きっかけは突然に。好きな店の客から店主へ
王子出身で20歳からずっと赤羽に住んでいるという店主の本橋さん。喫茶店巡りや観劇などの趣味を楽しみつつ、結婚後は子育てに追われていた。ところが、忙しいこの時期に人生の転機が訪れる。通っていた喫茶店の閉店が決まり、居抜きでお店をやらないかと持ちかけられたのだ。それがこの店「デア」だ。
もともとこの店が好き。おいしいコーヒーを目当てに子連れで通っていたのだそう。とはいえ、子供たちもまだ小さく、仕事も持っていたためかなり悩んだという。
機械彫刻師をしていた今は亡き夫の光則さんの後押しもあり、悩みに悩んだ結果、夫婦で喫茶店の経営を決心した。
今や約40年の歴史を誇る老舗純喫茶だが、始めた頃は苦労の連続だったという。
1983年4月4日に前の店が閉まり、翌日から本橋夫婦が営業開始。居抜きですべての道具は揃っていたものの、喫茶店経験のない本橋夫婦にとってはとても大変だったそう。前の店から引き続きアルバイトをしていた人に教えてもらったり、ブレンドの配合をコーヒー業者とともに割り出したこともあった。夫婦で懸命に味を追い求め、続けてきたことが歴史となっている。
毎朝、豆を碾く。コーヒーへのこだわり
キリマンジャロ、ブラジル、モカ、ブルーマウンテン、マンダリンを配合したブレンドは、本橋さんがおいしい、と感じた味を守るため、配合も長年そのままだ。香りが出るように、毎朝豆を粗く碾くところから始まる。
「うちのアメリカンで、一般的な店のブレンドくらい。かなり濃いのよ」との言葉通りかなり濃い目だが、苦味と酸味のバランスがよく、鼻に抜ける香りも心地いい。じっくりと愉しみたい味だ。
アイスコーヒーは、ブレンドとは配合の違う豆を、深く焙煎してコクを出している。
気分に合わせて選べる3種のオムライス
ずっと変わらない食事メニューで一番人気は、なんといってもオムライス。定番はケチャップ味だが、この他にカレー味とマイルド味が選べる。カレー味はカレーピラフが、マイルド味は塩コショウで味付けたピラフが入る。玉子の上にはパセリのみなので、ケチャップが苦手な人に人気があるそう。
なめらかな玉子の黄色とケチャップの赤が美しい。壊すのがちょっともったいないけど、ざっくりスプーンで割る。すると鶏肉、玉ねぎ、ピーマンのケチャップライスがこぼれ出てきた。ケチャップライスはしっとりちょっと濃いめの味で、ときおり玉ねぎの甘さを感じる。ランチもいいが、午後遅い時間や夕方など隙間時間にもちょうどいいボリューム感だ。
食べ終えてから、コーヒーで一息ついたとき、ふと今後のことを聞いてみた。
「このまま同じ形で一日でも長くやっていきたい」
そう話すママさん。笑顔が眩しかった。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