味わい深い商店街の数々
北千住を代表する特徴の一つに商店街がある。最初に目につくのは「サンロード宿場通り商店街」。アーチも石畳も、非常に丁寧に作られているのがわかる。旧日光街道、つまり千住宿がそのまま商店街になっているのだから大切にされて当然だろう。名酒場『大はし』、槍かけだんごの『かどや』、「向かい目」の絵馬で有名な『吉田絵馬屋』、江度時代後期に建てられた横山家住宅、タコ滑り台で愛される千住ほんちょう公園、そしてリノベ仕様の観光案内所『千住街の駅』などがある。
『かどや』の先を左に曲がった先からは味わい深い「いろは通り」が始まる。特に有名な店があるわけではないが、昭和レトロな理容室や洋品店などが続々出てくるタイムスリップ感がすごい。ふと気づくと通り名が「ニコニコ商店街」に変わっていたりするのもいい。その少し南に並行して走る「千住大門通り」も必見だ。『双子寿司』の佇まいなど、パラレルワールド感というかなんというか、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがある。
駅の反対側にはにぎやかな「旭町商店街」が。東京電機大のお膝元とあって学生街のよう。そこを抜けて、魔法陣のような同心円状の道を抜けた先にある「柳原商栄会」がまた渋い。ポツンとある『松むら』で絶品いなりずしをぜひ!
千住と言えば銭湯
千住と言えば銭湯である。町田忍が「キング・オブ・銭湯」と名付けた「大黒湯」は2021年6月に閉業してしまったが、「キングオブ縁側」の『タカラ湯』は健在。かつて「銭湯のゴールデントライアングル」と呼ばれ、36もの銭湯があった千住。足立市場やお化け煙突で有名な東京電力千住火力発電所、色町があったおかげで、どの銭湯も沢山の客でにぎわったというが、いまやのこるは7つ。鯉のタイル絵が美しい『梅の湯』、瓦屋根が立派な『美登利湯』、唐破風の『大和湯』と、千住の銭湯はいまだに一見の価値あるものが多い。
名酒場と人々の胃袋を支える足立市場
創業80年の『千住の永見』や三大煮込みの一つ『大はし』は、いずれも東京を代表する名酒場。串煮込みの『藤や』も唯一無二の老舗で、ここのモツ串煮込みは他では出合えない丁寧な味。串揚げの『天七』も大人気店。立ち飲みで、たばこは床にポイ捨てというルールからして昭和っぽい。老舗ではないが『酒屋の酒場』は駅から遠いにもかかわらずなかなか座れないので困る。酒も肴もこれ以上はないと思う丁度いい店。西口に巨大な横丁(矛盾を感じる言葉)があるせいかネオ酒場の質も高い。ガラス張りの『酒呑倶楽部アタル』は旨くて安くておしゃれという大衆酒場の三要素を高レベルに実現。ということで千住は、立石とともに双璧をなす下町酒場の聖地なのだ。
また、その背景に「足立市場」の存在がある。千住大橋のたもとにある公設市場だが、オープンな雰囲気が素晴らしいので、是非一度足を運んでいただきたい。そして『かどのめし屋 海鮮食堂』の八戸ラーメン、そば屋『たけうち』の玉子ぞうになど人気メニューも食していただきたい。
金八先生の荒川土手と、お化け煙突
千住の物語といえば、やはり『3年B組金八先生』。このドラマのロケはおおむね北千住、牛田、堀切あたりで行われており、荒川土手や旭商店街は桜中学への通学路としてよく登場したので、歩くだけでノスタルジックな気分になる。また千寿桜堤中学校はドラマにちなんで名前がついたという嘘のようなエピソードがある。
