老舗寿司屋の名残を感じる店でカジュアルにホットサンドを

『HOT SAND LAB mm』があるのは、130年の歴史をも持つ老舗寿司屋『蛇の市本店』が店を構えていた場所。『蛇の市本店』は2019年に120メートルほど離れた場所に移転し、築80年以上の3階建てのビルは、およそ2年後には取り壊されることになっている。つまり『HOT SAND LAB mm』は期間限定の店なのだ。

中央が店長でフードプロデューサーの庄籠(しょうごもり)あずきさん。若いスタッフばかりで日本橋に新しい空気を送り込んでいる。
中央が店長でフードプロデューサーの庄籠(しょうごもり)あずきさん。若いスタッフばかりで日本橋に新しい空気を送り込んでいる。

『HOT SAND LAB mm』を開いたのは、建築や空間デザインをコア事業とする若い会社だ。オーナー企業から声が掛かったことで、この古いビルに関わることになり、日本橋という土地柄を生かしつつ、若い世代を街に呼び込む方法を考えた。飲食店経営は未経験ながら、元寿司屋でパンを使った商品を食べさせるのもおもしろいのでは?と出来上がったのが『HOT SAND LAB mm』なのだ。

建物が取り壊されると決まっていることもあって、店内はかつて寿司屋として使われていた名残をあちこちに残している。カウンターはもちろん、その上の冷蔵ケース、調理スペース奥のタイルやカウンターの足元の壁など。初めて足を踏み入れた人にとっても、どこか懐かしさが感じられるのも魅力だ。

メニュー開発を担当しているのは、店長でフードプロデューサーの庄籠あずきさん。パティシエとしてキャリアをスタートしたあと、カフェなどで積んだ経験を生かして、意外性が詰まったコラボホットサンドを作り出している。

「素材を生かしたホットサンドになるように考えています。特にこの店では、素材をプロモーション、”推す”ことも、役割のひとつだからです」

老舗や地方メーカーとのコラボが日本橋らしいホットサンド

寿司屋の玉子サンドは880円。江戸前の甘い玉子焼きは、じゅわっと出汁が染み出す。『蛇の市本店』の職人による指導で、スタッフみんなが焼けるようになった。
寿司屋の玉子サンドは880円。江戸前の甘い玉子焼きは、じゅわっと出汁が染み出す。『蛇の市本店』の職人による指導で、スタッフみんなが焼けるようになった。

最初にコラボを行ったのは、元々このビルで営業していた『蛇の市本店』だ。江戸前の寿司屋らしい甘い卵焼きをホットサンドにした、その名も寿司屋の玉子サンド。最初は2カ月ほどの限定販売の予定だったため、徒歩2分の場所にある『蛇の市本店』に毎日スタッフが玉子焼きを取りに行っていた。そのホットサンドがあまりに好評だったことから、レギュラーメニュー化することになり、それならばと『蛇の市本店』の職人が『HOT SAND LAB mm』のメンバーに玉子焼きのレシピや焼き方を伝授。スタッフは何度も練習を繰り返した。庄籠さんは「卵を混ぜすぎないなどいろいろなポイントを教えてもらいました。長年やっている師匠には敵いませんが、かなり近いものができるようになったと思います」と話す。

日本橋の老舗とのコラボは、海苔の『山本海苔』、鰹節の『にんべん』、和菓子の『榮太樓總本鋪』などとも実施。庄籠さんが印象に残っているのは『山本海苔』とのコラボだ。それまで海苔はどれも同じように感じていた庄籠さんだが、老舗が作る海苔は味が違うことに感動。「中に入れるとしなしなになってしまうので、パリッとした食感をお客さんにも体験して欲しかった」と鶏そぼろなど和の具材を挟んだホットサンドの外側に海苔を巻いた。

「『にんべん』の担当者さんは、社内の若手から意見を聞いて、びっしりメモして持ってきてくれました」と日本橋の老舗陣も『HOT SAND LAB mm』のホットサンドに大いに期待している様子だ。

梅ボーイズのサバサンドは770円。サバの味噌煮の甘味とマヨネーズに、酸っぱい梅干しは隠し味。クラフトコーラのともコーラは550円。
梅ボーイズのサバサンドは770円。サバの味噌煮の甘味とマヨネーズに、酸っぱい梅干しは隠し味。クラフトコーラのともコーラは550円。

コラボ相手は日本橋の老舗に留まらない。梅ボーイズのサバサンドは地方の食品とコラボしたホットサンドとして人気だ。梅ボーイズとは、和歌山で5代続く梅農家が改めて自分たちで作る梅干しのメーカーだ。甘みのあるサバの味噌煮とチーズを入れて、梅と塩とシソだけで漬けた塩辛くて酸っぱい梅干しを隠し味のように使うことで、どこかさっぱりと食べられる。

梅ボーイズの梅干しは店内で販売されている。他にも地方の吟味した地方の食材を販売もしているので、気にいった素材はお土産にするのもいいだろう。

日本橋は新たなチャレンジを楽しむ器の広い街

日本橋室町という歴史ある町でホットサンドの店を開くにことになったとき、庄籠さんには自分たち新参者を街の人たちが受け入れてもらえるだろうかと不安な気持ちがあった。

「最初はどうにか仲良くならなければと気負っていました。でも、皆さんに会ってみたら、そんな必要はなかったことが分かりました。100年以上商売をしているような老舗の皆さんに『ホットサンドをやっています』と話してみると、『じゃあ、うちと一緒にやろう』とすぐに言ってくださいました」と街の懐の深さに感心し、今ではすっかり日本橋という街のファンになったという。

カウンター奥にはホットサンドメーカーが2台。パンは京都の『進々堂』の食パンを使っている。
カウンター奥にはホットサンドメーカーが2台。パンは京都の『進々堂』の食パンを使っている。

『HOT SAND LAB mm』という店名は、長さの単位ミリメートル。建築の最小単位でもあり、人と人、老舗と新しいもの、そしてリアルとデジタルの融合という店の役割を表すよう名付けた。支払いはキャッシュレスで、テイクアウトしたいときにはオリジナルのアプリで事前注文も可能と、新しい体験もおいしさと一緒に提供している。

日本橋近辺では、若い世代が開いた店やデザインホテルなどが徐々に増えてきている。「最近出来たお店同士で、なにかイベントをやりたいねという話も出てきています」と庄籠さん。コロナ禍に生まれた期間限定店『HOT SAND LAB mm』がこれからどんなものを近づけていくのだろうか。期待を込めながら、コラボのホットサンドを頬張りたい。

住所:東京都中央区日本橋室町1-6-7 GROWND nihonbashi 1F/営業時間:11:00〜16:00 17:00〜19:00LO
※営業時間は変更の可能性あり/定休日:月/アクセス:地下鉄半蔵門線三越前町から徒歩3分

取材・撮影・文=野崎さおり