木格子の店蔵、漆喰(しっくい)の蔵、レンガのうだつなど、越ヶ谷宿を歩くと、歴史ある建物がポツポツ目に入る。越谷には約30軒の古民家や蔵があると言われるが「そのうち13軒ほどが宿場町にあり、4軒が国の登録有形文化財です」と、教えてくれたのは『まち蔵』を運営・管理する若色欣爾(わかいろきんじ)さんだ。

越ヶ谷宿は「成立年が謎」ながら、古くから奥州古道と元荒川の舟運の物流拠点で市が立ち、商人が集まって街が形成されたと言われている。油、木綿、味噌などの商家には豪商も少なくなく、趣向を凝らした屋敷や蔵を建築。旦那衆は文化人を招き、蔵の2階で会を催したという。しかし、大火が何度も街を舐(な)め尽くし、近代化の波も押し寄せ、越ヶ谷宿の風情は風前の灯になっていた。

地元企業と有志のタッグが“地域文化を守る”うねりに

流れが変わったのは2013年。街道沿いの旧家を分譲住宅地として地元ハウスメーカーのポラスが取得したことに端を発する。ポラスグループ・中央住宅の池ノ谷(いけのや)崇行さんは「ポラスは地域文化の価値の創造を掲げるグループ。社長が古い屋敷や蔵を見て、地域を盛り上げるために残そうと英断したのです」と、解体1週間前の急展開を振り返る。

右から、再生を担当した池ノ谷さん、『まち蔵』を運営する若色さん夫妻。
右から、再生を担当した池ノ谷さん、『まち蔵』を運営する若色さん夫妻。

池ノ谷さんは新築のプロだが、古民家再生は素人。それでも、試行錯誤で蔵の状態を検分し直し、再生・活用の道を模索するうちに古民家再生に欠かせない地元の曳(ひ)き家業者や、漆喰の職人に出会えたという。活用を目指すため、主屋の内蔵を移動させ、向きを変える曳家工法の折には、希少な機会を見逃すまじと、地元の小学生に蔵を引っ張ってもらう一大イベントまで行われた。次世代にはインパクト大の貴重体験だったに違いない。

さらに、半永久的に保存すべく、中央住宅は内蔵を越谷市に寄贈。市は、地域活性化や空き家問題に取り組む「油長内蔵運営協議会」に管理運営を託し、まちに開かれたまち蔵が誕生した。

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再生の始まりとなった油長内蔵(あぶらちょううちくら)『まち蔵カフェ』

2016年 再生

新設した階段で上がる2階では越ヶ谷宿、平田篤胤関連の書籍や資料を展示。
新設した階段で上がる2階では越ヶ谷宿、平田篤胤関連の書籍や資料を展示。
街道沿いには昔ながらの屋敷や蔵が13軒点在している。
街道沿いには昔ながらの屋敷や蔵が13軒点在している。

屋号「油長」の油問屋。その屋敷内にあり、比較的保存状態がよかった江戸末期建築と伝わる内蔵を再生復活。代々所有した山﨑家は豪商で、12代篤利は幕末の国学者・平田篤胤(あつたね)の有力門人。ゆえに、蔵から貴重な史料が多数発掘された。現在は蔵や屋敷の相談処となり、週末はカフェとして内部を公開。和菓子付きの抹茶やコーヒーが味わえる。

カフェは金・土・日の10:00~17:00。
☎080-9558-5821

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一方、プロジェクトの真っ只中、通称はかりやの大野家が売りに出された。『まち蔵』の曳家イベントにかかわった「越ヶ谷宿を考える会」メンバーの戸田道子さんは「大野のおばあちゃんは生前、できることなら残したいと話していたそうです」と、宿場町からまた一つ、お屋敷がなくなるのかと落胆していたという。でも、「取り壊さずに済んだのは取得先が地元企業のポラスさんだったからこそだと思います」と目を細めた。池ノ谷さんも「『まち蔵』の経験があったからこそ」と、屋敷丸ごと再生プロジェクトへ移行。若い世代に安価で貸す複合施設として活用し、運営会社に地元有志を巻き込み、にぎわいを呼ぶ道筋を編み出した。

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主屋と土蔵が連なる屋敷をまるごと活用『はかり屋』

2018年 再生

店蔵の木格子、石畳、屋根瓦、昭和期に増築した主屋など修復しながら建築当時の姿に寄せて再生。
店蔵の木格子、石畳、屋根瓦、昭和期に増築した主屋など修復しながら建築当時の姿に寄せて再生。
かつて勝手口だった玄関には手斧で削った名栗の床が新たに敷かれ、しっくりなじむ。
かつて勝手口だった玄関には手斧で削った名栗の床が新たに敷かれ、しっくりなじむ。
明かりがともる夜も艶やか。
明かりがともる夜も艶やか。

明治38年(1905)築と推定される屋敷は旧大野家住宅。肥料店に始まり、後に秤を扱うようになったことから、通称はかりやと呼ばれるように。間口が狭く、細長い短冊状の敷地に、店蔵、主屋、土蔵、納屋などの寄棟屋根が奥へ連なる。本家が材木商だったため、銘木がふんだんに用いられたぜいたくな造りで、現在、5店舗からなる古民家複合施設に変身。曜日で雑貨店や音楽教室などが出店する「naya」もあり。

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越ヶ谷宿界隈には、まだまだ古民家の管理に頭を悩ます家主が多い。『まち蔵』はそんな住民の相談窓口で、糀屋蔵をもつ都築家は悩みどころの修繕資金から、ポラスや地元有志と知恵を絞ったという。「所有者も活用法も三者三様。無理なく未来へ残し続ける形を模索するしかないですから」と池ノ谷さん。戸田さんも「住民有志の活動には限りがあるので、ポラスの存在は心強いばかり」と、各団体と情報共有しながら、宿場町の未来に希望を見出している。

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まちのたまり場になった珍しき鉄筋の蔵『本のある蔵 糀(こうじ)屋』

2020年 再生

「越ヶ谷宿を考える会」メンバーでもある戸田道子さんが運営。雛めぐりなど宿場イベントも企画。
「越ヶ谷宿を考える会」メンバーでもある戸田道子さんが運営。雛めぐりなど宿場イベントも企画。
戸田さん、若色さん、池ノ谷さんらが連携して再生。
戸田さん、若色さん、池ノ谷さんらが連携して再生。
本を自由に手に取れる空間は、街の人たちが立ち寄る場。
本を自由に手に取れる空間は、街の人たちが立ち寄る場。
教会のような三角屋根と枠を外すと引き戸で開けられる窓が見ものの2階には、古い雛(ひな)人形も飾られている。
教会のような三角屋根と枠を外すと引き戸で開けられる窓が見ものの2階には、古い雛(ひな)人形も飾られている。

建築年不詳ながら、昭和初期築(大正6年説もあり)推定のこうじ屋・味噌屋を営んだ都築家の蔵。砂利洗い出し仕上げの外壁に対し、内壁は板張りで、天井を漆喰で仕上げた鉄筋コンクリート造が珍しい。『絵本のあるへやwatage』による書棚が1階の壁を彩り、レコード鑑賞会、映画鑑賞会などが催され、曜日ごとにカフェ、つるし雛作りのワークショップなどが出店。

10:30~17:00(日により変動あり)、不定休。

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『はかり屋』がにぎわう様子を目の当たりにした旧家の中には、代替わりを機に、保存・活用を視野に入れ始めた人もいると聞く。5年後、10年後の越ヶ谷宿は立ち寄れる蔵と屋敷がさらに増えて、名スポットになっているかもしれない。

取材・文=林さゆり 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2026年3月号より