【本厚木】七沢温泉 元湯玉川館
岩間からしみ出でるとろんとろんの薬湯に憩う
檜(ひのき)に漆を塗った珍しい湯船にこんこんと湯が落ちて、湯面が波打つ。五感を澄ませば、「とろん」と音が聞こえるくらい、厚みあるふくよかな湯だ。数字にすればpH10.1の強アルカリ性で、石鹸水に匹敵するほどの鉱泉。20℃の源泉を38〜42℃に加温していて、贅沢なことに洗い場の蛇口から出るのも、この湯だ。かけ湯の段階からつるっすべっになり、「美肌の湯」と呼ばれる理由を実感できる。
外から内から、体を温める
七沢温泉の起源は、安政年間に遡る。ある日、農作業をしていた村人が、水たまりに浸かり傷を癒やしているヘビに遭遇した。不思議に思い水源をたどるとぬめっとした岩清水に当たり、それが薬効高い温泉だったと伝わる。以来、温泉地として栄え、バブル全盛期には慰安旅行客でにぎわったが、時代は流れて現在は8軒が静かに営んでいる。当館は明治35年(1902)の開業だ。「祖父の、そのまた祖父が、病弱の息子を健康に育てようと移住して、温泉業を始めました」と語るのは、5代目館主の山本健二郎さん。
「皆さんの健康に役立ちたいとの願いを受け継ぎ、大切にしています」
立ち寄り湯は、その願いの一端だ。気軽に利用できるように、予約は不要。
館内には湯上がりにくつろげる山小屋風のカフェがあり、2021年にリニューアルしてメニューを一新。スパイスをふんだんに使ったキーマカレーを看板に据えた。湯に浸かりぽっかぽかになった後に味わえば、内からもさらに温まるというわけだ。個室で休憩できる昼食付きコース(要予約)もあり、料理人が腕を振るう季節の膳を楽しみに通う人も。冬季はぼたん鍋がお目見えする。
携帯電話がほぼ圏外の不便な奥地。この不便さこそが心身をふわっと軽くしてくれるのだろう。山本さん曰く、「世の中をほんの少〜しさぼるには、ちょうどいいところです」
『七沢温泉 元湯玉川館】詳細
【西武秩父】秩父川端温泉 梵の湯
秩父で際立つすべすべの良泉
秩父エリアではナンバーワンの泉質ではなかろうか。とにかく肌触りがつるつる、すべすべして気持ちいいのだ。昔は含重曹食塩泉と呼んでいた泉質で、肌の不要な角質や毛穴の汚れを洗い流す “美人の湯” 。しかも高濃度だから入浴後も肌の滑らかさがハンパない。皮膚病、特にアトピーによく効くというのも、療養泉らしいところだ。しかも半年前、循環機器などを一新。以前は真湯だった露天風呂にもこの源泉が投入され、常連たちを喜ばせている。内湯も含め、温泉の良さをより体感できるようになったのだ。
山と川に囲まれた、静かな環境も抜群。内湯で温まり、川風がそよぐ露天風呂でまったり、そしてサウナでさっぱりとしてまた内湯へ……。その繰り返しがどんどん心地よくなってくる。館内は洗い場も含めてすべて畳敷き(耐水性) で、足に優しいのも高ポイント。このまま併設したキャンプ場のバンガローに泊まってみるのもいいかも、そんな気にもさせる癒やしの湯だ。
『秩父川端温泉 梵の湯』詳細
【奥多摩】丹波山温泉 のめこい湯
人口520人の丹波山村自慢! 川辺の出で湯へ
2000年に湧いた湯に、初めて触れた村人の第一声が、「のめっこい」。“つるつる・すべすべ”のことで、他に“人と人が仲良くする”の意味もある。源泉は、『道の駅たばやま』の駐車場に。地下1500mから41℃の湯をくみ上げ、多摩川源流・丹波川にかかる吊り橋を利用してポンプで送る。送る間に冷めるので、村の木を活用した薪を使って加温している。
浴場は檜造りの和風と、タイル張りの洋風があり、男女交互に入れ替える。硫黄香に包まれて体を沈めると、湯に触れた肌からつるっつる! のほほんと漂う間に、芯から温まっていく。
