取材・文 = 室橋裕和(むろはしひろかず)

1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)。

「イスラム横丁」の奥に息づくネパール料理店『ソルティカージャガル』

新大久保の「イスラム横丁」が、なんだかどんどんカオス度を増している気がする。JR新大久保駅から大久保通りを渡り、北に延びる路地を入ったあたりだ。ハラル食材店が並び、雑居ビルの中には小さなモスクまであることから、いつしか「イスラム横丁」と呼ばれるようになったエリアだが、いまではベトナム料理店の軒先でサトウキビジュースやらドリアンを売っていたり、中国人の学生が通う予備校があったり、民族衣装を来たアフリカ系の人々が歩いていたりする。

パキスタン系の食材店の軒先で出している一杯100円のチャイを飲んでいると、いったいどこの国にいるのかわからなくなってくるが、その隣のビルの2階だ。

建物の脇の外階段を上っていくと、まず韓国系の美容室が出迎えてくれる。たまにパーマが仕上がるのを待っている韓国人のおばちゃんが、外のベンチでダベっていたりする。そこをすんませんと横切って、到着するのが目標のネパール料理レストラン、『ソルティカージャガル』だ。

『ソルティカージャガル』。

が、果たしてここは本当にレストランなのだろうか。入ってみると、ネパールやインドのスパイス、豆や米、調味料などが棚にびっしり並ぶ。左手のカウンターは送金屋だろう、ネパールルピーや米ドルの為替レートが貼られ、客と店員がなにやら異国の言葉で談笑している。店員なのか誰なのかよくわからない南アジア系の人々もさかんに出入りし、やや気後れするのではあるが、思い切って奥のほうへと足を踏み入れてみると、そこに小さな食堂があるのだ。

スパイス類がびっしり並ぶ食材コーナー。店の料理もこれらを使う。
店主のジワンさんは、この店のほかに2店舗を構えるやり手の経営者。
送金ブースまで併設。まさにネパ ール人コミュニティに欠かせない店なのだ。

名物は水牛のモモ。ネパール風のそばがきも

まるでカトマンズの下町だと思った。スパイスの香りが漂う店内で、古びた木のテーブルについてメシをかっこんでいるのは、近所で働いているらしいおっちゃん、食材を買い出しに来たらしいおばちゃんたち。みんなネパール人のようだ。壁にかかったヒマラヤの写真や、なにやら神さまを祀る小さな祭壇。流れている空気はもはや日本ではなかった。

店内を見守るネパールの神。

メニューも巷(ちまた)のネパール人経営のレストランと違ってバターチキンカレーやチーズナンなんか置いてはいない。聞いたこともない謎の料理もけっこうあるが、気になったのはバフ・モモ。チベット・ネパール風の水餃子モモの具に、バフ(水牛)を使っているのだ。

「最近の新大久保では、けっこう見るようになってきましたよ」
そう教えてくれたのは店主のジワン・クマル・グルンさん(36)。この街に住み、働くネパール人が多いことから新大久保は「リトル・カトマンズ」という異名も持っているのだが、彼らの需要に応えてローカルフード、バフを取り入れるレストランが、このところ増えてきているそうな。

運ばれてきたほかほかのモモに、ごまのペーストと唐辛子を混ぜたというタレをつけて食べると、バフのミンチから肉汁が滴る。独特の歯ごたえがたまらない。チキンやマトンのモモよりも、ずっとジューシーだ。

しかしネパールと言えばヒンドゥー教徒が多く、牛肉は禁忌なのではないかと思ったが、水牛は別で、食べてもいいのだとか。ちなみにジワンさんは自らを「ヒンドゥー教と仏教、どっちも半分くらいかな」と評する。

キッチンで腕を振るうシェフ。
ソルティグルンディドセット 1500円、バフ・モモ 800円、バフ・スクティ 1000円。ほか一品料理は400円~。日本語メニューあり。

さらにディド、つまりネパール風のそばがきのセットも頼んでみた。あずき色したディドのまわりを取り囲む、色鮮やかな料理の数々。チキンやマトンなどから選べる2種のカレー、豆スープのダル、野菜のスパイス炒めなどのタルカリ(おかず、総菜)を、ディドと一緒に食べるのだ。

「ディドはもともと、米が取れない山の地域の食べ物だったんです。昔は貧乏な人が食べたけど、いまは健康にいいと注目されるようになりましたね」
ケーキのようでもあり、ちょっともっちりした食感で、ダルやカレーにはよく合う。腹持ちも良いそうだ。

もう一品、バフの干し肉を炒めたスクティは、歯ごたえもスパイスもたっぷりで、これはオヤジ居酒屋にあったら絶対に受けると思う酒のつまみだ。

外国人の商売人が勝負をかける街

ネパール中部ポカラ出身のジワンさんが日本に来たのは2008年のこと。
「ネパールにも仏教徒が多いですが、日本も同じ仏教の国だし、安全、安心かなと。それにmade in japanっていえばホンモノ、信頼できるってイメージだし、行ってみて、なにか学びたいと思ったんです」

ジワンさんの故郷、 ポカラの風景。

留学生として、はじめは岡山県の日本語学校で学び、それから上京して高田馬場の専門学校へ。新宿に引っ越し、すぐそばの新大久保も生活圏になった。
「それからずーっと、このへんです。バイトもこの街でいろいろやりました。マクドナルド、ロッテリア、金の蔵、ワタミ……」

そうして語学力を鍛え、日本社会を知り、卒業後は貿易関連の会社に就職。そこでしばらく働くと、独立して自分の会社を立ち上げるのだ。
「この店を開いたのは2014年です。その頃は、このあたりにネパールの店はあまりなかったですね。近くの『モモ』の次で、うちが2番目」

なかなかの苦労だと思うのだが、いま日本では、ジワンさんのように留学生からスタートして、起業する外国人が増えている。外国人はどこの国の人であっても、ずっと人に雇われているよりは自分でビジネスに挑戦していくことを選ぶ傾向が強いように思う。

新大久保駅から東はコリアンタウンだが、北と西にはアジアごった煮世界が広がる。

そして、彼らのような商売人が集まってくる街として、新大久保は注目されている。コリアンタウンもあって、外国人が住み、働く環境が整っていること、日本語学校の多さ、それに新宿から近い便利な立地。

そんな理由からここで暮らすネパール人たちが『ソルティカージャガル』にはやってくる。この店で食事をしながら、彼らの生活ぶりに触れてみてはどうだろうか。

『ソルティカージャガル(Solti Khaja Ghar)』店舗詳細

住所:東京都新宿区百人町2-9-15 ライオンズマンション2F/営業時間:11:00~24:00/定休日:無/アクセス:JR山手線新大久保駅から徒歩3分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2021年11月号より