チビチビやりながら乱読したい夜に『BOOK HOTEL 神保町』
扉を開けると、壁という壁が本で埋め尽くされている。ここは「読書するために」2022年に創業したホテル。本の販売はないが、1階フロント周辺は夜、ビジターも利用できるバーに変貌する。フロント前のカウンターやソファに陣取り、酒を舐めながらの本の世界へトリップする時間が楽しい。お通しは1冊の本。「好きな作家を選ぶ方、読んだことのないタイプを手に取る方、さまざまです」と、スタッフの宮野さん。棚も要チェックだ。“今日は何の日”をヒントに選書した誕生日本、手書きのポップが熱い推し本、ブックフェア、洋書など。2時間ほど没入する人あらば、会話を楽しむ人もいて「自由に過ごされていきます」。
都内在住でも宿泊する人は少なくない。漫画ルーム、猫本ルームなど、コンセプトに合わせた選書がユニークで、毎回違う部屋を望む声も。「本にまつわる新しいことにどんどんチャレンジしていきたい」と宮野さんは、日中のブックカフェ営業も視野に入れている。
『BOOK HOTEL 神保町』店舗詳細
浮遊する音に誘われて没入する時間『月花舎』
吹き抜けの空間にコンクリート打ちっぱなしの壁が延び、宙に浮かぶような階段が、屋根裏部屋のような2階席へ誘う。アンビエントなモダンジャズが空間を浮遊するようだ。四谷三丁目のジャズ喫茶『喫茶茶会記』が前身のこの店は、店の一角と2階に本棚を設置。店主の福地史人さんは「妻が『SHISEIDO THE TABLE』で選書をしていた無類の本好き」と話し、バウハウス系などのアートブックや小説を主力に揃える。なかにはイベントきっかけで扱う本もある。夜な夜な音楽、踊りに、編集・著述家の松岡正剛さんの意思を継いで四谷時代から続ける遊読夜会(輪読会)を開催。民族音楽にも精通する『アルテスパブリッシング』イベントも予定する。
本のお供にはコーヒーを。フレンチローストを早めに抽出した味は軽やかで、焼き菓子職人・小沢朋子さんが作るスイーツのしっとりした舌触りや上品な香りも秀逸。「表現者とコラボする総合芸術喫茶でありたいです」。
『月花舎』店舗詳細
神田神社の近くで紙の文化に火を燈す『再燈社書店』
本棚の仕切りは越前和紙。天井からも模様が異なる漉(す)き紙を下げ、まるで和紙の白鳥居が連なるよう。先祖代々紙を商ってきた店の店主・中村達男さんは「本も紙ものですから」と書籍と紙ものを一緒に扱うことに。本棚を見ると、神田神社そばという地域性が色濃く滲(にじ)む。日本の文化、歴史、色、言葉、四季の設いに行事、さらには東京散歩にいい喫茶や建築と、日本・東京文化好きにはたまらぬ顔ぶれ。紙ものを扱うせいか、手紙の書き方も人気で「『三島由紀夫レター教室』は置くとすぐ売れて、はずせません」。
台座には、洗練された和柄や、ステンドグラス作家になった中村さんの妹デザインのミニカードがずらり。ギフトにひとこと添えたいとき、重宝するオリジナル文具が評判だ。また、「いろんな紙があることを知ってもらえれば」と栞(しおり)にも力を注ぎ、じっくり手に取って選びたくなる。小さな店ながら、棚の隅々まで丹念に見て回る人が多く、紙文化の燈火(ともしび)が燃えている。
『再燈社書店』店舗詳細
本をフックに花開く社交場『BOOK SHOP 無用之用』
裏路地の階段を上がると、整然とリンゴ箱の本棚が並ぶ書店が現れる。棚は古書と新刊が入り混じり、文芸、デザイン、音楽、建築など、ジャンルはボーダレス。インカ帝国関連本の隣に石原裕次郎の写真集があるカオスさも心地いい。「お客さんが選書する時もジャンルレスでとお話ししています。家の本棚みたいに興味があちこち自由に飛んでいくのを楽しんでもらえたらうれしい」と、店主の片山淳之介さん。
奥にはカウンターと窓辺席のあるゆったりしたカフェバーが控える。ハンドドリップコーヒーもあるが、ゆっくりと酒をたしなむ人も多い。しかも、つまみのオイルサーディンを注文した人が、途中でパンを買いに走るという奔放さもある。「本屋ですが、話せる場にしたくて」という目論見(もくろみ)どおり、一人客の隠れ社交場となっている。また、水曜夜には昭和歌謡ナイトを妻の美帆さんが催し、客層もまたボーダレス。音楽談義にも花が咲く。
『BOOK SHOP 無用之用』店舗詳細
取材・文=林さゆり 撮影=原幹和
『散歩の達人』2025年5月号より