ネパール

ヒマラヤ山脈を擁する南アジアの山岳国。日本在住者はこの5年で倍増し、現在20万6898人。このうち35%が留学生で7万3136人を数える。インドカレー店などのレストラン経営者、コック、その家族も非常に多い。首都圏におよそ9万人が集住している。

韓国人のコミュニティーがあったことが「リトル・カトマンズ」の土台に

「近くに日本語学校がいくつもあるから、留学生がたくさん住んでいるんですよ」

駅のそばでインド&ネパール料理店『モモハウス&バー』を営むイソル・ダカルさんは言う。

三河島のネパールコミュニティーが発展する様子を見てきたオーナーのイソル・ダカルさん。
三河島のネパールコミュニティーが発展する様子を見てきたオーナーのイソル・ダカルさん。
『モモハウス&バー』の店内。
『モモハウス&バー』の店内。

なるほど、取材中にも留学生と思しき若者たちが店に出入りし、なかなかに繁盛しているようだ。店名にもなっている自慢のモモ(チベット・ネパール風の水餃子)だけを食べてサッと帰っていく人、あれこれ持ち帰りしていく人、仲間同士で店の前でダベッている3人組もいる。

やはりモモを食べている女性に話しかけてみたら、彼女も留学生。「日本に来てまだ1年」だと言うがけっこう流暢な日本語で、

「近くの日本語学校に通っているんです。卒業後はビジネス系の専門学校に進学しようと思っていて、今日はそのオープンキャンパス。終わったらおなか減っちゃって」

なんて教えてくれる。

「前は小岩に住んでいたんですが、三河島のほうがネパール人が多いし、お店もたくさんあるので引っ越してきたんです」

いまでは三河島から日暮里あたりにかけてネパール料理のレストラン、食材店、さらにファッションのお店まで、およそ10数軒が点在する。荒川仲町通りという古いたたずまいでいい風情の商店街もあるのだが、そこにもネパールの店が溶け込むように何軒か。街を歩いていても南アジア風の顔立ちとよくすれ違う。

モモ500円は外せない。蒸し上げたあとにギー(バターオイル)を塗って提供。トマトと胡麻のソースでいただく。
モモ500円は外せない。蒸し上げたあとにギー(バターオイル)を塗って提供。トマトと胡麻のソースでいただく。
「NO MOMO NO LIFE」! そう考えるネパール人は多い。
「NO MOMO NO LIFE」! そう考えるネパール人は多い。

ネパールといえば新大久保を想像する方もいるだろう。「リトル・カトマンズ」と呼ばれるほどネパール系の店が密集する。しかしなにせ新大久保は巨大都市・新宿の隣駅。家賃が高いのだ。留学生もたくさん住んではいるが、たいていルームシェアをしているし、安いところはすごく狭いかすごく古いか、いずれにせよあまり住環境はよくない。さらにネパール人だらけの環境はちょっと、というネパール人だって当然いるわけで、いまでは都内各所への分散も進む。そのひとつが、家賃は手ごろで交通の便もまあまあいい三河島というわけだ。

加えて三河島にはもともと韓国人のコミュニティーがあった。だから外国人でも貸してくれる物件がほかの地域よりも多い。留学生がアパートを借りやすいだけでなく、レストランなどのビジネスも始めやすい。新大久保しかり、大阪の今里や鶴橋しかり、ネパール人やベトナム人など“新参”の外国人が急増している地域の土台を築いたのは韓国人というケースはよく見る。

留学生たちの生活を支える店

三河島にはサリーやアクセサリーなどネパールファッションの店まである。
三河島にはサリーやアクセサリーなどネパールファッションの店まである。

「このあたりにネパール人の店は1軒だけだったんですよ。荒川区役所前の『ニルヴァーナ』。私はそこで、コックとして働いていたんです」

イソルさんは言う。経営こそネパール人だが日本人向けにアレンジされたインド料理を出す、いわゆる「インネパ」系のカレー屋だ。こうした店ではコックが経験を積みお金を貯めて独立する動きがさかんだが、イソルさんもそのひとりだった。複数のインネパ店を経営していたオーナーから『ニルヴァーナ』を買い取ったのだ。そして近隣で目立つようになってきたネパール人留学生もターゲットにした『モモハウス』を2016年にオープン。さらにネパールをはじめアジア食材の店も始めた。するとさらに三河島に住むネパール人が増え、ネパール人相手のレストランや食材店もちらほらと現れるように。