さらに古い話、千住といえば「お化け煙突」という時代もあった。大正15年から昭和38年まで千住桜木町にあった東京電力火力発電所の煙突で、本当は4本だが、見る方向によって3本にも2本にも1本にも見えたことからつけられた呼び名である。下町のどこからでも見えたこの煙突は地域のシンボルとして、小津安二郎の『東京物語』ほか数々の昭和の映画やドラマに登場。変わったところではつげ義春の漫画やスガシカオの歌のタイトルにもなっている。
リノベ、トタン、キデンキ
そして現在、千住はリノベの街として注目を集めている。歴史のある街だけに、いいリノベ物件も続々と生まれている。例えば20年以上廃墟となっていたボーリング場と浴場跡を改装した『BUoY(ブイ)』はステージや稽古場、ギャラリーを備えたアート空間。宿場町通りの『八古屋(やこや)』も凝った造りで、居酒屋というより人と人が出合う多面的な場となっている。
しかし、散歩の達人としては、リノベよりトタンの美しさを愛でながら歩けばいいような気もする。前出「大門通り商店街」のトタンの三連建築は大変美しい。
柳原地区の路地に残る味わい深いキデンキ(木製支柱に裸電球のついた街頭)も可愛くて楽しい。細い路地を歩き、キデンキを訪ね歩く趣味人も多く、キデンキ君なるキャラクターが作られたこともあった。
北千住で見かけるのはこんな人
北千住にいる人。その大半は普通の下町のおじさん、おばさんだが、JR常磐線、東武伊勢崎線、つくばエクスプレス、京成本線の各路線が集積する東京の玄関口ゆえ、たまに気合の入ったファッションセンスの人を見かける。金色でキメキメの女性がダイソーでフツーに買い物してたりする姿は痛快だ。
また、最近は学生が増えた。東京電機大学、帝京科学大学、東京芸術大学、そして東京未来大学の4校が門を構えるセンジュ。最近コスプレ姿の女性が目立つのはそのせいと思っていたが、きけばシアター1010(せんじゅ)で2.5次元系演目がよくかかるのだそう。
千住に限らず、荒川土手では散歩したり昼寝したり楽器吹いたりと、みんなが自由に好きなことやってる風景が日がな見られる。金八先生の時代と何ら変わらない、究極の無礼講地帯であろう。
街を再発見するということ
最後に、ここ数年、千住をそれぞれの立場から盛り上げている人を紹介したい。
一人目は2015年に千住で一人出版社・センジュ出版を始めた吉満明子さん。かつては中堅出版社の編集者でもあったが、千住に惚れて千住に住み着き、出産を機に千住をもっと発信したいと、会社を辞めて出版社を設立した。NHKドラマをノベライズした『千住クレイジーボーイズ』など年4~5冊の出版・編集のほか、「千住紙ものフェス」「センジュのがっこう」「あだち紙ものラボ」「読書てらこや」などイベントをぞくぞく開催。街にあらたなカルチャーの種をまいている。
その吉満さんに大きな影響を与えたのが、足立区シティプロモーション課の舟橋左斗子さん。1996年から2015年まで「町雑誌千住」というタウン誌を編集・発行し、2010年からは足立区シティプロモーション課の立ち上げ時から在籍している(現在は非常勤職員)。
シティプロモーション課とは区のイメージアップを担い、区の広報物にまつわる構成、デザインなどの相談を全課横断で引き受ける窓口で、年間400件以上の案件を扱ういわば駆け込み寺のような存在。犯罪を減らすビューティフル・ウインドウズ運動や日本一おいしい給食のPRなどその功績は大きい。
千住の歴史は長く深い。老舗や旧道、銭湯など、街のポテンシャルはもともと大きかったのだろう。しかし、ここに挙げた二人の女性や、千住を銭湯の街と謳った町田忍さん、さらにはリノベ物件の若き店主たちやドラマや映画のクリエイターなど、街の強みを再発見した人間の視点が大事ともいえる。いい街にはいい宣伝マンがついているものだ。
取材・文=武田憲人 文責=さんたつ/散歩の達人編集部
イラスト=さとうみゆき