古い飲み屋が多く残る、板橋の街
板橋駅西口の前を歩いているとすぐに見つかる、真っ赤な看板が目印。
この顔。絶対にうまい中華料理を出してくれるであろう信頼感に溢れている。
もうわかる。この店、間違いない! と。
またここ、立地が少し変わっていて、スナックや居酒屋が数店舗入る、ちょっと怪しい雰囲気の「ビル内横丁」の中にある。
この、ちょっとした隠れ家感がまた、ひねくれた酒飲みである自分にとってたまらない。
店に入ると、まずはどーんと厨房がある。
縦長の店内にカウンター席、テーブル席、さらには小上がりの座敷席があり、それぞれに居心地が良い。
まずは餃子とホッピーから
『平家』の真髄を味わうなら、できれば複数人で訪れたいのだが、今日はひとりなので、厨房前のカウンター席へ。ここのメニューはとにかく種類豊富で、例えばふと目の前を見ると、いきなり中華料理じゃないこんな一品が誘惑してくる。
さて、今日は何を飲もうか。まずは餃子とホッピーかな。
見るからに香ばしく焼きあがった餃子。皮は薄めなのにモチモチとして、中からジューシーな肉と野菜。最大の特徴はたっぷりのニラで、その強い風味がたまらなく酒に合う。
この店を始めたのは、いまだ厨房で腕をふるう先代のご主人。子どもの頃には東京に引っ越していたそうだが、自らのルーツへの想いから、メニューの中にはちらほらと沖縄料理が混ざる。
甘酸っぱい酢味噌とゴーヤの苦味。そこに、柚子の爽やかな香りが加わり、これまたものすごい勢いで酒が進んでしまう。
超豪快な肉野菜炒めが登場!
現在店を取り仕切る2代目、仲宗根玄義(なかそねひろよし)さんは、常連からは「お兄ちゃん」の相性で親しまれている。その由来は、仲宗根さんが胸につけているプレート。
先代夫婦の胸には「お父ちゃん」「お母ちゃん」。そして2代目店主、仲宗根さんは「お兄ちゃん」、さらにその息子さんの胸には「りょうちゃん」。仲宗根さんは「継ぐか継がないかは本人が決めればいいことだけどね」と笑うも、立派に店を手伝っている大学生だ。この家族経営ならではの温かさが、僕が初めて入ってみてすぐにとりこになってしまった理由かもしれない。
さて、そんな「お兄ちゃん」が運んできてくれたのが、追加で頼んでおいた『平家』の名物メニューのひとつであり、本日のメイン。
何を頼んでもボリューミーな店だけど、写真で伝えきれないのが悔しいばかりの迫力だ。
この野菜炒めを、一心不乱にかっこむ。
バクバク! シャキシャキ! 合間にホッピーをごくごく! 絶妙な塩気と香ばしいゴマ油の香り。キャベツ、モヤシ、玉ネギ、ニンジン、ニラ、キクラゲ……たっぷりの野菜を摂取することで、体が喜んでいるのがわかる。大ボリュームゆえ、その喜びは一口ごとに増してゆき、やがては無我の境地に。この瞑想にも近い多幸感こそ、『平家』の真骨頂かもしれない。
さて、これだけ食べればお腹ははちきれんばかり。最高の満足感とともに、今日は店をあとにすることにしよう。
さっき仕込み中の写真を載せたチャーシューも僕の大好物なんだけど、あれを味わうのはまたこんど……。なんて、楽しみが次回へと続いていくのが、名店の何よりの証拠だろう。
こってりと濃厚でとろけるチャーシューが大皿にこれでもかと乗るチャーシュー。野菜炒めと同様、これまたがっつりと対峙するべき一皿だ。
これぞ板橋の味「牛乳割り」
ところで板橋界隈には焼酎を牛乳で割った「牛乳割り」の文化があり、その起源は、西巣鴨の『高木』という老舗のもつ焼き屋で出されていたことだという。残念ながら『高木』はすでに閉店してしまったが、そこから徐々に広まっていった牛乳割りを飲める店は、現在もいくつかあって、中でも古いのが『平家』というわけだ。
『平家』ではちょっとひねって「農協サワー」と呼ばれている。
実は僕、牛乳がそんなに得意ではないんだけど、焼酎で割ると不思議と飲めてしまう。牛乳の癖は焼酎に、焼酎のお酒感は牛乳に、それぞれ打ち消され、驚くほどすいすいと飲めてしまう危険な酒でもあるんだけど、板橋に来たならば一度は味わってみてほしいご当地の味だ。
店主からのメッセージ
「うちは昔ながらの小さな中華屋です。今はチェーン店のほうが安心して入れるから好きだって人も多いんだろうし、それもよくわかる。だけど、もしも、うちみたいな店に興味を持ってくれたなら、まずは一回、勇気をだして入ってみてください。
味も、量も、雰囲気も、好みは人それぞれだから、100人中100人に合わせようと思ってやってない。100人のうちひとりかふたりが『この店、好きだな』って思ってくれたら、その人がまた知り合いを連れてきてくれる。そうやって、その店ならではの空気が作られているのが、個人店の良さ、おもしろさなのかな、なんて思いますね。」(ご主人)
ご主人、どうもありがとうございました!
取材・文・撮影=パリッコ