古い飲み屋が多く残る、板橋の街

先代店主の似顔絵が目を引く
先代店主の似顔絵が目を引く

板橋駅西口の前を歩いているとすぐに見つかる、真っ赤な看板が目印。

この顔。絶対にうまい中華料理を出してくれるであろう信頼感に溢れている。
もうわかる。この店、間違いない! と。

メニューもまた、酒飲み心をくすぐるラインナップ
メニューもまた、酒飲み心をくすぐるラインナップ

またここ、立地が少し変わっていて、スナックや居酒屋が数店舗入る、ちょっと怪しい雰囲気の「ビル内横丁」の中にある。

こんな通路を抜けていくと……
こんな通路を抜けていくと……
『平家』に到着
『平家』に到着

この、ちょっとした隠れ家感がまた、ひねくれた酒飲みである自分にとってたまらない。
店に入ると、まずはどーんと厨房がある。

厨房の中には先代夫婦
厨房の中には先代夫婦

縦長の店内にカウンター席、テーブル席、さらには小上がりの座敷席があり、それぞれに居心地が良い。

大人数ならテーブル席
大人数ならテーブル席
4人までならこの小上がりが最高
4人までならこの小上がりが最高

まずは餃子とホッピーから

『平家』の真髄を味わうなら、できれば複数人で訪れたいのだが、今日はひとりなので、厨房前のカウンター席へ。ここのメニューはとにかく種類豊富で、例えばふと目の前を見ると、いきなり中華料理じゃないこんな一品が誘惑してくる。

サバの煮付けかな。
サバの煮付けかな。
仕込み段階のチャーシューが、もう旨そう
仕込み段階のチャーシューが、もう旨そう

さて、今日は何を飲もうか。まずは餃子とホッピーかな。

ホッピーセット450円
ホッピーセット450円
焼きギョーザ400円
焼きギョーザ400円

見るからに香ばしく焼きあがった餃子。皮は薄めなのにモチモチとして、中からジューシーな肉と野菜。最大の特徴はたっぷりのニラで、その強い風味がたまらなく酒に合う。

この店を始めたのは、いまだ厨房で腕をふるう先代のご主人。子どもの頃には東京に引っ越していたそうだが、自らのルーツへの想いから、メニューの中にはちらほらと沖縄料理が混ざる。

ゴーヤの酢味噌和え570円
ゴーヤの酢味噌和え570円

甘酸っぱい酢味噌とゴーヤの苦味。そこに、柚子の爽やかな香りが加わり、これまたものすごい勢いで酒が進んでしまう。

超豪快な肉野菜炒めが登場!

現在店を取り仕切る2代目、仲宗根玄義(なかそねひろよし)さんは、常連からは「お兄ちゃん」の相性で親しまれている。その由来は、仲宗根さんが胸につけているプレート。

胸には「お兄ちゃん」のプレートが
胸には「お兄ちゃん」のプレートが

先代夫婦の胸には「お父ちゃん」「お母ちゃん」。そして2代目店主、仲宗根さんは「お兄ちゃん」、さらにその息子さんの胸には「りょうちゃん」。仲宗根さんは「継ぐか継がないかは本人が決めればいいことだけどね」と笑うも、立派に店を手伝っている大学生だ。この家族経営ならではの温かさが、僕が初めて入ってみてすぐにとりこになってしまった理由かもしれない。

さて、そんな「お兄ちゃん」が運んできてくれたのが、追加で頼んでおいた『平家』の名物メニューのひとつであり、本日のメイン。

肉野菜炒め780円
肉野菜炒め780円

何を頼んでもボリューミーな店だけど、写真で伝えきれないのが悔しいばかりの迫力だ。

中にはゴロゴロと豚肉
中にはゴロゴロと豚肉
これぞ正しき町中華の風景
これぞ正しき町中華の風景

この野菜炒めを、一心不乱にかっこむ。
バクバク!  シャキシャキ!   合間にホッピーをごくごく!  絶妙な塩気と香ばしいゴマ油の香り。キャベツ、モヤシ、玉ネギ、ニンジン、ニラ、キクラゲ……たっぷりの野菜を摂取することで、体が喜んでいるのがわかる。大ボリュームゆえ、その喜びは一口ごとに増してゆき、やがては無我の境地に。この瞑想にも近い多幸感こそ、『平家』の真骨頂かもしれない。

