大韓民国
朝鮮半島南部にある、日本と歴史的関係がきわめて濃厚な経済大国。日本には40万7341人が住む。その半数以上は特別永住者(オールドカマー)。ほかに会社員、永住者、留学生、日本人の配偶者が多い。東京、大阪を中心に、日本全国で暮らす。
韓国×赤坂の移ろい
赤坂に韓国のレストランが多い理由を『樹夢(ジュモン)』のご主人、劉東洋(ユ ドンヤン)さんが教えてくれた。
「もともと赤坂は政治家や大企業、芸能関係者、外資系企業の人々が集まる場所だったんです。その接待の街として発展してきました」
すぐそばが日本の政治経済の中枢・霞が関と永田町で、TBSも近く芸能事務所なども多い。古くから外資系企業の集積地でもあった。戦後間もない1950年代からすでに、赤坂はこうしたハイソ層向けの接待需要に応える街だったのだ。
「それが、日韓の経済交流が活発になるにつれて、韓国企業の駐在員や経営者なども赤坂を訪れ、会食の場として利用するようになったんです」
契機となったのは1965年の日韓国交正常化だ。韓国から訪れる政府関係者やビジネスパーソンが急増するようになる。そして日本側との会食の場として赤坂はよく使われた。
こういったニーズを満たすために在日韓国人(日本による植民地支配時代に来日した人々とその子孫、オールドカマーとも呼ばれる)たちが韓国のレストランやクラブなどをつくっていった。赤坂と同じ港区に、韓国大使館があったことも影響しているだろう。1976年にはやはり港区に韓国民団(在日本大韓民国民団)が入る韓国中央会館が完成している。
景気の良かった時代だ。赤坂も歓楽街としてさらに発展する中で、オールドカマーの成功を見てニューカマーの韓国人(80年代以降、留学や仕事のために来日した人々)も参入してくる。
「バブルの頃は韓国の店がどんどん増えたそうです。当時はサムスンやLGなど韓国の大企業も赤坂にオフィスがあったと聞きます。赤坂は韓国人が住んでいたというよりも、ビジネスの場、接待文化を中心とした韓国コミュニティーといえると思います」
舌が肥えた赤坂のお客を相手に商売してきた
劉さんが来日したのは、バブルが弾けたあとの2001年。それでも赤坂は、今よりはるかに活気があったそうだ。
「朝まですごい人ごみで、歩いていて肩がぶつかるくらいにぎやかでした」
留学生として日本語学校に通いながら、赤坂の韓国料理店で皿洗いのアルバイトをしていたそうだ。
「当時の時給はだいたい750円くらいだったんですが、赤坂はそれより100円高かったんですよ」
もともと韓国で建築関係の学校に通っていたこともあり、卒業後は日本の建築会社へ。その後、飲食業界に挑戦しようと転職した先が、赤坂でも老舗の韓国料理店『チョンギワ』だ。
「10年ほど店長を務めました。その経験を生かして、いまの店を5年ほど前に開いたんです」
設計も内装も劉さん自身が手がけた。建築会社で学んだスキルあってこそだ。そして「韓国よりも、さらにおいしい韓国料理を」というこだわりで店を営んできた。
「赤坂のお客さんは味に敏感で、食に対する意識も高い。評判が落ちたら赤坂ではもう商売できません。狭い地域ですし、常連の多い街ですからね」
絶対に食べてほしい、至福のケジャン
韓国料理といえば焼肉だが(上質なA5ランクの黒毛和牛中心だとか)、せっかくなので『樹夢』ならではのメニューをいただきたい。そうリクエストすると劉さんが真っ先におすすめしてくれたのがカンジャンケジャン。ワタリガニの醤油漬けだ。
「おなかに卵がたくさん入っているメスのワタリガニを、特製のソースに漬け込んでつくるんです」
このソースがなんとも手が込んでいる。醤油だけではなく、タマネギやニンニク、唐辛子などのほか、独特な自然の甘みを出すためにすりおろしたリンゴや梨も入れている。さらに臭みを消すための漢方もともに煮込む。カニのほうは一杯ごとにきれいに洗い、甲羅の中の砂もしっかり取り除く。そして冷暗所でソースに漬け込むこと、なんと1週間。
ほかの店より大ぶりで、カニミソもたっぷり盛られたケジャンにかぶりつく。芳醇で濃厚なうまみが口いっぱいに広がる。これは至福だ。さらに『樹夢』ではカニの身とミソ、ソースを混ぜたご飯を甲羅に詰めて出してくれるのだが、なんともリッチな味わい。
オボクジェンバンはこれ、北朝鮮式の寄せ鍋だ。牛の胸、頬、アキレス腱などさまざまな部位と、キノコと野菜をたっぷり入れて、牛肉ベースのスープで煮込む。
「韓国ではドラマをきっかけに流行ったんですよ。北朝鮮ではお祝いの席で出される高級料理だそうです」
ボリュームたっぷり滋味あふれ、これまた箸が止まらない。
豚足は自家製だ。漢方などからつくったソースでじっくり煮込まれていて、コラーゲンとムッチリとした食感がたまらない。野菜で巻いて食べるとさらにいける。
こんな本格的な料理を求めて、韓国の芸能人や企業関係者、日本の政財界の方々も来店するのだとか。時代は移り変わり、赤坂に全盛期ほどの華やぎはないというが、それでも接待や会食の場、日韓のビジネスの交流の場という性格は、昔のままのようだ。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年9月号より