開業20年を超えた2021年、総支配人に元教育長の野崎喜久美さんが就任した。パワフルな野崎さんは、村に移住した若者らとのめっこくなり、一緒に新企画に挑む。その柱が試験営業中のレンタルテントサウナだ。「早くもテントサウナの聖地と呼ばれます」と野崎さん。2階にはワーケーション室も設け、目下、リピーターが増加中。
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【久留里 】いろりの宿 七里川温泉
房総のおへそに、クセになる湯処あり
久留里線で田園風景を抜け、亀山湖を横目に、さらに山奥へ。背負い籠のおじさんが横切ったカーブの先に、ぽつんと見えたのが七里川温泉だ。
中に入ると囲炉裏っ端(ぱた)で猫がお昼寝。炭の香りと、尺八のBGMが裾や袖から染み入ってくる。この時点で心は完全スイッチオフ。丸太を張り付けた素朴な脱衣所から露天風呂へ向かうと、湯けむりの向こうに山の稜線が見えた。やや黄色がかった湯は、塩素の臭いゼロ。すぐにじんじんと体が芯から温まってくる。
「常にかけ流しですし、1日1回お湯を抜いて掃除するから、塩素消毒は不要なの」とスタッフの外川公果子(そとかわ くみこ)さん。
近隣の公園造成工事の影響で現在硫黄泉は使えないが、その近くで以前から湧く露天風呂用のアルカリ性の湯を全浴槽で使用。こちらの湯も、肌にいいとファンが多い。隣で浸かっていた常連さん曰く「ここに通っていたらアトピーが治った。僕の肌に合ったんですね。スタンプ10個で1回無料(入湯税150円のみ支払い)になるスタンプカードは、おすすめですよ! 有効期限1年だけど、過ぎても全然指摘されたことがない(笑)」。
心とろける湯の熱•炭の熱
このいい感じのゆるさが七里川温泉の醍醐味。入浴時間制限はないので心置きなくくつろげるし、フレンドリーなスタッフさんのつかずはなれずの接客も居心地がいい。休憩室では若者たちが雑魚寝中だ。極めつけは風呂上がりに楽しむ囲炉裏タイム。干物など約40種から焼き物を注文できるが、炭代500円を払えば食材の持ち込みもOKなのだ。
赤く美しい熾おき火び の炭をいじりながら、網の上で金目の干物が焼きあがるのを待つ。温まった体が、遠赤外線でなおも温まり、額から汗がじわり。そこにキンキンの赤星を流し込めば、くふぅ〜、ああ夢心地。これは、スタンプカード、作らねば。
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【東鷲宮】百観音温泉
日帰り湯治で享受する観音パワー
駅から近い。寝湯や立ち湯など風呂の種類が多い。寝転べる広いお休み処がある。ここの魅力は数あれど、足しげく通う最大の理由は湯の力強さだ。温泉が湧いたのは1998年。地元の名家である白石家16代目の昌之さんが温泉湧出を願い掘削を始めると、地下1500mから地中に閉じ込められた化石海水が温泉として噴出した。18代目の昌純(まさずみ)さん曰く「この場所には昔、先祖が建立した百観音堂がありました。祖父は『湧出したのは観音様のおかげ』と百観音堂を再建し、この湯を百観音温泉と名付けたんです」。
この観音様の恵みを各風呂にドバドバかけ流し。腐葉土のような匂いがする湯は塩分豊富で保温効果が高く、ジンジンと温まる。豊富なナトリウムイオンとカルシウムイオンが肌の潤い成分と反応し、肌がキュッと鳴るほどすべすべに。隣で「おお、昨日ぶり!」「毎日来んと体の調子が悪くなるんだ」と話す常連たちを見て、ここが通いの湯治場として愛されていることを実感。
