【南新宿駅 Minami-Sinjuku】
路線:小田急小田原線
所在地:渋谷区代々木2-29-16
乗降者数:3410人/日
昭和2年(1927)に千駄ケ谷新田駅の名で開業。当時は現在より新宿寄りだった。その後、小田急本社前駅の名を経て南新宿駅に。1973年に現在地へ移転。
小田急小田原線の各駅で、乗降客数において毎年ワースト1〜2を行き来している南新宿駅。マンモス駅・新宿の隣でありながら、改札はひとつ。住所は代々木。もはや新宿ですらなく、存在感が薄い。とはいえ、小田急電鉄旧本社ビルが今でも残る、いわばお膝元の駅。きっと、なくてはならぬ理由があるはずだ。
界隈を見渡せば、小さな商店街はあるものの、広く占めるのは閑静な住宅地。「20年以上商売しているけど、街並みはほとんど変わっていないね」と『絃楽器のイグチ』店主の井口さんは語る。言われてみれば、古い建物が多く、整備されているのかいないのか、道自体もひどく入り組んでいる。井口さんの言う通り、建物の入れ替わりはほとんどないようだ。
しかし、そんな界隈にも新しい風は吹きこんできている。例えば、戦後に建てられた住宅をリノベーションした『FarmMart & Friends』。運営するWeb制作会社モノサスの本社屋も兼ねていて、古風な外観と小じゃれた内観がマッチ。近隣住民の憩いの場になっている。また、『Craft Curry Brothers BASE』は民泊目的で造られた住宅を改装したシェアキッチンにある。住居のようでもあり、まるで周囲の風景に擬態しているようだ。店主の角田さんは、「近所の人たちは、よそ者の僕たちにもとても優しくしてくれますね」と語る。
一歩踏み込めば、新旧が肩を寄せ合い、温かい。そんな懐の深さが、南新宿界隈にはあるのだ。
ドーナツとワインが名物のカフェ&グロサリー『FarmMart & Friends』
「生ハムドーナツと白ワインをぜひ!」とは、『FarmMart & Friends』スタッフの種本寛子さん。雑穀ドーナツの芳香と小豆島産生ハムの塩味が口中に広がり、酒が進む。店内には全国から取り寄せた名産品や野菜がズラリ。みやげにするも店で食すも自由だ。
●11:00~20:00(土・日・祝は18:00まで)、水・木休。☎070-1381-8042
軽やかな音が心地よい マンドリン&ギター専門店『絃楽器のイグチ』
『絃楽器のイグチ』には国内外の多様なメーカーのマンドリンとギターが並ぶ。「マンドリン専門店は日本中探してもほとんどないですよ」と、胸を張るのは店主・井口祐一さん。楽器を購入できるだけでなく、教室や発表会なども行われ、音楽好きのコミュニティーにもなっている。
●11:00~19:00、日休。☎03-3378-5357
平和を願う心が紡いだ人形劇場の歴史に触れる『プーク人形劇場』
欧州の人形劇に感銘を受けた劇団員たちが昭和4年(1929)に創立した人形劇団プーク。1971年に建てられた『プーク人形劇場』の壁画は、戦乱や弾圧に負けず紡いだ歴史が年表風に描かれている。大人も子供も楽しめる公演は必見。演目や期間はHP(puk.jp)を参照。
●1Fカフェは10:00~18:00、土・日休。☎03-3370-3371
兄弟で世に送り出した絶品カレー『Craft Curry Brothers BASE』
「父の営む食品工場のカレーを広めたくて」とは、『Craft Curry Brothers BASE』店主の角田憲吾さん。兄・光史さんとともに実家のカレーを進化させ、2020年に通販を開始。今年の3月から店舗をオープンした。名物はキーマカレー1100円。タマネギの甘みに豚の旨味が調和する。
●11:00~14:30・18:00~21:00、日休。☎03-6822-8876
【越中島駅 Etchujima】
路線:JR京葉線
所在地:江東区越中島2-2-14
乗車数:4404人/日
