グッモー! 井上順です。
僕が地元渋谷で頻繁に通う讃岐うどん店『麺㐂 やしま 渋谷円山町』。讃岐うどんの本場、香川県での創業から90年、渋谷に移転して50年になる。お昼時はいつも行列ができる人気店だ。
手打ち手切りの讃岐うどん、伝統の味
この店は何を食べてもおいしいのだが、最近のお気に入りは「もやしラー油うどん」。トッピングにキムチとわかめを足すのがお決まりだ。
うどんにラー油、最初は意外な組み合わせだなあと思ったけれど、あっさりした出汁にほどよいピリ辛感が見事にマッチ。コシのある麺にラー油が何とも絶妙に絡み合い、もやしとキムチ、わかめのしゃきしゃきした食感とのコンビネーションも最高で、すっかりハマってしまった。
さらにうれしいのは、このボリューム! どんぶりいっぱいにうどんがぎっしり詰まっているから、一杯で満腹、大満足なのだ。
「麺の量は、湯がく前で300gあります。湯がいたら水分を吸って400gくらいになるかもしれません。小食の方は、麺少なめで注文していただくこともできるので安心してください」と、店主の白玖 剛(はく つよし)さん。
しかも、麺は太めでコシがあるので食べ応えも抜群。手打ち、手切りのこのうどんは、ここでしか味わえない特別な味だ。
「うちは昔から機械は一切使っていないんです。手で練った生地を数日熟成させてから伸ばして包丁で切ります」
うどんの材料は小麦粉と塩と水だけ。でも、小麦って年によって出来が違ったりするだろうし、小麦粉と塩、水の量の加減、見極めがプロの腕の見せどころなんだろうね。
「粉の状態だけでなく季節によっても塩や水の量は変わります。その日の気温や湿度も関係してくるので、練りながら水の量を調整します。でも、練っているときはこれでいいと思っていても、いざ湯がくと、あれ?違う?みたいなこともあって、自分のなかで完璧、100点満点!っていうのは年に数回。毎日が真剣勝負です」
90年前に香川で創業、渋谷にやって来て50年
『麺㐂 やしま』は今年、なんと創業90周年。
昭和11年(1936)に香川県善通寺市にて初代(曾祖父)が創業したのが始まりだという。
「もともと祖母方の曽祖父がうどん屋さんだったそうです。祖母と結婚した祖父が店を継いで、父に続き、僕が4代目です」
店は昭和40年代に愛媛県松山市に移ったあと、1976年に渋谷宇田川町に移転。でも、四国からいきなり渋谷にやってくるとは、なかなかの大冒険だよね。
「松山市の店のころにNHKの職員の方がたくさん来てくれていたそうです。東京から転勤で来ていた方も多くて、『東京に店出してよ』なんて言われていたこともあって、渋谷の宇田川町に移転したと聞いています」
今でこそ全国的に有名な「讃岐うどん」だが、その当時、東京ではまったく知られていなかったと思う。調べてみると東京の讃岐うどんブームは2000年代に入ってからなので、『麺㐂 やしま』はかなり先駆け的な存在といえる。
「宇田川町の店はビルの地下で、通りすがりに気軽に入れってもらえるような場所ではなかったのですが、父と祖父は本当によく頑張ったと思います。店のビルの目の前が吉本興業の劇場『ヨシモト∞ホール』だったので、芸人さんたちがよく来てくれるようになって、以来ずっと通ってくれている芸人さんも多いんです」
渋谷の街で愛される存在になった宇田川町店だが、2012年にビル取り壊しにより富ヶ谷に移転することになった。その後、2013年8月に富ヶ谷店を3代目のお父さんに任せ、4代目の白玖さんが円山町店を新規オープンした。
18歳のときに、お祖父さんとお父さんのもとでうどんづくりを始めたという白玖さん。それから30年以上、日々うどんと向き合い続けてきた。「やしま」の味、伝統を守りながら少しずつ変えてきたこともあるという。
「現在は国産小麦粉5種類を混ぜて使っているのですが、宇田川町のころはオーストラリアの粉も混ぜていました。日本のうどんになぜかオーストラリアの粉が合うんですよ。円山町に来てから国産でやろうと思い立っていろいろ試したんですけど、なかなかうまくいかなくて。やっと今の5種類にたどり着きました。出汁も宇田川町のときより1種類だけ増やしています」
昭和レトロな玩具がびっしり並ぶ店内
もう一つ、この店のおもしろいところは、うどん屋とは思えない独特の内装だ。懐かしい昭和の玩具や広告から最近の映画のポスターまで、もう隙間もないくらいびっしり飾られている。僕が1970年代に出演していた「ピッカリコニカ」の広告も見つけちゃったよ(笑)。
「宇田川町のころに、昭和の懐かしいホーロー看板のコレクションを貼っていたのが始まりです。ここではショーケースも設置したので、持っていたフィギュアなんかを飾るようになって。お昼などのピーク時は別ですが、注文受けてからうどんを湯がくので提供まで20分くらいかかることもあって、待っている間もなんとか楽しんでもらおうと。お子さまに人気のアンパンマンも置いてみようとか、いろいろ飾っているうちにこんなになっちゃったんです(笑)」
最近は外国人観光客のお客さんも多く、日本のアニメキャラクターのフィギュアなどが特に喜ばれるそうだ。
店の看板に岡本太郎さんのアートワークが
店内には各界著名人のサインもずらり。俳優、映画監督、お笑い芸人、DJ、ミュージシャン、漫画家……などなど。円山町はライブハウスやクラブ、ミニシアターなんかも多い場所だから、こういう客層も渋谷らしいと思う。
店の看板の左下に「手打ちの味」という文字が彫り込まれている。この文字のデザインはあの岡本太郎さんだという。
「松山市の店のころに岡本太郎さんがたまたま立ち寄ってくれたことがあったそうです。そのときに書いてもらったサインを宇田川町の店に飾っていたら、ある新聞記者さんが見つけて、後日太郎さんを連れて来てくれたんです。それからよく来てくれるようになりました。ある日、祖父と父親が太郎さんの事務所でうどんをつくってほしいということで呼ばれて。うどんをつくったお礼に書いていただいたのが『手打ちの味』の文字なんです」
うどんの味はもちろんだけど、お祖父さん、お父さんのお人柄もいろんな人を引きつけて店の歴史をつないできたのかもしれないね。
店主の白玖さんは渋谷育ちで、僕と同じ松濤中学校の出身。やっぱり渋谷の街への思いは特別のようだ。
「生まれは愛媛なんですけど、店が宇田川町に移転したのは僕が1歳のころなので、渋谷の記憶しかないんです。渋谷の街も変わりましたね。東急百貨店本店に続いて西武渋谷、東急ハンズもなくなってしまうというのは悲しいです。百貨店やハンズにお勤めの方々もよく店に来ていただいていたこともあって、寂しいです」
渋谷は家賃も高いし、最近は原材料も高騰しているから個人店の経営は大変だと思う。渋谷の街はどんどん変わっていて新しい店ができていくのもいいけれど、こういうチェーン店にはない温もりや独特の風情のある店はずっと続いてほしいと願っている。90周年の次はいよいよ100周年だね。
「そうなるように頑張ります!」と、4代目白玖さんから頼もしいお言葉をいただいたので、みなさんも『麺㐂 やしま 渋谷円山町』のコシのあるうどんを食べに、ぜひ渋谷へおコシ(越し)くださいね!(笑)
文=井上順 撮影=阿部 了 構成=丹治亮子







