実際、私は「楽して儲けたい」と思っている。働きたくないという理由からパチンコの勝ち方を模索したりFXの攻略本を読み込んだこともある。週刊誌に「稼げる・得する方法完全ガイド」なる特集が組まれていれば買ってしまう。それが結果に結びつくかというと全くそんなことはないのだが。

でも私だって、いつも楽をすることばかり考えて生きてきたわけではない。仕事に対する真面目な姿勢を評価され、献身的に頑張ろうと誓ったこともあるのだ。

一時期、コンビニで無料配布されるバイト情報誌を毎週のように読み込んでいた私は、新聞の電話営業の求人を見つけた。椅子に座って電話するだけで時給1500円だという。内容も給与も過去やってきたどのバイトより好条件である。営業の経験など一切なかったが、もしかしたら意外な素質が開花するかもしれない。

西武新宿駅の裏、小滝橋通りから少し路地へ入ったところにその営業所はあった。履歴書を渡して軽い面接をすると、あっけないほど簡単に採用が決まった。

なるほど時給1500円だ

初出勤の日、机と椅子があるだけの狭い部屋で、3人のバイトが引っ切りなしに電話を掛けていた。その横で改めて説明を受ける。一週間契約が取れなかった場合はクビになるが、給料は働いた分もちゃんと支払われるとのこと。

トークスクリプトを小一時間ほど声に出して読み上げたら早速、営業開始だ。不安と同時に、ワクワクする気持ちがあった。上司の話では、一日一件契約が取れたら優秀とのこと。もし最初の電話でいきなり取ったら、きっと異例の新人の登場にみんな驚愕するだろう。そんなことを考えつつ、電話に出た中年と思しき男性に練習した内容を話し出した途端、一方的に電話を切られた。ある程度予想はしていたが、慣れない拒絶反応にショックを受けた。気を取り直してかけ続けたが、まず半数近くは電話に出ない。出たとしても何も言わず切られるか、取り付く島もないイライラした反応を返されるかのどちらかだった。

そのまま、成果なく一日目は終わった。外に出ると、疲れがドッと押し寄せる。これは確かに時給1500円だ。徒労感も大きい。

次の日も、その次の日も大体同じだった。電話に出てすぐの声や態度で「これはもう無理だろう」と思うのだが、会話の内容は常に上司にチェックされている。相手がはっきりと拒絶の意思を示すまで、こちらから電話を切ってはいけないのだ。電話に出た当初は比較的優しかった相手も、断りの意志を受け流されるうちに段々イラつき始め、最終的には怒りに震えながら電話を切ることになる。

そもそも新聞を取りたい人は、自分で電話をかけて勝手に契約するのではないか。望んでいない相手に押し売りのように契約を結ばせる方法は間違っているのではないか。徐々に仕事に対する疑問が生まれたが、あえて考えないことにした。私の甘ったれた問題意識など何の説得力もない。

そんな私は上司の目に真面目な男と映ったようだ。ボンクラな雰囲気の割に頑張っているというギャップも良かったかもしれない。ある時、上司に「これ、俺が営業で記録作った時に巻いてたやつ」と一本のネクタイを託された。「これ巻いて電話かけたら絶対に契約取れるから!」とニッコリ親指を立てている。もう少し頑張ってみようと思った。

私のなかの美しい宝石

その後数日間、幸運のネクタイを巻いて電話をかけ続けた。しかし最後まで契約は取れず7日間の試用期間は終わり、あえなくクビという結果に終わった。「これでもう電話をかけなくて済む」が正直な心境だった。そんな私の内心も知らず、上司は「頑張ってくれてたからもっと続けさせてあげたかったんだけど、ごめんな」と気遣ってくれる。申し訳なかった。

帰り際、上司は名案を思いついたように言った。「君、パソコンは得意じゃないの?」不得意であることを伝えると「そうか、吉田くんは頑張ってくれるから、何か他の形でも働いてほしかったんだけどな」と思ってもみないことを言ってくれる。「できるようになったらいつでもおいでよ!」と笑顔で別れた後、新宿駅へ向かう道で込み上げるものがあった。生来、気の利かない私は、どのバイト先でもお荷物として扱われてきた。仕事に対する姿勢を評価してもらえることがこんなにうれしいものとは知らなかった。その時、どんな仕事にしろ、人に喜んでもらえるように一生懸命頑張って生きようと本気で思ったのだ。

あの日の情熱はいつの間にか遠い過去のものとなった。確かに楽して儲けたい。だがそんな私の心の奥底に美しい宝石が静かに眠っている。あの占い師にもそのことだけはわかっておいてほしい。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年9月号より