手のひらにのる小宇宙を生む『峰月堂』[清澄白河]
根付(ねつけ)は“手のひらの小宇宙”とも言われる。例えば「六猫」という作品。伸びをしたり眠っていたりする6匹の猫が絡み合って、わずか数センチ四方ほどの中に、広がりのある世界を創り出している。毛や牙、つまようじの先ほどの眼など、微細極まりない。「動物が好き」という山鹿寿信さん(56歳)だから、作品は動きがあってしかもかわいいのが特徴。手先の器用さ、感性、 発想力などを総動員しても「月に2個できれば良いですかね」と根気がいる仕事だ。
素材は象牙(ワシントン条約以前の在庫)や鹿角(かづの)などに、つげや黒檀の木材など。下絵を描き、材料を切り出して粗削りから仕上げ削りまで延々と続く。最も細かな作業時は歯科医が頭にしているような拡大鏡を装着して集中する。出来上がりはふたつとないものだ。「今の根付はアートに近く量産はできません。毎回違うものを作ることになります」。継続的に展覧会や販売会に出品している作家は国内外合わせて100人ほどしかいないという根付師。中でも山鹿さんは深川八幡祭の町内神輿総代でもある粋人だ。その手から生まれる作品は、江戸の伝統と現代的感覚が融合した小宇宙なのだった。
『峰月堂』店舗詳細
はっとするような、透き通る美しさ『椎名切子(GLASS-LAB)』[清澄白河]
親子3人の合わせ技で、伝統の江戸切子(きりこ)をカスタマイズしオリジナル製品を生み出す。もともと1950年創業のガラス加工所。江戸切子はカットグラスの技法を使って装飾を施したもので、ペリーが来航時に献上され、技術の高さに驚いたとか。この技を継承し、2代目の椎名康夫さん(69歳)が線ではなく面を作る技術をグラスに用いた平切子のエキスパートに。一方その次男である康之さんは砂を吹き付けて削るサンドブラストの達人。そこで長男の隆行さんが2人の技術を融合させて「砂切子」という新しい商品開発のプロデュース役となった。
これで江戸切子では難しかった模様や組み合わせを実現。職人2人の腕はハイレベルだが、ともに「(作業は)難しくない」と素っ気ない。でも隆行さんは「父の曲面を平らにする技術や、弟の線をとんでもない細さにする技術は背中がゾクッとするほど」と肩をすくめる。サンドブラスト技術は0.09㎜の線まで描ける世界レベルなのだとか。おかげで、お酒を入れると北斎の赤富士が浮かび上がるグラスや、グラスの中で桜が満開となるものなど、話題になる商品が続々とデビュー。企画力も大きな力となって羽ばたいている。
『椎名切子(GLASS-LAB)』店舗詳細
魚屋DNAを受け継ぐ門仲の良心酒場『大衆酒場 魚三』[門前仲町]
ひいじいちゃんが魚の引き売りから始めて、じいちゃんが昭和34年に居酒屋を始めたんです。酒は飲まない人だったけどね。魚は、昔っから河岸仕入れ。親父と台風でも出かけてるよー。仲卸さんとは、何十年もの顔なじみだから、いろいろ気にかけてくれるんです。だから勧めてくれたものも仕入れるようにしてるんですよ。
お店のお客さんには最近若い子や女性が増えましたね。昔は女性がカウンターに座っただけで、空気がガラリと変わって男性客が妙に緊張したもんだけどネ。あと、うちは子連れ入店できないんです。だって“酒場”だからね。だけど、成人すると、今度は親子で来てくれるんです。でもね、大概は大女将の洗礼を受けるんですよ。 「最初に魚を注文しないなんて、 何しに来たんだい!」ってね。俺らがやったら、かえってお客さんに叱られちゃうけど、大女将はオーラがありますから。ま、一杯飲んでってよ。(4代目・鈴木三則さん)
『大衆酒場 魚三』店舗詳細
日本文化の伝道者『京呉服・宝石の店 田巻屋 深川清澄白河本店』[清澄白河]
店前の深川江戸資料館通りは昔、お彼岸通りと呼ばれてましたが、地下鉄が開通し、現代美術館やインターナショナルスクールができて、にぎやかになりました。外国の方も多く、浴衣をガウンとして着たり壁に飾ったり、帯留めはベルト、帯あげはマフラーで使う、なんて話も聞きます。
創業時から花街のお姐(ねえ)さん向けというより、街の人向けの店。この辺りは祭りのとき、半纏(はんてん)の帯で個性をアピールするんです。だから、和装でいろいろ楽しめるよう、 2代目の夫が宝石を、3代目の息子が和雑貨を扱うようになりました。最近は、 デニム着物や和柄足袋も人気です。
深川では七五三や小学校の卒業式で、袴(はかま)をはく子が増えているんです。うちでは 「着物はおじいちゃん、おばあちゃんのところにあるかもしれないから、見ておいで」って伝えます。そうすれば、箪笥(たんす)の肥やしの着物が生き返りますし、袴代だけで済みますから。 「こんなのがあったの」と持ってきてもらって、コーディネートしてあげることもあるんです。和の伝統文化は、ちゃんと伝えていかなきゃ。 (女将・田巻孝子さん)
『京呉服・宝石の店 田巻屋 深川清澄白河本店』店舗詳細
豊洲の台所を支える頼もしいお肉屋さん『肉のイチムラ』[豊洲]
豊洲は軍の施設があった場所。それが戦後、民間に払い下げになるっていうんで、初代のじいさんが、業種を 「精肉店」 と書いて応募したら当たったんです。肉屋なんてやったことがないから、急いで門仲のお店で修業したけど、初めはロースもモモも、同じような細切れ、同じ値段で売ってたらしいです。それを、修業先に出入りしていた親父が見兼ねたのか、子供のいないじいさんに見込まれたのか、二人で切り盛りするようになりました。総菜は昔からやっていたから、昭和の終わり頃から弁当もはじめました。日替わりのほか、ハンバーグ630円や牛ステーキ弁当830円がおすすめ。1日に150食ほど売れるかな。
昔に比べて、豊洲もようやく普通の街になってきたなって思います。団地も増えたし、会社もあるし。だから昼間は弁当、夜は焼き鳥なんかを作って並べてます。職人の街だからか、牛より、豚のほうが好まれるかな。遠くから買いに来てくる人もいるんです。確かにあんまり価格は上げてないけど、うち、そんなに安いの?(3代目・市村恭庸(やすのぶ)さん)
『肉のイチムラ』店舗詳細
子供たちの社交場『下町のおもちゃ箱トイパーク まさみや』[森下]
玩具は遊びの原点。 昔から 「壊しちゃダメ」 が決まり文句ですが、壊して分解して向学心を培うものなので、大事にすることも身につくんですよ。
この店は、戦後の焼け野原の物資のない折に、商店街から要望があり、両親が創業しました。1996年から駄菓子を扱い、ワンコインで遊べるゲーム機も置きました。昭和中頃にはやったものなので、大人も子供の頃に思いを馳せています。当たる (お菓子券) 確率もいいんです。
“高橋のらくろード”は、日・祝10~19時は歩行者天国なので、家族でご来店ください。(2代目・川喜田敏夫さん)
『下町のおもちゃ箱トイパーク まさみや』店舗詳細
取材・文=佐藤さゆり(teamまめ)、工藤博康 撮影=原幹和、門馬央典