【コースガイド】
全長約13kmのコースはほとんど平坦な道で、所要時間は休息抜きで約3時間半。わかりにくいのは千住新橋への道。名倉医院の手前の道標を左へ進み、国道4号高架の下をくぐり、螺旋階段を上って千住新橋南詰に出る。
アクセス
〔行き〕京成上野駅から京成本線11分の千住大橋駅下車。
〔帰り〕獨協大学前(草加松原)駅から東武スカイツリーライン(北千住直通)東京メトロ日比谷線で約30分で上野駅。
芭蕉が日光道中の千住から2400㎞にもおよぶ『おくのほそ道』の旅に出たのは、元禄2年 (1689) 春。当時の千住は、江戸四宿の一つとして大いに栄え最盛期には、55軒の旅籠が約150人の飯盛女(めしもりおんな=遊女)をかかえていた。
今、旧街道には宿場の活気を彷彿(ほうふつ)させる商店街が続く。その一角、『千住街の駅』には浮世絵が展示され、絵葉書などの芭蕉グッズも並ぶ。また、旧街道から脇に入った金蔵寺(こんぞうじ)には千住遊女の慰霊碑が残っている。
千住宿のはずれで、名物だんごを味わった後は、荒川に架かる千住新橋を渡っていく。ここから眺める風景はのびやか。 〈片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず〉 と記した芭蕉の心情に触れた気がする。
芭蕉が初日の到着地にとこだわった草加宿へ
土手道を進み、階段を下って旧街道へ。ここからひたすら北上する。途中、足立区のオーストラリアとの異名を持つベルモント公園や居心地のよいカフェで小休止。小さな祠に祀られた火あぶり地蔵が見えたら草加宿はもうすぐだ。
日光道中第2宿として栄えた草加では、千住を出立した旅人の多くが旅装を解いた。芭蕉も 〈その日漸う草加といふ宿にたどり着きにけり〉と記しているが、同行の曾良(そら)の日記によれば、実際は約17㎞先の春日部に泊まっている(驚くべき健脚!)。それは思うように歩みが進まない初日の不安な気持ちを強調するため、あるいは草臥(くたび)れたの意味で草臥→草加としたなどという説がある。
千住大橋から歩き始め、草加宿まで約11㎞。江戸末期の町家を利用した『草加宿神明(しんめい)庵』 で、宿場の雰囲気に浸りながらほっと一息。仕上げは、旧街道に松並木が連なる草加松原へ。優雅な曲線を描く 「百代橋」 の上から振り返る。かつて芭蕉が歩いた道をたどってきたと思うと、感慨深い。心地よい疲れが、体中に広がる中、一句捻(ひね)りたくなってきた。
1 奥の細道プチテラス
奥州へ旅立つ芭蕉。数えで46歳
足立中央卸売市場入り口横に立つ、矢立初めの芭蕉像。携帯筆記具「矢立」を手にし、旅立ちの句「行く春や鳥啼き魚の目は泪」をしたためている。実際に詠んだ句は「鮎の子のしら魚送る別れ哉」(句碑あり)と言われている。
2 金蔵寺
宿場の歴史を今に語り継ぐ遺構
建武2年(1335)創建の金蔵寺。門を入ってすぐ左に2基の供養塔が立つ。南無阿弥陀仏と刻まれた石塔が遊女供養塔で、台石に遊女たちの戒名(浄香信女、花月信女……)がびっしりと刻まれている。その隣、無縁塔と刻まれているのは、天保8年(1837)の飢饉の際に飢えのために亡くなった人々の天保餓死者供養塔だ。境内参拝自由。
3 千住街の駅
大正時代創業の元魚屋が観光案内所に
レトロな雰囲気漂う館内には、千住宿が描かれた浮世絵や資料がずらり。元は大正時代創業の魚屋で、冷蔵庫や魚棚などが残っている。おみやげコーナーには芭蕉にちなんだグッズも。「おくのほそ道」の全行程が一目でわかる絵葉書100円、芭蕉ハンカチ950円。
●9:00~ 17:00、火休(祝日の場合は開館)。入館無料。☎080-6630-8037
4 かどや
旧街道歩きのおやつはこれ
江戸後期の建築「横山家住宅」の先の左角にある、だんごの名店。上質の米粉を用いた平たいだんごを備長炭で焼き上げ、甘辛いタレをからめた「やきだんご」。ザラメを使用し後味さっぱりの餡をまとった「あんだんご」各1本100円。もちもちした食感で口当たりも優しい。
●9:00~17:00(売り切れ次第終了)、水休。☎03-3888-0682
5 ベルモント公園
足立のオーストラリアで癒やされる
足立区と姉妹都市の西豪州ベルモント市との友好親善を記念して造られた。園内には赤レンガの洋館やユーカリの木、羊のモニュメントなどがあり、赤い電話ボックスは豪州で実際に使用されていたもの。園内自由。
6 STRINGSTAND eito(ストリングスタンドイイト)
店名イイトはいい糸とイートの意
ケーキや焼き菓子が評判のカフェ。テニスやバドミントンなどのガット張り替え店も併設。おすすめは自家製パンのチーズトーストにバターチキンカレーが添えられたカレープレート1180円。カフェオレ500円。店主の松原真吾さん・亜矢子さん夫妻の人柄も温かい。
●11:00~17:00LO、不定休。☎03-5856-4021
7 火あぶり地蔵尊
母思いの娘にまつわる悲しい話
旧日光街道と県道54号が交わる角にたたずむ小さな祠。そこには火あぶり地蔵が祀られている。奉公先で母危篤の知らせを受けた娘は、店の主人に帰郷を願うが許されず、主人の家が焼けてしまえば母に会えると火をつけた。娘は捕縛され火あぶりの刑に。娘を哀れに思った村人たちが供養に建てた地蔵だ。
8 草加宿神明庵
165年以上前の町家がお休み処に
安政2年(1855)の江戸大地震時にはすでに建築されていた「久野家(大津屋)」。1階は観光案内所とお休み処、梁がむき出しの2階はギャラリーに改装されているが、かつての宿場の雰囲気を色濃く残している。おみやげには「神明庵限定草加せんべい」1袋8枚入り600円がおすすめ。
●11:00~16:00、月休(祝日の場合は翌休)。☎048-948-6882
9 草加松原百代橋
芭蕉も歩いた「千本松原」
綾瀬川沿いの旧街道に美しい松並木が約1.5km続く。寛永7年(1630)の草加宿開宿時、または天和3年(1683)綾瀬川改修時に植えられたという。600本以上ある松のうち、江戸時代からの古木は60本ほど。『おくのほそ道』にちなんだ太鼓型の跨道橋「百代橋」と「矢立橋」、芭蕉像や句碑なども点在、石畳の散歩道として整備されている。
取材・文=伊東邦彦 撮影=伊東悦代 ※ 〈〉 の文は 『おくのほそ道』 からの引用
『散歩の達人』2021年4月号より