さて、これだけ食べればお腹ははちきれんばかり。最高の満足感とともに、今日は店をあとにすることにしよう。
さっき仕込み中の写真を載せたチャーシューも僕の大好物なんだけど、あれを味わうのはまたこんど……。なんて、楽しみが次回へと続いていくのが、名店の何よりの証拠だろう。

チャーシュー700円
チャーシュー700円

こってりと濃厚でとろけるチャーシューが大皿にこれでもかと乗るチャーシュー。野菜炒めと同様、これまたがっつりと対峙するべき一皿だ。

これぞ板橋の味「牛乳割り」

ところで板橋界隈には焼酎を牛乳で割った「牛乳割り」の文化があり、その起源は、西巣鴨の『高木』という老舗のもつ焼き屋で出されていたことだという。残念ながら『高木』はすでに閉店してしまったが、そこから徐々に広まっていった牛乳割りを飲める店は、現在もいくつかあって、中でも古いのが『平家』というわけだ。
『平家』ではちょっとひねって「農協サワー」と呼ばれている。

農協サワー450円と、青汁農協サワー450円
農協サワー450円と、青汁農協サワー450円

実は僕、牛乳がそんなに得意ではないんだけど、焼酎で割ると不思議と飲めてしまう。牛乳の癖は焼酎に、焼酎のお酒感は牛乳に、それぞれ打ち消され、驚くほどすいすいと飲めてしまう危険な酒でもあるんだけど、板橋に来たならば一度は味わってみてほしいご当地の味だ。

店主からのメッセージ

「うちは昔ながらの小さな中華屋です。今はチェーン店のほうが安心して入れるから好きだって人も多いんだろうし、それもよくわかる。だけど、もしも、うちみたいな店に興味を持ってくれたなら、まずは一回、勇気をだして入ってみてください。
味も、量も、雰囲気も、好みは人それぞれだから、100人中100人に合わせようと思ってやってない。100人のうちひとりかふたりが『この店、好きだな』って思ってくれたら、その人がまた知り合いを連れてきてくれる。そうやって、その店ならではの空気が作られているのが、個人店の良さ、おもしろさなのかな、なんて思いますね。」(ご主人)

ご主人、どうもありがとうございました!

取材・文・撮影=パリッコ

『平家』店舗詳細

住所:東京都板橋区板橋1-16-5 角一ビル1F/営業時間:17:30~24:30(日・祝は17:30~22:30)/定休日:不定/アクセス:JR埼京線板橋駅から徒歩1分
長い歴史のある酒場文化。創業から時を重ねれば重ねるほど、店に威厳や風格が出てしまうことは必然のこと。いわゆる老舗、名酒場と呼ばれる店に敷居の高さを感じ、躊躇してしまう方は、意外と多いのではないだろうか?そこで、各地の名店と呼ばれる酒場を訪問し、大将や女将さんに、その店や酒場を楽しむコツを聞いていくこの連載。第3回は『どん底』にお邪魔した。興味はあるけど、今一歩勇気が出ない……。そんな酒場初心者や若者世代に送ります。
東京を代表するターミナル駅である池袋から、西武池袋線で50分弱。最近は北欧をイメージした商業施設『メッツァビレッジ』や『ムーミンバレーパーク』が誕生したことで話題を集める飯能は、沿線に生まれ育った自分としては、たまにキャンプや川遊びをしにいく自然豊かな街というイメージが大きい。なので、ずいぶん年を重ねるまで、そこで酒を飲むという感覚はほとんどなかった。それでも好きな街なので訪れる機会は割とある。するとやはり、少しずつ味わい深い酒場が「見える」ようになってくるのだった。飯能駅の北口を出ると目の前にその店はある。
この店を知るまで、僕はあまり渋谷が好きではなかった。飲める年齢になってからずーっと酒好きで、居心地のいい飲み屋がある街こそが自分の居場所のように感じていた。だから、常に若者文化の最先端であるような、そしてそれを求めてアッパーなティーンたちが集まってくるようなイメージの渋谷という街に、自分の居場所はないと思いこんでいた。