1990年開業。東京海洋大学の前身校の名称である「東京商船大学前」の副駅名が表記されていた時期もある。
「そう言えば、ウチの店も越中島が最寄りでした!」と、目を丸くするのはカフェ『Blue Ribbon』店主の馬場さん。「乗り換えが便利で、門前仲町を使っちゃうんです〜」と笑う。実際、越中島駅は京葉線しか走っていない。駅自体が東京海洋大学の真裏であるため、利用客も学生がほとんどであると考えられる。ちょっと不便で地味な印象だが、この界隈は江戸から明治にかけて陸軍の調練場だったり、終戦後に米軍が進駐したりと、軍事地区としては結構重要な場所だった。大学のすぐそばに残されている明治丸や明治天皇聖蹟などからも、その歴史が垣間見える。
一方、現在では越中島公園や古石場親水公園といった大きな公園があったり、小さな店が点在していたり、穏やかな下町だ。「まあ、このあたりも深川ですからね」とは、『佃屋食品工業直売所』代表の岩崎龍太郎さん。あえて不便な越中島駅で降りて、歴史探訪と下町情緒をダブルで楽しむのもまた乙だ。
コスパ良すぎ! より取り見取りの佃煮直売所『佃屋食品工業直売所』
深川で100年の歴史を誇る『佃屋』が2019年から開いた『佃屋食品工業直売所』。名物の佃煮や煮豆は300円~。中でも「お茶うけにぴったり」と、代表の岩崎龍太郎さんが勧めるのは、煮豆にココアをまぶしたココア豆300円。ジャムなどの変わり種も並び、楽しい。
●10:00~16:00、日・水・祝休。☎03-3641-4101
本格コーヒーとほんわか店主に癒やされる『Blue Ribbon』
「こんにちは~」と朗らかな声に誘われ足を踏み入れるは、カフェ『Blue Ribbon』。バリスタの資格を持つ店主の馬場さんが自らの好みで豆を厳選。人気は「神山」だ。ホットもいいが、馬場さんのおすすめは水出し(どちらも350円)。香りしっかり、後味すっきり。
●11:00~17:00、日・月・火休。☎03-5809-8893
【堀切駅 Horikiri】
路線:東武伊勢崎線
所在地:足立区千住曙町34-1
乗降者数:3513人/日
明治35年(1902)、現在よりも東側にあった旧線上で開業するも明治41年(1908)に廃止。大正13年(1924)、伊勢崎線のルート変更に伴って現在地に移転して、再開した。
東口改札の眼前には、堤防への階段が。上れば広がる荒川河川敷。左手には川をまたぐ堀切橋。右手には隅田水門と旧綾瀬川流路が目に映る。
奇妙なことに、堀切という住所は対岸の葛飾区にあり、この地は足立区千住曙町だ。かつて地続きだった両岸は、荒川放水路により分断。今より東側にあった堀切駅は足立区側へ押しやられ、堀切菖蒲園への最寄り駅としての役割も、京成線の堀切菖蒲園駅に譲ることとなる。
一方、駅の西側は住宅地で、店ひとつ見当たらない。実はこの界隈、大正から昭和にかけて前田鉄工所の鋳物工場で埋め尽くされていた。「三方を川に囲まれた地形を生かし、船で鋳物を運んでいた時期もあったんです」とは、前田鉄工所勤続45年の堀川一郎さん。当時は従業員ご用達の飲食店などもあったが、平成初期に工場が全て移転し、静かな町並みになったのだ。今でこそ長閑(のどか)な堀切駅界隈には、何気に激動の歴史があった。諸行無常、ここにあり。
駅を出ればすぐに土手。ゆるく弧を描く小さな駅『堀切駅』
荒川の堤防にもたれるように造られた堀切駅の西口改札を降りると、東口へ誘う跨線橋が。昇ってみれば、かわいらしい三角屋根の駅舎と、ホームへ滑り込む伊勢崎線を望む絶好のビュースポットだ。また、駅舎の裏手にはドラマ『金八先生』の舞台となった足立区立第二中学校を改築した東京未来大学もある。
取材・文・撮影(越中島・堀切)=高橋健太(teamまめ) 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2022年10月号より