この場所に「懐古」という言葉は似合わない

オールドビーンズを使ったニレ・ブレンド600円、チーズケーキ・レア450円(セットで950円)。
オールドビーンズを使ったニレ・ブレンド600円、チーズケーキ・レア450円(セットで950円)。

1980年。この店が、下北沢の街に生まれた年だ。数々の喫茶店を巡ってネルドリップに魅せられた松崎寛さんは、神保町で当時開店したばかりだった『トロワバグ』での修業を経て独立。開店にあたり内装のデザインから施工まで請け負ったのが、地元・熊谷の材木店であり小学校の同級生だった。

「みんなで集まって、ああでもないこうでもないと考えました」と松崎さん。若手の職人たちと議論したり、参考にした原宿『アンセーニュダングル』(松樹新平設計)を一緒に見に行ったりしながら作り上げたのがこの空間だ。

壁掛け時計、秋田木工の椅子など、店内はどこを眺めても飽きない。
壁掛け時計、秋田木工の椅子など、店内はどこを眺めても飽きない。

「アールヌーヴォーよりもアールデコの方が好きで」と話すように、壁や装飾はほとんどが直線で構成されている。武骨でシンプルながら、きれいに使い込まれた調度品には人の気配もしてどこかあたたかみも感じられる。天井を見上げれば太い梁(はり)、カウンターは松の一枚板で、壁や棚に使われている木も合板ではないというから、さすがは材木店の仕事。開業以来大きな改装もせず、ほとんど当時のままだという。

カウンターの一枚板は幅6m15㎝もある。
カウンターの一枚板は幅6m15㎝もある。

いつかの空気がそのまま閉じ込められているように感じるのは、駆け出しの店主と職人たちの熱が壁や床に染み込んでいるからだろうか。この場所に「懐古」という言葉は似合わない。思い出したり懐かしんだりするのではなく、あの頃の空間にしばしお邪魔させてもらえる部屋なのだ。

店名は「3つの部屋」という意味。
店名は「3つの部屋」という意味。
住所:東京都世田谷区代沢5-36-14 湯浅ビル2F/営業時間:9:30~20:00/定休日:無/アクセス:小田急電鉄小田急線・京王電鉄井の頭線下北沢駅から徒歩3分

取材・文=中村こより 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2025年1月号より

喫茶店が好きなら、神保町交差点のそばに店を構える『トロワバグ』を知らない人はいないだろう。1976年創業の老舗であり、神保町の喫茶店といえば必ず名前の挙がる名店。その2号店『トロワバグ ヴェール』が、2024年6月にオープンした。本店の遺伝子がしっかりと感じられるとともに、一味違う装いで新たなチャレンジも光る店にお邪魔した。
松重豊氏が監督・脚本を務める『劇映画 孤独のグルメ』。その主題歌を担ったのは、40年来の友人である甲本ヒロト氏だ。二人が出会った下北沢『珉亭(みんてい)』にて、出会いからタッグに至るまでを語っていただいた。
プレイヤー、リスナー、あらゆる音楽フォロワー憧れの的である下北沢『SHELTER(シェルター)』。全国的にも知名度が高く、小沢健二の楽曲の歌詞にも登場する。足を運んだことがない人も、その店名は耳にしたことがあるかもしれない。今回はこの歴史あるライブハウスの店長、義村智秋さんにお話をうかがい、店の重ねてきた30年以上の歴史を追体験し、今のライブハウスのスタンスについても考えていく。 ※TOP画像提供:『SHELTER』 ankライブ風景撮影:Akira“TERU”Sugihara