再開発が進む地域に潜む、歴史を物語る跡
カツカツと革靴の音が追い越していく、新橋の外堀通りを西に向かう。新橋二丁目交差点を左折した先にあるのが『タミヤプラモデルファクトリー新橋店』だ。
「かつてラジコンやミニ四駆に夢中になっていたお父さんたちに、また楽しんでほしいと考え、ホビーの街ではなくあえてビジネス街に出店したんです」と店長の半谷(はんがい)孝道さん。
新橋と虎ノ門の間にある『ヘッケルン』は、4代通う客や、93歳の常連もいるほどの老舗だ。マスターの森静雄さんいわく「朝5時からプリンを仕込んでる。若いやつらとはレベルもラベルも違うよ」。カウンターに残るプリンの型を打ち続けた跡が、52年の歴史を静かに物語る。
虎ノ門まで来ると、立ち並ぶビルが鏡面のように光り、まぶしい。再開発が進む地域だけど、虎ノ門交差点の周囲には、江戸城外堀跡の石垣、かつて虎之御門がこの地にあったことを伝える記念碑があり、江戸を身近に感じられる。横断歩道ではハットの上品な老人と、スーツ姿の外国人が「おお!」と手を上げて挨拶。官庁と大使館の人だろうか。
ビル風を避ける都会の句点スポット
溜池交差点にも溜池発祥の碑が立つ。碑文によると、もともと溜池は江戸城防備を兼ねた外堀兼用の上水源だったらしい。その石碑から徒歩すぐのビル地下で2022年に開業したのが『立飲み つうこん』。界隈に珍しい大衆立ち飲みで、店員の「あいよ〜」の声に心和む。店主の杉本博之さんは「ビジネス街だからドライで忙(せわ)しない方が多いのかなと思ってましたが、常連さんはみなさん優しいんです」と笑う。
首相官邸を右手に、日枝神社西参道の鳥居を過ぎると赤坂見附はすぐそこ。赤坂へ近づくに比例して、外国人観光客も増えてくる。
「ウチの宿泊客も大半が外国の方です」と、母方の実家を改修し、『TOKYO LITTLE HOUSE』を営む深澤晃平さん。祖父愛用の下駄をドアの取っ手にしたり、2階の敷居をカフェの本棚に活用したりと改修のアイデアが光る。
「赤坂に異質なこの民家で、“かつての東京”を身近に感じてくれたら」
繁華街をさらに北上し、赤坂見附駅を目指すが、時刻は折しもお昼時。会社員たちの人波かきわけ、なんとか弁慶橋ボート場へ。ここは、周囲に比べ、明らかに時間の流れがゆるやかだ。
「弁慶堀の奥へ行くとカワセミが見られることもありますよ」とスタッフの近野良太さんに教えられ、貸しボートに乗船。弁慶橋を早足で行き交う人々を尻目に、櫂(かい)もこがずボーッと浮かんでみる。チャプンチャプンという音が心地良く、まどろみを誘うのだった。
『TOKYO LITTLE HOUSE』ネオン街に戦後の東京が香り立つ[溜池山王]
「祖父母が建てた築75年の家を、1階はカフェ、2階は一組限定のホテルに改修しました」と店長の深澤愛さん。建物と同時期の東京を知ってほしいと、戦前戦後の書籍・写真集が並ぶ。シングルオリジンコーヒーは700円~。
・カフェは10:00~17:00、土・日・祝休
・☎なし
『タミヤプラモデルファクトリー新橋店』界隈の元少年たちを再びトリコに[新橋]
1階はプラモデル、地下1階はミニ四駆やラジコンと、タミヤの全製品約6000点が並ぶ。なかにはグラスホッパーなど懐かしいモデルも! 「タミヤは全金型を保管しているので復刻もしやすいんです」と店長。
・12:00~21:00(土・日・祝は10:00~19:00)、無休
・☎03-6809-1175
『ヘッケルン』半世紀の時の流れをカラメル色に重ねて[虎ノ門]
ジャンボプリンやタマゴサンド530円など看板メニューも素晴らしいが、一番の名物はなんといっても御年80歳のマスター。張りのある声、プリンを型から外す所作、すべてが美しい。「情熱は誰にも負けない。あと50年は店をやる気概さ」。
・9:00~15:00、水・土・日休
・☎03-3580-5661
『虎ノ門書房本店』日本の中枢の頭脳を支えて90年[虎ノ門]
初代が虎ノ門交差点脇に店を構えたのが昭和7年(1932)。文科省や特許庁が近く、法律や特許関係の専門書、ビジネス書が充実。「昔はこの辺も民家が多く『ALWAYS 三丁目の夕日』のような風景でした」と虎ノ門生まれの2代目。
・10:00~20:00(土は~16:00)、日・祝休
・☎03-3502-3461
『with life bakery』早くも近隣パン党の心をつかむ二枚看板[虎ノ門]
