『おらく』の外観。飯能駅を出てすぐの行きやすさ。

どうだろうか、この渋~い佇まい。こんなにも中の様子がどうなっているか気になる、味わい深い酒場が駅前にあるのに、長年その前を素通りしてきたことが、今となっては不思議なほど。
そして実際に入ってみた『おらく』は、それはそれは圧倒的な名店なのだった。

寿司屋時代の名残を残すちょっと不思議な店内

年季の入ったのれんをそっとくぐり、店内に足を踏み入れると、左側にカウンター席と厨房がある。

ご主人、坂野誠一さん

祭り好きで、仕事前にねじりはちまきをキュッと締めると気合が入るという坂野さん。こんなにも酒場のカウンター内にいて絵になる人はなかなかいないんじゃないだろうか? 客としても思わず背筋が伸びる。
次に反対の右側を見ると、これがおもしろい。

寿司屋風のL字カウンター。

取材日が年末だったというだけで、無論、クリスマスツリーは1年中あるわけではない。

それよりもこの不思議なカウンターだ。おらくの創業は、昭和20年頃。坂野さんの祖母が始めた一杯飲み屋で、当初は料理も焼鳥とお新香があるくらいだったという。
昭和45年、その店を先代のご主人が引き継いだ。先代は、銀座の名門寿司屋で修行を積んだ人で、その腕をふるえるよう、寿司も出せる仕様に改装したというわけだ。もう寿司は出していないが、その名残を随所に感じさせる店内が、なんとも楽しい。
ちなみに現在は、会社を辞めてこの店を継いで10年以上というご主人と奥様の夫婦経営。常連のリクエストに応えているうちにどんどん増えていった幅広い料理や酒も楽しめる店となっている。

寿司メニューの木札が残っていたり

店内を奥に進めば、居心地の良さそうな座敷席もある。

ここでの宴会も良さそうだ
ふたりがけの小上がりもたまらない

さらに2階席もある。

階段を上ると……
思いっきりリラックスできそうな個室がふたつ

こういう、店内が入り組んでいてパッと全容がつかめないような店、どうもやたらとワクワクしてしまうんだよな。

「飯能には、夏と秋で年に2回、『飯能まつり』という祭りがあるんです。夏は「底抜け屋台」という小さめの山車で、秋には大きな山車が出る。名前の通り底板のない底抜け屋台は、飯能と秋田の男鹿半島にしかないという珍しい山車です。年に2回となれば、もう1年中お祭りのことを考えているような感じですよね(笑)。祭りの1日目の夜は、仲間たちが決まってうちの店で宴会をやってくれるんですよ。昼間はもちろん、お祭りで太鼓叩いたり笛を吹いたりするでしょ。で、祭りが終わって、それぞれの拠点に帰りますよね。普通はそこでみんなでご飯を食べるんですけど、保存会の仲間たちはあまりは食べないでここに来てくれるんです。だから、かみさんと一緒に、フル稼働で全員ぶんの宴会料理を作るわけです。それを全部出し終わったら、やっと宴会に参加できる。もう、忙しい忙しい(笑)」(ご主人)

想像するだけでもハードな1日だけど、そんな苦労を心底楽しそうに語るご主人の顔を見れば、それが生きがいのひとつであることは明確だ。『おらく』の2階で開かれる祭りの夜の宴。きっと、参加者全員にとって特別な時間なんだろうな。

地元の名酒、天覧山とお通しの「肉豆腐」から

さてさて、今日も飲みはじめよう。

おらくのカウンターにはどうしても日本酒が似合う気がする。そして、飯能といえば地元『五十嵐酒造』が作る地酒で、街にそびえ立つ山の名を冠した名酒、天覧山がある。それの冷やで始めることにしよう。

天覧山 本生940円とお通し

すっきりと飲みやすい素直な酒で、実際に背後に天覧山を抱いて飲んでいると思うとよけいに旨い。
お通しは、常連がなるべく飽きないようにと常に数種類用意され、この日は幸運なことに、大好物の肉豆腐にありつけた。ひき肉とたっぷりのショウガ、モヤシを甘辛く煮込んで絹豆腐に乗せるという珍しいスタイルで、言うまでもなく酒が進む。肉豆腐の世界、やっぱり深いな……。

焼鳥やオーソドックスな一品料理も各種揃うが、日替わりのホワイトボードはぜひチェックしたいところ。

魅力的な文字が並ぶ

現在、寿司は出していないといったが、先代からの伝統もあって鮮魚がうまい。よし、マグロとシメサバ、盛り合わせでお願いします!

