レストランの目玉は、自社農場で大切に育てた小江戸黒豚
町家形式の建物が軒を連ね、そのシルエットがくっきりと青空に映える。味わい深い景色に心を奪われているうち、気づけばあちこち歩き回っていた。時の鐘入口交差点を越え、さらにもう少し北上した辺りで、瓦屋根に並んだ豚のモチーフが目に入った。視線を下げると、「小江戸黒豚」と書かれた日除け暖簾(のれん)も見える。
その店の名前は『Mio Casalo(ミオ・カザロ) 川越 蔵のまち店』。「Mio Casalo」とは「私の農家」という意味で、川越の郊外にある「大野農場」が営むレストランだ。1992年、大野農場の2代目がイギリスから肉質のいい黒豚を仕入れたことが、小江戸黒豚のはじまり。よりきめ細かい肉の遺伝子を持つ個体だけを選び、それをかけ合わせて繁殖させるそうで、餌にはミルクを浸したパンや、市の特産品であるサツマイモを混ぜるなどして手間ひまかけて育てているという。
軒先をのぞくと、そこにはなんとも食欲をそそる光景が。網にのせられているのは、長〜いソーセージである。
「農場に隣接した本店には工房があって、小江戸黒豚を使ってハムやソーセージなどの加工品も作っています」
それを聞き、期待が大きく膨らむ。皮がこんがり焼けるにつれ、脂の甘い香りがほのかに漂ってくる。
店の奥にはレストランがあり、ハムやソーセージを盛り合わせたプレート、ハンバーグが人気なのだとか。気軽に味わえるテイクアウトメニューもあるし、小江戸黒豚の魅力を知るにはこのうえなくもってこいの場所だ。
気軽に、存分に小江戸黒豚の魅力を味わえる黒豚ドッグ
「長〜いソーセージをパンで挟んだ黒豚ドッグもテイクアウトできます」
聞けば、ソーセージは副材料にもこだわり、ドイツの岩塩や香辛料を使用しているそう。なおかつ合成保存料や着色料、増量剤などは一切入っていないため、小江戸黒豚特有の旨味や脂の甘み、香りが存分に生かされているというのだ。
「では、ぜひそれをお願いします!」そう言わずにはいられない。
注文を受けたスタッフが人数分を網にのせ、トングで転がしながら表面に焼き目をつけていく。徐々にいい色に変わっていくのを見ていたら、なんだかソワソワしてきた。
網の上で焼かれること数分、じんわり脂が浮いてきたら中まで火が通った証拠。ここまで来たら完成まであと少しだ。
待ちきれない気持ちを抱えながら、店内をぶらり。ソーセージをはじめ、さまざまな加工品が並んでいて、どれも小江戸黒豚を使ったオリジナル商品だ。本場ドイツと同じ製法でじっくり熟成させ、旨味を引き出す工夫をしているという。それにしてもこれだけ多くのバリエーションを生み出せるということは、小江戸黒豚というのは随分ポテンシャルが高いらしい。
「お待たせいたしました」と呼ばれ、待ってました!と言わんばかりの勢いで黒豚ドッグを受け取る。長〜いソーセージがパンからはみ出し、見た目の迫力も満点。表面ににじみ出た肉汁がつやっと光り、たまらずあむっとかぶりつく。プレッツェル生地のドイツパンのむぎゅっとした食感と、ソーセージの皮がパリッと弾ける感覚が口の中で交互に訪れ、たちまちヤミツキに。
さらに食べ進めていくと、小麦の旨味に支えられた小江戸黒豚の旨味、甘みが力強く広がり、澄んだ脂の甘い香りが鼻腔を満たす。まるで全身がふわっと包み込まれたような気がして、うっとり。
楽しみ方いろいろ。さまざまな可能性を秘めた小江戸黒豚
受け取るやいなや思わずかぶりついてしまったが、テイクアウトして、近くの広場で町並みを眺めながら食べるのもいい。もちろん、店内のベンチで食べてもOKだ。COEDOビール「伽羅」を一緒に頼めば、黒豚ドッグとの相性のよさも味わえる。香りとコク、苦味のバランスがよく、後味をキリッとまとめてくれるはず。
ちなみに、農場に隣接した本店でもテイクアウトはできるが、メニューの構成が違うので黒豚ドッグはここだけ。場所的にもふらっと立ち寄りやすく、よりカジュアルに小江戸黒豚を楽しめるのがありがたい。なお、本店ではバーベキューを楽しめ、自社農園で採れた野菜も付くとか。他には、コース料理も用意する『小江戸黒豚鉄板懐石オオノ』が系列店にある。
1960年頃から養豚を始め、代々豚と向き合ってきた大野農場が、研究に研究を重ねて生み出した小江戸黒豚。今や市内のさまざまな飲食店でも使われていて、それぞれの店の名物を生んでいる。いわば川越の人気グルメのルーツを感じられるのがここ。噛み締めるとその深い味わいと共に、歩んできた道のりまで感じられるようだ。
取材・文・撮影=信藤舞子