名物はjute(ジュート)とkinariという2つの食パン。juteハーフ520円は乳製品不使用ながら一晩低温発酵させることで生地に水分をしっかりなじませもちもち食感に。kinariハーフ480円は発酵バター、ハチミツを使った甘みのあるしっとり生地が魅力だ。
・8:00~18:00、日休
・☎050-1748-2777
「虎ノ門 金刀比羅宮(ことひらぐう)」江戸の庶民も令和の働きマンも参拝[虎ノ門]
丸亀藩の藩主・京極高和が、江戸藩邸に金刀比羅宮本宮の御分霊(ごぶんれい)を勧請(かんじょう)したのが始まり。文政4年(1821)に奉納された銅鳥居には四神の彫刻が施されている。末社の結(むすび)神社には良縁祈願に来るOLの姿も! 毎月10日は縁日を開催。
・参拝自由
・☎03-3501-9355
『立飲みつうこん』溜池の地下に潜む働く人々の溜り場[溜池山王]
ホッピーのナカが50円で天然ぶり刺しが350円……ここは下町酒場か? 「行徳の立ち飲みを諸事情で閉めた際、クラウドファンディングで復活することができた。その支援者が集まりやすい都心でお店をはじめたんです」と店主。
・16:00~23:00、日休(土・祝不定休)
・☎070-5073-0815
『SPA:BLIC赤坂湯屋』サウナ激戦区に和の癒やし処が誕生[赤坂見附]
障子や竹などの意匠を施した旅館のような男性専用サウナ。湿度を保つためにAIがオートロウリュを行う約75℃の「薙(なぎ)」、柄杓でセルフロウリュできる約90℃の「荒(すさ)」を用意。「ととのい処」は浴場内ながら、空調管理により外気浴のような自然な涼しさ。
・11:00~翌8:00、無休
・☎03-5561-7544
『野菜と酒 Sprout』繁華街ド真ん中から東京野菜の魅力を発信[赤坂見附]
大越昭彦シェフはヴィーガン生活を経て野菜の素晴らしさに開眼。「基本、野菜は鮮度が一番。身近な東京野菜のおいしさを伝えたい」。三鷹産パプリカなど直送された野菜のローストの、自然な甘さときたら!
・17:00~24:00(月~金は12:00~14:00でラーメンも提供。スープがなくなり次第終了)、日・祝休
・☎03-6826-9346
「弁慶橋ボート場」首都高ビュンビュンの横でルアーをちゃぽん[赤坂見附]
江戸城外堀だった奥行き約800m・幅約20mの弁慶堀を利用し、ボート場と釣り堀を営む。近野さんいわく「ウッドデッキも渋めの色にしたりと、あえて昭和感を大切にしてます」。釣りボート1時間1700円~。
・9:00~16:30(季節により変動)、水休
・☎03-3238-0012
【名店をたずねる】『赤坂 四方本店』裃(かみしも)姿も背広姿も酔わせて四世紀[赤坂見附]
白いのれんに映える“創業1624年”の文字。『赤坂 四方(よも)本店』は、2024年で400周年を迎える。
「もともと三田に本家があり、初代が分家して赤坂に酒屋(酒販店)を構えたようです」と17代目の山田千智(ちさと)さん。当時の江戸の酒屋は地方の樽酒を仕入れ、顧客の好みの味にブレンドし、卸していたそう。
「こちらの宮家は辛口に、こちらの宮家は甘口に、という感じですね。かつてウチのお酒は“四方の龍水”と呼ばれ、江戸時代の双六にも描かれました」
明治時代は周辺に官公庁が集まり、財政界の奥座敷として栄えた赤坂。東京の六花街の一つに数えられるようになった。17代目いわく「お酒の出る街」に支えられ、四方は歴史を紡いできた。今も赤坂だけで数百軒の顧客を抱え、時の首相がワインを買いに来たこともあったそう。
「私の代になってから、地下に約40坪のワインセラーを造りました。次の世代に家業を渡すことを念頭に、日々新しい試みを重ねています」
家業を次世代へ――その姿勢は2018年に亡くなった父・千代樹(ちよき)さん、現専務の母・紀史子さんから学んだ。「ここで生まれ、育ち、死んだ父は赤坂に誇りを持っていました。『小学校だけは絶対に地元を出ろ!』といわれ、私は氷川小学校に通いました。そうそう、父も私も40歳まではお酒が苦手でして、大酒飲みでなかったのが家業を潰さなかった理由かもしれません(笑)」
子供の頃は地下鉄移動が常で、JR(国鉄)の駅名をほぼ知らなかったという千智さん。
「銀座線をはじめ少し歩けば5路線が使え、主要な繁華街にすぐ行けるのが赤坂。この街で創業した初代への感謝を忘れずに、次は500年を目指し、営んでいきたいです」
取材・文=鈴木健太 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2023年12月号より