シェイカーとは、「混ぜる」と「冷やす」を同時かつ迅速に行えるツール
シェイカーといえば、バーツールの代表格だ。バーテンダーのシェイキングには華があり、味わいも格段に高まる。だが、街をよくよく観察してみれば、シェイカーは「混ぜる」と「冷やす」を同時にかつ迅速に行える優秀なツールとして活用されていることに気づく。
『蕪木』で蕪木さんがシェイカーをころころした時は、思わず二度見した。
……振らないんですね?
蕪木さんはこう説明する。
「冷たいコーヒーを作るなら、濃く淹(い)れて氷を加えたり、水出しにしたり、凍らせておいたコーヒーの氷を使うという手も。でもどれもせっかくの風味が抜けたり、提供に時間を要してしまいます。そこで思い出したのが、尊敬している福岡の『珈琲美美』で見たシェイカーを氷の上で転がして冷やす姿。香りを閉じこめるのにとても理にかなっていることだったんだと」
転がすという点では『カフェ鈴木』もしかり。だがこちらは、ゼリーだ。
「イタリアに留学していた時、現地で食べたドルチェが固まりきらない食感でとてもおいしかった。あの食感を再現しつつ、コーヒーの香りをいかに逃さずゼリーに転換できるかを追究しました。シェイカーならつくる工程もお見せできます」
『秘蔵』のシェイク水割りは、見知った銘柄も新鮮な印象を与えてくれる。
「シェイクすることで総じて焼酎と水に一体感が出てまろやかになります。炭酸割りを飲み疲れてしまった時にもいいですね。即席前割りのような効果があるので、これをさらに黒じょかで温めるのもおいしそうです」
世界に誇る老舗ブランド「YUKIWA」に聞く
取材をするなかで、「YUKIWA」というシェイカーのブランドが浮上した。調べてみれば、バー業界でも愛用者が多く、精度の高さから、今では海外で逆輸入もされている。製造元は、新潟県燕市の三宝産業。日本を代表する金属加工技術集団の街であり、信頼度もぐんと高まるではないか。副社長の丸山亘(わたる)さんに話を聞いた。
「私たちがシェイカーを造り出したのは40年ほど前からです。洋食器や金属の調理道具を得意としており、先代の会長が酒好きだったもんでアルコールに関するものは何でも造ろうとなり(笑)。なかでもシェイカーはよく売れて、改良を繰り返しながらプレスの技術も発達させていきました」
ところで、製造面から見たシェイカーの要とは?
「ボディ、中蓋、キャップの3つのピースからできています。これらの嵌合(かんごう)がよく、シェイクによって中が真空になった後も、スムーズに外せるのに水漏れしないことが鉄則です」
丸山さんは、シェイカーを使う効果をこう語る。
「シェイクによって、極細かいマイクロバブルが生まれてまろやかになるんですね。その泡の1つ1つにアルコールのフレーバーが入り込み、アルコールのとげとげしさが取れてスーッと喉に入りやすくなるのです」
シェイカーでスパゲッティに挑戦した強者もいた
丸山さんによると、過去にはシェイカーで料理に挑んだ店があったと言う。
「ゆでたての熱々のパスタとソースを入れて、シェイクして、お客さんのお皿に提供したいと。でも熱いものは、たとえシェイカーを二重にしても中が高温による高圧で絶対漏れてしまうんです。振れないし、そもそも熱くて持てない。だから、転がすという手はよく考えられたと思いますね」
取材店の多くが、数十年と同じシェイカーを愛用していることもわかった。
「ステンレスは硬くて丈夫。一生物どころか、子や孫まで二生も三生も持ちます」
シェイカーがあれば、一服のコーヒーも晩酌も新しいおいしさを見つけられそうだ。自分なりのスタイルを愉(たの)しむべし。
【自由で多彩な、各店のシェイカー活用方法】
『蕪木(かぶき)』 〔蔵前〕
