白みりんの魅力を知る体験型ミュージアム
千葉県北西部に位置し、西側に江戸川が流れる流山市。対岸の埼玉県三郷市では早稲米が採れるので、昔からこの辺りは酒造りが盛んだった。その土壌とノウハウを生かし、今ではみりんの名産地に。その歴史を紐解くため、『流山市白みりんミュージアム』を訪れた。
「最初、みりんは甘いお酒として飲まれていたんです」と館長の川浦智子さん。調味料として使われるようになったのは江戸時代後期から。江戸の屋台でも、流山の白みりんがそばつゆやウナギの蒲焼きのタレに使われた。
「江戸っ子が好んだ甘辛味には、流山の白みりんはなくてはならない存在でした」
そもそも酒造りが盛んだった流山だが、文化3年(1806)、誰でも自由に酒を造れるようにする「酒の勝手造り令」を幕府が出したため、下り酒が江戸に大量に出回り、流山の酒が売れなくなってしまった。
「そこで、酒蔵を営む堀切家が打開策として踏み切ったのが、醸造の技術を応用した独自のみりん造りでした」
なお、当時みりんといえば、味が淡白で色が濃い上方のものが主流だったが、二代堀切紋次郎が手掛けたみりんはうまみが濃く、色が淡くきれいだった。ろ過するのに絹織物の羽二重を使うなど「試行錯誤をくり返した成果」にほかならない。川浦さんの言葉を借りれば「まさに、みりんのイノベーション!」。白みりんは流山の救世主だったのだ。
いろいろ学んだ後は、キッチンスタジオ「かもしアエール」で料理教室「みりん体験」にも参加。おみやげコーナーを見て、白みりんソフトクリームにうっとりしていると、2〜3時間があっという間。まだまだ白みりんの奥は深い。
ミュージアムで発見!知られざる白みりんのウラバナシ
【その1】流山白みりんの2大ブランド「万上」&「天晴」
そもそも流山で白みりんの製造が始まったのは、18世紀末〜19世紀初頭のこと。堀切家が研究に研究を重ねて生み出した「万上」と、秋元家が手掛けた「天晴」が、流山白みりんの二大ブランドとして江戸で人気を博した。
【その2】流山の白みりん造りは「糖化・熟成」の工程がカギ
館内には、昔ながらの製造工程を示すミニチュアも展示されている。写真は、仕込み桶に焼酎、米麹、蒸糯(もち)米を投入し、みりんもろみを造る工程だ。ちなみに、千葉県は今でも醤油、みりんの生産量が全国でもトップで、屈指の「発酵県」として知られている。
【その3】みりんは調味料ではなくお酒として親しまれていた!
昔、みりんは甘いお酒として飲まれていた。安土桃山時代は身分の高い人にしか手に入れられない高価なものだったが、江戸時代になると生産技術が向上し、生産量が増加したことで庶民に浸透。江戸時代中期の文献に、下戸や女性が喜んで飲んだと記されている。
白みりんジンジャーフルーツ寒天を作ろう!
教えてくれたのは……館長・川浦智子さん
材料(2人分)はこちら。
本みりん50ml、水250ml、粉寒天2g。ゆでアズキ、お好きなフルーツを適量。
(A)みりんジンジャーシロップの材料、本みりん80ml、ショウガの搾り汁を小さじ1/2をご用意ください。
作り方は簡単。
(1)鍋にみりん、粉寒天を入れて弱火にかけ、煮溶かし、混ぜながら2分ほど沸騰。器に入れ、冷蔵庫で冷やし固めます。
(2)みりんジンジャーシロップを作ります。小鍋に(A)のみりんを入れて中火にかけ、半量まで煮詰め、ショウガの搾り汁を加えて冷まします。
(3)(1)を切って器に盛り、小豆やフルーツを乗せ、あればミントを添えて。みりんジンジャーシロップをかけてお召し上がりください!
(C)川浦智子
ミュージアム内のキッチンスタジオ「かもしアエール」
館内にあるキッチンスタジオ。白みりんを使った料理教室「みりん体験」を毎日開催している。レシピは月替りで、主食からおかず、スイーツまで幅広く、毎月通うリピーターも多いとか。誰でも気軽にチャレンジでき、料理が苦手な人や一人での参加、親子連れも歓迎。
お土産コーナーの品揃えも充実!
取材・文=信藤舞子 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2026年7月号より