『百観音温泉』詳細
【本所吾妻橋】御谷湯
現代に蘇る、浮世絵に描かれし江戸の湯屋
暖簾と格子の引き戸からして粋な風情。2015年のリニューアルで3代目の片岡信さんが目指したのは「北斎が描いた浮世絵の湯屋」だ。和風照明がいくつも吊り下がる木造の脱衣場が匂い立つような色香。浴室へ向かえば坪庭越しに外光が差して清々しく、半露天の木格子から東京スカイツリーがひょっこり顔を出す。4階は金色のタイル絵が、5階は冨嶽三十六景の犬目峠を描いたペンキ絵が湯面に映り、雅だ。白湯のジェット風呂も備わるが、自慢は何と言っても澄明な黒湯だ。
「1947年の開業時に掘った井戸から出た、ラッキー温泉なんです。最初は泥水かと思ったそうですよ」
3つの湯船には44℃の高温、40℃の中温、38℃のぬる湯または13〜18℃の源泉が満ち、交互浴すれば、とろみのある湯が肌をしっとりするすべにする。湯上がりは2階のピアノバーへ。ほろ酔いセット770円や、ウォッカ入りのパフェなどもあり、耳に心地いい音色とともにクールダウンしたい。
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【湯河原 】湯河原惣湯 Books and Retreat
森に抱かれて本に触れ、湯浴みしながら蘇る
万葉集に詠われるただ一つの温泉、湯河原。聞き慣れない言葉「惣湯」は遠い昔、中世の頃に村人たちが作り、大切に守っていた共同湯の呼び名だ。川辺に自然噴出する湯に浸かった情景が、古い絵に残る。江戸時代には温泉番付で上位に入る湯治場になり、明治〜昭和には湯宿が林立。各界の著名人が訪れて小説にも描かれた。全盛期の1955年、観光拠点として万葉公園を開くが、次第に客足が遠のき、再生プロジェクトが進められた。満を持して2021年8月、今の時代にふさわしい、新しい惣湯が生まれたのだ。
惣湯文化に親しむひととき
「惣湯テラス」は、周囲の景観に調和して立つ。館内はシンプルで、BGMも時計もない。「ゆったり過ごしていただきたくて情報を極力少なくしています」とマネージャーの大門瞳さん。
まず、館内着に着替えて身軽になる。浴場は、湯の恵みに集中するための場として、体や髪はシャワー室で洗う。無色透明の源泉は、61℃。加水した適温でかけ流している。静々と身を沈めると、川の流音、鳥の声、木々のざわめきが重なる。中世の人々が親しんだ惣湯もこんなだっただろうか。温もった肌に触れハリを感じて驚いた。もしかして皮膚が再生してる?
湯浴(あ)みの間に間に「ライブラリー」や「奥のラウンジ」で本を開く。「装丁が魅力的で、心の持ちようが変わるような本を置いています」と、大門さん。
本の世界と、目の前の森と、歴史ある温泉を、自由気ままに行ったり来たり。そうして心身がリセットされていく。
『湯河原惣湯 Books and Retreat』詳細
【海浜幕張】JFA夢フィールド 幕張温泉 湯楽の里
湯船に浸かりながら、東京湾の大展望を見渡す
2020年にオープン以来、大人気が続く。最新だから様々な施設が充実しているのはもちろんだが、とにかく露天風呂(特に男湯)からの大展望がたまらない。人工浜の幕張の浜に面し、まさに波打ち際の立地。ここでの湯浴みは、眼前の東京湾の眺めを心ゆくまで満喫できる贅沢時間なのである。この日は快晴とあって遠くまでくっきり。スカイツリーや海ほたる、そしてやっぱり富士山が見えるのがうれしい。風が強く波が白く暴れていても、非日常の風景として楽しめる。
