川崎市長も足繁く通う、創業60年以上の町中華へ
川崎エリアには個性豊かな商店街がひしめき合っている。中でもJR川崎駅東口から第一京浜(国道15号)までを結ぶ川崎駅前仲見世通商店街は、飲食店が多いのが特徴。居酒屋、バー、スナック、キャバクラなど、バラエティに富んだお店が所狭しと並ぶ。
そして中華料理店。川崎エリアに町中華が多いのは有名で、地域おこしの一環で「かわさき餃子」をアピールしたり、「川崎区餃子マップ」なるものが配付されていたりするほど。仲見世通商店街の国道側に位置する中華料理店『太陸』もまた、地域で愛され続ける町中華のひとつだ。
軒先テントや看板、のれん、ドラム缶など、あらゆる要素が赤で統一された外観から、ここが中華料理店であることがひと目でわかる。店内へ足を踏み入れると、昭和レトロな雰囲気と1961年創業とは思えない清潔感を両立したアットホームな空間が。
「家内が毎朝、一生懸命掃除してくれているんですよ」と笑顔で語るのは、店長の中西孝幸さん。「床からテーブル周り、トイレまで、全部きれいにしてあります。そのほうがきっとお客さんも気持ちいいですよね」。
あらためて店内を見渡してみると、壁には芸能人やスポーツ選手のサインがズラリ。よく見たら、川崎市長と中西さんのツーショット写真まである。
「川崎市長が本当によく来てくれるんです。お昼も夜も。餃子がお気に入りみたいで」。そう話す中西さんは、終始にこやかだ。川崎市長は同店自慢の餃子だけでなく、中西さんの気さくな人柄にもほれ込んでいるに違いない。
高さ約20cm、重量1.1kgのタワー硬焼きそばに挑戦!
のれんを見ればわかるように、『太陸』の看板メニューはタンメンと餃子。なのだが、今回はあえてタンメンではなく、デカ盛りメニューとして話題のタワー硬焼きそば1180円を注文してみた。さらに同店イチオシの焼き餃子580円も、忘れずにオーダー。
厨房へお邪魔すると、中西さんの奥さま・一恵さんが笑顔で迎え入れてくれた。主にランチタイムの調理を担当している一恵さん。焼き餃子と並行して、時折炎を立ち上らせながら中華鍋を振るい、手際よくタワー硬焼きそばの餡をつくっていく。
まずはモヤシ、キャベツ、タマネギといった野菜を炒め、ラーメンの醬油スープ、カツオ出汁などで味付けする。具材に火が通ったら水溶き片栗粉を加えてとろみをつけ、最後にニラを投入すれば、あとは盛り付けだ。
モヤシやキャベツのシャキシャキ感、キクラゲのコリコリ感、ニラの香りなど、具材の一つひとつが印象的だ。麺は、川崎製麺所の麺をラードで揚げたもの。餡が染みていない部分は、パリパリの食感が心地よく、香ばしい風味も後を引く。そして醬油スープと出汁を効かせた甘めの餡を麺にしっかり絡めれば、もっちりとした弾力のある食感に。
それから忘れてはならないのが、手作りの焼き餃子。昔からの味を守りながらグレードアップしてきた逸品で、豚ひき肉のほか、キャベツ、ネギ、ニラ、ショウガ、ニンニクと、野菜たっぷり。「餃子のひき肉は自分で挽いて、ジューシーに仕上げています」と中西さん。「脂が多い焼き豚の切れ端をひき肉に再利用してみたら、おいしくなったんですよ」。
焼き餃子をひと口かじれば、豚肉の旨味と野菜の甘みがあふれ出す。そのままでも美味だが、中西さんはイチオシの食べ方を教えてくれた。卓上の「かわさき餃子みそ」とお酢、そして同店の自家製ラー油を7:2:1の黄金比で混ぜ合わせたタレで食すのだ。味噌の甘さやコクにお酢の酸味が加わり、あとから唐辛子のピリッとした辛さとごま油の上品な香ばしさがふんわり広がる。このブレンド味噌ダレは、ぜひとも試してみてほしい。
要所要所で焼き餃子を頬張りつつ、タワー硬焼きそばを食べ進めていく。しかし、高さ約20cm、重さは麺と餡を合わせて1.1kgという重量級ゆえ、筆者は恥ずかしながら完食できず……。給食を残した小学生のように「食べ切れません」と白状すると、中西さん夫妻は嫌な顔ひとつせず、残った硬焼きそばを持ち帰り用に包んでくれたのでした(その日の夕飯に、おいしくいただきました)。
筆者の体たらくはさておき、このタワー硬焼きそば目当てに来店するツワモノたちは後を絶たない。さらには、重さ約2kgという大盛りタワー硬焼きそば2280円をぺろりと平らげた猛者までいるとか。
店名『太陸』の『大』の字に点が付いている理由
川崎の地で60年以上愛される『太陸』には、昔から餃子とタンメンという二枚看板があるのは前述のとおり。にもかかわらず、タワー硬焼きそばを売り出した理由はなんだったのか。
中西さんは「お店をもっと繫盛させるための武器がほしかった」と言う。「タワー硬焼きそばを考案したのは2008年頃。「静岡県の沼津港に、かき揚げタワーっていう名物料理があって、注目を浴びていたんです。それを真似して、ウチも見た感じ迫力のある料理をやろう、と。せっかくやるなら大きくしようということで、少しずつ量を増やしていったら、かなり大きくなっちゃいましたね(笑)」。
話題のグルメからヒントを得て新メニューを開発したり、餃子のひき肉に焼き豚の切れ端を加えたり、さまざまな新しい要素を積極的に取り入れてきた中西さん。2013年頃から導入した、いわゆるハッピーアワーも人気を博している。その柔軟性は、前職の会社員時代に培われたものなのかもしれない。
「昭和36(1961)年の3月に創業して、私は3代目なんですが、2003年頃はサラリーマンをやっていました。それまでは家内がお店を切り盛りしていて、その手伝いをする形で入ったのが始まりですね」。つまり2代目は一恵さんのお父さま、初代はおじいさま。そして4代目は、中西さん夫妻のお子さんたちが継ぐ予定だ。
「この『太陸』っていう漢字は『大』ではなく『太』。これは、より大きくではなく、太くガッチリ根を張って、しっかりやろうっていう意味だと聞いています」と、店名の由来を教えてくれた中西さん。取材中、中西さん親子は「川崎愛」をこれでもかと語ってくれた。『太陸』はすでに、この地に太く根を張っている。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純