【theme1 アイスコーヒー】シェイカーを転がして、濃厚な風味のまま急冷
2016年開店の自家焙煎コーヒーと自家製チョコレートの店。コーヒーはネルドリップで1杯ずつ丁寧に淹れる。シェイカーが登場するのは、冷たいコーヒーを作る時で、振らずに貫目氷の上でころころ。店主・蕪木祐介さんいわく、「ネル特有の濃厚さを失わずに一気に冷やし、香りを閉じこめて……とあれこれ試してたどり着きました」。濃く、冷たく、芳醇なコーヒーは、薄まることなくゆっくり味わえる。
『蕪木(かぶき)』店舗詳細
『カフェ鈴木』 〔本厚木〕
【theme2 エスプレッソ・ゼリー】銀製シェイカーで作るのは、液体と固体の合間のゼリー
1999年に始めた店は低く真っ黒な扉で、店内は真っ暗。五感を研ぎ澄まして味わい、店を出た後まで余韻が残るよう考えられた造りだ。店で唯一スポットライトが当たるのは、明治34年(1901)製のエスプレッソマシーン。店主・鈴木直治(なおじ)さんは、「コーヒーのエキスであるエスプレッソの新鮮さを保ち、つくるプロセスも表現するには」を考え、シェイカーでゼリーを作ることを考案。高い香り、ふるふるとした食感。唯一無二のゼリーに衝撃。
『カフェ鈴木』店舗詳細
『珈琲アロマ』 〔浅草〕
【theme3 生ジュース】プラムの皮を剥いてミキサーにかけたら、即行シェイク
1964年の開店から約60年、夏限定のプラムジュースと、通年提供しているミルクセーキにシェイカーを使う。「季節の果物を使うアンズやイチゴなどのジュースはフラッぺなのですでに冷たいのですが、プラムは生の果物をミキサーにかけるので結構温かいんです。シェイカーは、冷やすと混ぜるを同時に行えて好都合。振り方?銀座のコーヒー専門店の修業時代から見よう見まねですよ」。
『珈琲アロマ』店舗詳細
『秘蔵(ひめくら)』 〔押上〕
【theme4 水割り】焼酎の水割りがシェイクで驚くほどエアリーに!
2012年開店。ゆうに1000銘柄を超える本格焼酎が並ぶ焼酎専門店。国産ジンの揃えも厚く、料理も愉しめる。焼酎の水割りをシェイクする手法は、2018年ごろより飲み方のバリエーションの1つとして提供。焼酎とその1/3ほどの水、小粒の氷を入れてシェイクすると、焼酎と水が一体化。空気を含んだ水割りの飲み口は驚くほどエアリーでまろやかに!見知った銘柄も新鮮な飲み口で味わえる。
『秘蔵(ひめくら)』店舗詳細
『AKHA AMA(アカ アマ) COFFEE Kagurazaka』 〔神楽坂〕
【theme5 マニマナ】オレンジ香るコーヒーは、ロングシェイクで泡まで美味
タイで人気を博し、2020年に日本初出店を果たした。タイ北部の山岳地帯でアカ族が栽培した無農薬コーヒーを提供する。厚い泡の層がユニークな“マニマナ”は、「ブラックコーヒーの風味と自然の甘味、爽やかさが同時に感じられるものを」と本国で考案された。エスプレッソとハチミツ、氷をシェイクし、仕上げにオレンジピールを絞りかけて、グラスにイン。華やかな香りにリラックスできる。
『AKHA AMA(アカ アマ) COFFEE Kagurazaka』店舗詳細
『パーラーキムラヤ』 〔新橋〕
【theme6 ミルクセーキ】フライパンもシェイカーも振ります
1966年開店。ナポリタンやプリンアラモードと同様、ミルクセーキもまたゆかしき製法を守っている。2代目・和田さんによると「父の代からミルクセーキとアイスココアはシェイカーを使っています。ジュースはミキサーなんですけどね。少量でも作りやすいからじゃないでしょうか」。注文が入れば、卵黄2つ(豪華!)、牛乳、シロップ、バニラエッセンスをセット。華麗にシェイクする。
『パーラーキムラヤ』店舗詳細
取材・文=沼 由美子 撮影=佐藤侑治
『散歩の達人』2022年11月号より