JFA夢フィールドはサッカー日本代表のトレーニングなどを行う拠点だが、入浴施設は一般客の利用が中心。浜辺のウォーキングやランニング後に使えるし、ストレッチやヨガ教室などもあって心地よい汗をかける。実は泉質もなかなか。地下2000mから湧き出す湯はよう素を含んでいて、ほんのりと藻臭が。淡い黄色も深層温泉らしい。塩分があるので寒い冬でも浴後のポカポカが持続するのだ。
『JFA夢フィールド 幕張温泉 湯楽の里』詳細
【綱島】綱島源泉 湯ゆけむりの庄
温泉地“東京の奥座敷・綱島”の新たな灯
赤々と燃える暖炉脇でのんびりくつろぐ人の多いこと。綱島はかつて「東京の奥座敷」と呼ばれた温泉地だった。しかし、ラジウム温泉自慢の駅前日帰り温泉が幕を閉じ、その灯が消えそうな2016年、新しい施設が誕生した。「黒湯文化を愛する地元の方に喜んでいただいています」と、相好を崩すのは広報の永井洋輔さん。
目を見張るのは和情緒の露天風呂。木組みが美しい櫓やぐらの下に、広々した岩風呂が2段並び、加温の源泉かけ流しからぬる湯へと湯が落ちる。湯はとろりとなめらかに肌にまとわりつき、美容液を塗ったような潤い感。美人の湯と謳われるのも納得だ。高濃度炭酸泉に、壺湯、女湯には深さ140㎝の立ち湯もあり、黒湯バリエーションの充実ぶりにも心躍る
また、5種類の岩盤浴や、発汗作用を促す旨辛の酸辣湯麺(スーラータンメン)など、サウナーの心を鷲わし摑みにする“サ飯”も揃える。
2022年内には新駅も開業予定。パワーアップし続ける綱島で、名湯をとくと味わいたい。
『綱島源泉 湯ゆけむりの庄』詳細
【箱根湯本】芦ノ湖畔 蛸川温泉 龍宮殿本館
芦ノ湖と霊峰を望む奇跡のアングル
露天風呂に浸かると、箱根外輪山の向こうで富士山が天を突いていた。眼下には空を映す芦ノ湖。雄大な霊峰の前では、湖に浮かぶワカサギ釣りの船が豆粒のように小さい。風は穏やかで、聞こえるのはトゥクトゥクと注がれる湯の音のみ。風呂の湯と凪いだ湖面は、そのままつながっているかのようだ。
見た目は平等院鳳凰堂の如く
芦ノ湖と富士山の競演という意味では、ほかに比肩する温泉施設がないほど美しい眺めをもつ龍宮殿本館。外輪山の凹んでいる鞍部から、ちょうど顔を出す富士山を拝める立地にあるということが、なにより素晴らしい。同館はプリンスホテルが営んでいるのだが、一説によると西武グループの創業者・堤康次郎が芦ノ湖と富士山が見えるこの場所を気に入り、一帯をリゾート地として開発したのだとか。
「ここを切り開いたとき、山の神を祀った祠(ほこら)も現存しています。当館から徒歩すぐですので、湯上がり後はぜひ参拝してみてください」とスタッフの稲生正隆さん。龍宮殿が芦ノ湖畔で開業したのは1957年。もともと浜名湖で創業した最高級ホテルを、1年以上かけて現在の地へ移築した。外観は平等院鳳凰堂をモデルとし、欅(けやき)や檜(ひのき)の巨木など贅を尽くした建物を移すため、多くの宮大工が関わったそう。
「先日、移築に関わった80代の方がお客様としていらして、内装を懐かしそうに眺めてらっしゃいました」
2017年には、日帰り入浴施設としてリニューアル。新設された女性風呂は露天(写真)と内湯、スチームサウナ、男性風呂は半露天風と内湯、フィンランドサウナを備えており、各風呂でやわらかな美肌の湯を堪能できる。
リニューアルに伴い、1階客室は貸切個室に(要予約)。2時間4400円〜と有料だけれど、上皇・上皇后や各国要人が泊まった湯宿の元客室でくつろげるなんてむしろ破格。入浴後は、湖を望む個室で優雅な時間を過ごしたい。
『絶景日帰り温泉 龍宮殿本館』詳細
取材・文=工藤敏康、佐藤さゆり、鈴木健太、松井一恵 撮影=泉田真人、オカダタカオ、鈴木奈保子
『散歩の達人』2022年1月号より