神田神保町が古書店街になったのは、この地が学生街だったことに始まる。明治10年(1877)、現在の学士会館の場所に東京大学が建てられたのを皮切りに、周辺に大学が集まってくる。学生や大学教授が行き交うようになると、教科書や専門書を扱う古書店が重宝された。そうした街の成り立ちは今でも引き継がれていて、本をつくる出版社、その本を卸す取次、本を売る書店、読み終わった本を買い取る古書店と、街のなかで本がぐるぐる回っている。

国文学専門の古書店『八木書店古書部』で扱うもっとも古い印刷物は、奈良時代の百万塔という小さな塔に入った御経だ。当時起こった戦乱を鎮めるためにつくられたもので、その名のとおり100万基の御経入りの小塔を10の寺に10万基ずつ安置されたもののひとつ。文化財レベルのものを売っていることに驚くが、社長の八木乾二さんは「古書店は橋渡しできればいいんですよ。美術館や博物館は収集して世に広く見せるのが役割だけど、僕らはあくまで古きものを未来に伝えていくのが役割」と話す。

『東京古書会館』で平日毎日開催されている市場(交換会)では、各地から集まってきた古書籍に、それぞれのプロが価値を付けて落札していく。誰かの蔵書を、次の誰かへ引き継ぐ橋渡しをしていることを実感できる光景だ。

近年、開店する個人書店は、古本と新刊を合わせて置くところが多い。『無用之用』では、新刊と古書の区別なく棚に並べることで、ジャンルにこだわらず視野を広く本を探すことができる。そうした少量部数の新刊の橋渡しをしてくれるのが、『八木書店』の新刊取次部だ。一方で、『三省堂書店神保町本店』のような巨大新刊書店でも、4階に「三省堂古書館」という古書店が20店ほど参加した古書の常設売り場がある。さらには、日本語だけでなく『CHEKCCORI』のように海外文学専門の書店も少なくない。

新刊と古書、日本と海外、そうした時代や場所を超えたつながりを体験することができるのが読書だ。神保町は、本を愛する人を細やかに支える街である。

【話題の本+αの店】

神保町には本屋さんがひしめいている。それぞれに個性と役割がある。いま注目を集める3軒を紹介する。

BOOK SHOP 無用之用

キーワードで気づく新たな本の力

店主の片山淳之介さんは、かつて御茶ノ水でりんご専門店を営んでいた。

神保町に集まるおもしろい人たちをつなげる場所をつくりたいと店をオープンしたのが2020年の6月。店内の本はジャンルに分かれているわけではなく、「血気盛んな人の心情推移」「トヨタセンチュリーの作り方」といったキーワードごとに並んでいる。「『経済』の棚だと経済について読みたい人しか手にとらない。でもキーワードだったら手に取るチャンスが増えるかなと思ったんです」。場が人をつなげるように、キーワードが本のつながりを生む。書店や出版関係者の対談イベントも月2回開催していて、今後は扱うテーマをさまざまに広げていく予定。

オレンジピールがきいたフランスのビール600円。
新刊と古書は区別なく並ぶ。
キーワードはお客さんからの提案もあり。日々増えている。

【こんな本、売ってます。】

伊丹十三の本
「考える人」編集部 編/新潮社/2005年/2420円
TRAVEL UNA No.2
UNAラボラトリーズ/2020年/1980円

『BOOK SHOP 無用之用』店舗詳細

住所:東京都千代田区神田神保町1-15-3 サンサイド神保町ビル3F/営業時間:12:00~20:00(金は~21:00)/定休日:月/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩2分

CHEKCCORI

韓国のいまがわかる専門書店

原書と日本語版が揃うのも特徴。比べてみるのも楽しい。

韓国語書籍の編集・翻訳を手がける出版社「クオン」が運営する書店。置いてあるのは、韓国語の小説やエッセイなど原書が8割だが、日本語に翻訳したものも扱っている。数年前から韓国文学の翻訳本が数多く出版されて注目を集めているが、現在は脱力系のイラストエッセイも年齢を問わず人気。競争社会に疲れた若者たちが、自分らしく生きることを訴えているものが多く、読みやすさもあり、国を越えて共感を呼んでいる。

