店先にある“食品サンプルのショーケース”! 私は、これを見て決めることが度々ある。食品サンプルのショーケース(以下、ショーケース)とは、特に老舗店などの店先にある、食品サンプルが並ぶガラスケースのアレだ。街を散歩していると、突如として現れては、その多種多様な存在感に心を奪われるのだ。
デパートのレストラン街にあるピカピカなものから、古い食堂の日焼けで黒ずんだものまで。正直なところ、なくなっても問題ないのかもしれない。なぜなら、現代の技術をもってすれば、そのスペースにメニューを紹介するモニターを置いたり、画質のいい料理の写真を並べたりするほうがお客さんに料理の魅力が伝わりやすいからだ。
それでも、ショーケースが存在する意味とは……? その魅力に少しだけ迫ってみよう。
1880年創業、登録有形文化財の浅草『神谷バー』のショーケース
ショーケースで、真っ先に思い浮かべるのが浅草の『神谷バー』だ。上京したばかりの右も左も知らない十代の頃、おっかなびっくり浅草へ訪れたときに、駅を出てすぐに目に飛び込んできたレトロな建物。「なんの店なんだ……?」と、近寄ってみるとそこにはショーケース。
地元のレストランでこんなものを見たことはあったが、店の外にあることに驚いた。スパゲッティ、カニコロッケ、グラタン、串カツ……串カツってなんだろう?なんてことを思いつつも、そのときは店に入ることはなかった。
それから大人になった私は、浅草に立ち寄るとここの「ハンバーグステーキ」が好物となる。大きな絵皿に大きなハンバーグ、そこへたっぷりのデミグラスソースがかかり……いい匂い。“ステーキ”というだけあって、ミート100%の肉々しさ。それだけに脂もたっぷりとあふれ、これこそ“ご褒美”と言うべき一品だ。こんな贅沢、十代の頃の私には早すぎただろう。
やはり町中華は欠かせない! 川崎『太陸』のショーケース
ショーケースはたまに、いい意味で“裏切って”くれる。川崎駅からほど近い『太陸』は、ザ・町中華な外観。町中華にはショーケースがある確率が高い。ここにももちろんショーケースはあり、店に入る前にしっかりと吟味。
餃子とチャーハン……いや、レバニラも捨てがたい。結局、ショーケースだけでは決められず、中に入ってメニューを見る。まずはビールと餃子、あとは……むむっ?
ネーミングに一発でやられて頼んだ「タワー硬焼きそば」だが……なんという高さなんだ! ゆうに10cm以上は超える硬焼きそばの山には、溶岩のように大量の餡がかかっている。おいおい、こんなのショーケースにはなかったじゃないか! うれしい!
こんな量、食べきれる自信はない……が、これまた味が素晴らしいのだ。カラリと揚がった硬焼きそばは油っこさなどなく軽く、それを旨味たっぷりの餡が食べるたびに食欲を刺激してくれる。こんな名品をあえてショーケースに出さないという、言わば“フリ”的なショーケースに拍手を送りたい。
横須賀を代表する昼飲み酒場『酒蔵お太幸 中央店』のショーケース
横須賀の名店『酒蔵お太幸 中央店』にあるショーケースは外せない。目を引くオレンジ色の看板の下には、店から分離された大きな四角いショーケースがある。
刺し身の盛り合わせ、シュウマイ、煮込み、アジフライ……こんなに種類豊富な料理があるなんて、入る前からテンションが上がる。
その中でも「軟骨入り洋風揚げまん」がお気に入りだ。熱々のところをかぶりつくと、中からはトマトソースがとろ~り。これと軟骨のプツプツとした食感が最高に合うのだ。横須賀の潮風を受け、これからもこの店のショーケースは客を呼び込み続けるに違いない。
民生食堂の系譜、『野方食堂』のショーケース
戦中戦後、かつての東京都民の食事を支えた食堂制度の名を、今なおショーケースに掲げるのが西武新宿線野方駅にある『野方食堂』だ。
きれいに並んだ食品サンプルと一緒にあるのは“東京都指定民生食堂”というプレート。こういう歴史の一片を、いつまでも残していてほしい。
そんな願いを込めながらいただくのは「刺し身盛り合わせ」だ。ここの刺し身の盛り合わせは特におすすめで、新鮮なのはもちろん、盛り付けが華やか。ちょうどいい締め具合のしめサバ、鮮やかな橙色の滑らかな舌ざわりのサーモン。そしてなんといってもマグロ。ぽってりとした身に、たっぷりとした脂が舌にとろけるようだ。
“民”と“生”きる食堂は、令和の世にもしっかりと生き続けている。
りんごの街、弘前に残る老舗食堂『銀水食堂』のショーケース
最後に東京から北へ大きく離れて、青森県弘前市にある『銀水食堂』のショーケースを紹介しよう。訪れたのは、雪がちらつく冬の終わり。その雪を背景にあるのが、いままで見てきた中でもトップクラスの古さを誇るショーケース。
黒ずんだ食品サンプル……これを見て「おいしそう!」と言う人は少ないと思うが、もはやこれくらいの色合いこそ、年季を重ねた名店の証だと思っている。
暖かい店内でほっとひと息、そこへやってきたのがオムライスである。焦げ目ひとつない、ツヤツヤの玉子に、赤いケチャップがトップリとかかる。中には食欲をそそる香りのチキンライス、これがまた旨い! ショーケースの年季どおり、長年培った料理の技が凝縮されているのだ。
店先にある食品サンプルのショーケース、いかがだったろうか?
素通りされて、結局は店内にあるメニューで選ばれようと、あるいは食品サンプルと実際の料理との差があり過ぎて、ガックリすることもあるかもしれない。真夏の直射日光や冬の寒さに耐え、原型を留めていない食品サンプルだっていい。それでも、どこか人々の心に残り、魅了し、車が空を飛ぶ時代になっても存在し続けるのだと、私は信じてやまない。
これからは「ご飯を食べに行こう!」だけではなく、店先のショーケースの前で一歩立ち止まり、「これを食べてみたい!」と店選びをしてみるのはいかがだろう。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)