「コロナの前くらいかな。ウチのほかにもネパールのレストランがいくつかできて、いまはたくさん」

腕利きのコックが働く。
腕利きのコックが働く。

競争は激しそうだが「ウチはほかよりおいしいので大丈夫」と胸を張る。留学生が朝食を食べられるようにと朝9時から営業し、夜は、ネパールのツマミと共に一杯やる留学生でバーというか居酒屋のようににぎわう。実はイソルさん、「茨城の取手にも店を持ってるんです。あそこも留学生が多いから」と、留学生のニーズを捉えたビジネス展開をしている。一介のコックから日本でノシ上がって、いまでは合わせて5店舗を展開するヤリ手の社長なのだ。

すぐそばで食材店も経営。
すぐそばで食材店も経営。

モリモリ食べたいネパール定食ダルバート

手前から時計回りに、ダルバート(ネパール風の定食)800円、アルナビール650円、バトマスサデコ(大豆のサラダ)500円、ジブロ(羊のタンの炒めもの)700円。
手前から時計回りに、ダルバート(ネパール風の定食)800円、アルナビール650円、バトマスサデコ(大豆のサラダ)500円、ジブロ(羊のタンの炒めもの)700円。

『モモハウス』にはインネパ的なインドスタイルのカレー&ナンのセットもあるが、ここはやはりネパール料理で攻めたい。

まずはビールでも飲みながらツマミをつついてみてはどうだろう。現地では有名なネパールアイスというブランドのほかに、若者に人気だというアルナビールを置いてあるあたりが留学生の多い店らしい。

羊のタンを炒めたジブロは歯ごたえたっぷり、スパイシーな味つけでビールが進む。ほかにも肉をスパイスでマリネしたチョエラとか、炭火焼き肉のセクワなど、ネパール料理は酒と合わせて楽しむものが多いとメニューを見て改めて実感する。大豆の和え物バトマスサデコは箸休めにちょうどいい。

そしてネパール料理店に来たならば国民的定食であるダルバートをぜひ。ダル(豆の煮込み)とバート(米)をベースに、インドのものよりだいぶマイルドなスープカレー、タルカリという野菜メインの総菜、スパイス漬け物アチャール、豆の粉でつくったせんべい的なパパドなどがつく。いずれも優しい味わいで、インド料理よりもむしろ日本人にはなじみやすい。

インドとはまったく違う故郷の味を楽しむ留学生たちの暮らしぶりが、三河島の街角からは垣間見えてくるのだ。

ネパールのラム酒ククリはロックかソーダorコーラ割りで。
ネパールのラム酒ククリはロックかソーダorコーラ割りで。
住所:東京都荒川区東日暮里6-3-1/営業時間:9:00~24:00/定休日:無/アクセス:JR常磐線三河島駅から徒歩1分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年8月号より

JR常磐線の三河島駅は、1日におよそ1万人が利用する。これは東京23区のJR駅の中では、きわめて少ないほうらしい。さぞ寂しいのでは……と思いきや、歩いてみれば意外と活気のある場所なんであった。
【ネパール(नेपाल)】インドと中国に囲まれ、ヒマラヤ山脈が東西を貫く自然豊かな国。近年は日本に住むネパール人が約9万6000人と急増中。カレー屋経営とその家族、留学生が多い。都内では新大久保のほか蒲田、小岩などに大きなコミュニティが根づいている。
近年増えている東京在住のネパール人。元々、日本で営業しているインド料理店の多くがネパール人の経営だったが、ネパール人の増加にともない本格的なネパール料理店も増加中。ここ『ソルマリ』もそんな一軒だ。