2-34-5/営業時間:境内自由/アクセス:JR・地下鉄・つくばエクスプレス南千住駅から徒歩5分

身寄りなき遊女を供養する「浄閑寺」

安政2年(1855)の大地震で亡くなった新吉原の遊女が投げ込むように葬られたことから、投込寺とも呼ばれている。境内に新吉原総霊塔があり、遊女に思いを寄せた作家・永井荷風の詩碑が立つ。

「浄閑寺」詳細

住所:東京都荒川区南千住2‒1‒12/営業時間:8:30~17:00(12~2 月は~16:30)/定休日:無/アクセス:地下鉄日比谷線三ノ輪駅から徒歩1分
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【今昔こぼれ話】大人の社交場・新吉原

歌川広重『東都名所 新吉原』。
歌川広重『東都名所 新吉原』。

吉原遊廓は幕府公認の遊郭で、元和3年(1617)に日本橋人形町に開設された。その後、明暦3年(1657)に台東区千束に移転する。移転前を「吉原」、移転後を「新吉原」と呼び分けることもある。

新吉原は南北約270m、東西約360mの広さで、周囲は高い壁とお歯黒溝どぶ(堀)で囲まれていた。入り口は吉原大門のみ。門前通りは五十軒道といい、ここに蔦屋重三郎の書店「耕書堂」があった。

郭内の中央には仲ノ町と呼ばれる大通りがあり、左右に伏見町、江戸町、京町などが並んでいた。仲ノ町には引手茶屋(ひきてぢゃや)が軒を連ね、飲食や芸者の芸を楽しむお座敷遊びの後に、引手茶屋の案内で遊女屋へ出向くのが粋とされた。

大河ドラマにも登場する九郎助稲荷ほか6つの神様を合祀する吉原神社、大門前の見返り柳、お歯黒溝の石垣、観光拠点施設「江戸新吉原耕書堂」(開館は2026年1月12日まで)などが見られる。

5つの稲荷神社と吉原弁財天を合祀した吉原神社。
5つの稲荷神社と吉原弁財天を合祀した吉原神社。
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取材・⽂・撮影=アド・グリーン
『古地図であるく 大江戸散歩地図』より

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