2000年代以降の新しい作家に注目している。

【こんな本、売ってます。】

あやうく一生懸命生きるところだった
ハ・ワン 著 岡崎暢子 訳/ダイヤモンド社/2020年/1595円
クモンカゲ 韓国の小さなよろず屋
イ・ミギョン 著 清水知佐子 訳/クオン/2019年/3740円

『CHEKCCORI』店舗詳細

三省堂書店 神保町本店

本を求める人のよりどころ

1階には各フロア担当者が選んだ「神保町セレクション」の棚がある。中央平台にはサイン本も。

本の街・神保町にあって、あらゆるジャンルの本を揃え、本を探す人のさまざまなニーズに応えている。2020年の春は約1カ月、休業したが、再開した際には大勢の人が押しかけた。カゴいっぱいに本を入れる人、専門書を探しにきた先生、教科書を買いに来た大学生。
副本店長の杉本佳文さんは「多くの方に本が求められていること、自分たちが扱っているものの大切さに気づきました」と話す。

杉本さんはビジネス書担当。テレワーク関連の本がよく売れている。
古書も販売している。

『三省堂書店 神保町本店』店舗詳細

住所:東京都千代田区神田神保町1-1/営業時間:10:00~20:00(日・祝は~19:00)/定休日:無/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩5分

【本が流通し、引き継がれる場】

出版された本は取次を通して書店で売られ、のちに古本となり後世へと残される。書店以外の神保町の顔がこの3軒だ。

東京古書会館

価値を見極めて、次世代へつなぐ

古本の束ごとに封筒がはさまれ、希望価格を入れていく。

全国から集まってきた「古書籍」を売買する市場(交換会)が、平日毎日開催されている。国内外で出版された一般書から専門書や和本、版画類などが取引される市場は全国で開催されているが、東京は質・量ともに国内最大規模だ。曜日によって扱う時代やジャンルが変わり、古書店主によるプロの目利きで入札が行われ、落札した人が次の所有者となる。参加できるのは全国の古書組合会員で、東京は約560店。比較的新しい古本から、文化財ともいえる貴重なものまで、その価値を見極められて次の世代へ受け継がれていく。書籍流通の最後の受け皿なのだ。

封筒に入れる札。10円の差で競り勝つこともある。
取材時は幕末~近現代のものを扱っていた。
「出品は当日まで受け付けます」と運営の諏訪さん。

【即売店へ行こう!】

地下1階では、ほぼ毎金・土曜に誰でも購入できる古書即売展が開かれている。主催する会によって出品の傾向が違う。
古本はもちろん和本やこけしなど多彩な品揃えで、値段も数百円から数万円まで。掘り出し物が見つかるかもしれない。

『東京古書会館』店舗詳細

住所:東京都千代田区神田小川町3-22/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩5分

八木書店 新刊取次部

取引先は全国各地。出版流通の交差点

出版社ごとに新刊が並ぶ。お話を聞いた川瀬哲史さん(右)と小谷野哲矢さん。

取次には扱う書籍の量やジャンルに違いがあり、八木書店はおもに人文・社会科学の分野を得意とする小規模取次だ。自ら選書する個人の新刊・古書店には、なくてはならない存在で、大手取次の補助的な調達の役割も担っている。店頭で実物を見て手に取ることができるのも強みで自由価格本の扱いもある。流通を下支えする頼もしい存在なのだ。

『八木書店 新刊取次部』店舗詳細

住所:東京都千代田区神田小川町3-8

八木書店 古書部

扱う時代は奈良時代から村上春樹まで

1階は明治以降の近代文学、2階は江戸以前を扱う。

創業は昭和9年(1934)。古書情報誌である「日本古書通信」の発行に始まり、古書の買い入れ・販売を中心に、長く神保町の街を見守ってきた。古書の扱いは国語学と国文学専門で、奈良時代から近現代までを網羅している。作家の著作だけでなく、作家論や評論も多く棚に並び、文学を深く学び、味わうことができる。

お話を聞いた八木乾二さん。

『八木書店 古書部』店舗詳細

住所:東京都千代田区神田神保町1-1/営業時間:10:00~18:00/定休日:日・祝/アクセス:神保町駅A7から徒歩5分

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取材・文=屋敷直子 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2020年11月号より