包丁を握る姿がまた粋だ
鉢まぐろぶつ540円、昆布〆トロしめさば刺756円

写真を見てもらえればわかるとおり、おらくの料理はかなり盛りが良い。ご主人の「物足りないと言われるのが嫌だから」という性分から、何を頼んでも一人前とは言いがたい大ボリュームでやってくる。そのサービス精神が嬉しく、ついつい酒も進んでしまうというわけだ。
マグロもシメサバも申し分ない上質さで、口の中でとろりと溶ける脂を冷や酒で流すとたまらない。

もつ煮込み540円

完成までに丸2日かけるという煮込み。ふわりと柔らかいモツの優しさと具沢山な野菜の旨味が体に染み渡る。これまた、器からこぼれ落ちんばかりの大盛り。

ホッピーセット648円

ここらで酒をホッピーに切りかえる。ちなみにおかわりのナカは、ジョッキに焼酎たっぷりで216円。

レバー焼き702円

代々継ぎ足し続けられてきた焼鳥のタレで焼く、『おらく』の看板メニュー。その日の朝に締められたものを業者に届けてもらうという豚レバーは、臭みなどあるはずもなく新鮮そのもの。サクッ、プリッとした食感と、肉本来の甘みが、甘めのタレと相まってとろけだす、感動的な一品だ。そしてこれまた、1枚1枚が大ぶりにカットされたレバーが13枚も乗るという圧倒的ボリューム。
ひとりでこれだけ平らげれば大満腹。その真髄を味わうならば、複数人で訪れるのがいい店といえるかもしれない。
それにしても、ちょっとすごすぎるな、『おらく』……。

ご主人からのメッセージ

「昔ながらの酒場っていうのは、初めはやっぱり入りづらいもんですよね。うちもよく、『駅前にあるんでずっと気になってたんだけど、最初の一歩に度胸がいった』なんて言われるんですよ。でも、一度入ってしまえば、逆にしょっちゅう来てくれるようになる人も多い。大学生のアルバイトが4人いて、みんな明るいので、ぜひ気軽に一杯やりにきてみてください」

坂野さん、ごちそうさまでした!

取材・文・撮影=パリッコ

『おらく』店舗詳細

住所:埼玉県飯能市柳町23-9/営業時間:16:00~24:00(祝日は15:00~22:30)/定休日:日/アクセス:西武池袋線飯能駅から徒歩1分
派手な話題や最新の流行スポットなどはないけれど、まだまだ昭和の風情を感じるような景色がたくさん残っていて、どこかのんびりとした空気の流れる板橋の街。無論、古き良き酒場も豊富で、個人的に飲みに来ることも多い。そんな板橋の中でも、僕がとりわけ好きなのが『平家』。創業昭和47年の、昔ながらの中華屋なんだけど、営業開始は17:30からで、完全に“飲み仕様”な店だ。
北千住駅のある東京都足立区は、僕のような東京の西側出身者である酒飲みからすると、どうしても憧れを抱いてしまうエリアだ。煮込みの名店『大はし』があり、関西スタイルの串カツを東京にいち早く伝えた『天七』があり、クオリティの高い和食を立ち飲みで楽しめる“割烹くずし”の『徳多和良』があり、その他無数の名店と呼ばれる飲み屋がひしめく、いわば下町の聖地。中でも、西口駅前の飲み屋街にある『千住の永見』は、街を代表する名酒場といって間違いないだろう。
この店を知るまで、僕はあまり渋谷が好きではなかった。飲める年齢になってからずーっと酒好きで、居心地のいい飲み屋がある街こそが自分の居場所のように感じていた。だから、常に若者文化の最先端であるような、そしてそれを求めてアッパーなティーンたちが集まってくるようなイメージの渋谷という街に、自分の居場所はないと思いこんでいた。