巨大公園を我が家の庭に!
京急大森海岸駅は品川区、JR大森駅は大田区に位置する。大森の街は2つの区にまたがっているのだが、どちらに住んでも、しながわ区民公園は絶好の憩いの場となるだろう。
大森海岸駅から徒歩7分。東京ドーム2.7個分の広大な敷地に、噴水の人工池、プールや釣り堀、豊富な遊具のある公園やキャンプ場など、実に盛りだくさんの施設がそろう。
なかでも目玉は『しながわ水族館』。イルカやアザラシのショー、間近で見ることのできるペンギンランド、地元の品川の海を再現したジオラマ水槽などでたっぷり楽しめる。
品川区在住・在勤・在学なら大人800円で入館可(各自要証明。HPにて確認を)。さんぽ感覚で、海の生き物に会いに行ける。
近隣には、公園を見下ろすように高層マンションがずらり。23階建ての「シティタワー品川パークフロント」が、ひときわ高くそびえる。
ここに住めば、区民公園を我が家の庭のように使えるはずだ。アスレチックで子どもと遊んだり、ジョギングやサイクリングで爽やかな朝を過ごしたり、はたまたマンション屋上から東京湾の夜景に見とれたり—— 充実のシーサイドライフを妄想すると、街歩きのテンションも上がる。
埋立地や工場跡が開発された大森海岸周辺は、大区画の商業施設やマンションが多い。駅前には総合スーパーに飲食店&専門店街を併設したイトーヨーカドー大森店。裏手には石川さんイチオシ、全565戸の「大森プロストシティレジデンス」がそびえる。
懐かしき大衆カルチャーにどっぷりつかる
大森海岸駅から直線距離で600mほどの大森駅周辺は、東西でまったく様相が変わる。ざっくり言えば、東の海岸側は大衆の繁華街、西の丘陵側は閑静な住宅街だ。
「以前は男性のお客様が多かったですね」と、東口徒歩3分『珈琲亭ルアン』の店主・宮沢孝昌さん。
海岸側は京浜工業地帯の一角として、企業の大規模な工場が今より多かった。大井競馬場や平和島競艇の客が往来するなど、長らく大人の男性の街だったのだ(東京有数と言われる花街もあった)。
今でも古くからの大衆酒場など、往時を感じさせるスポットが点在し、『ルアン』もそのひとつだ。アンティーク調の調度類が「これでもか」と並べられた店内でくつろげば、どこか異世界の館に迷い込んだかのよう。
同時に、ファミリー向けのマンションや商業施設が多くなり、街は着実に変化している。同店も特に2018年に全面禁煙にしてからは、女性客が増えたという。
かつて大衆でにぎわった街はその面影を残しながら、より幅広い人に門戸を開いている。
また、東口駅前広場にほど近い『キネカ大森』も、懐かしい大衆カルチャーを味わえるスポットのひとつ。1983年にオープンした日本初のシネコンだ。
文士の気分で住宅街をそぞろ歩く
JR大森駅の西、丘陵側の山王エリアには、明治から多くの文人や芸術家が住み着いた。特に、関東大震災で都心が壊滅的な被害を受けると、その動きに拍車がかかった。
彼らは活発に交流し、いつしか一帯は「馬込文士村」と呼ばれるように。住人には、川端康成、谷崎潤一郎、北原白秋、室生犀星、萩原朔太郎など、そうそうたるメンバーが名を連ねる。
今では、同じ大田区の田園調布と並ぶ、都内屈指の高級住宅街が広がる。地形に沿ってつくられたであろう、急な坂道や入り組んだ小道を歩いていると、タイムスリップしたような感覚にとらわれる。
近代的なマンションも文士村の趣を壊さない。文士になったつもりで“住んでいる気分で歩く”醍醐味を味わおう。
「『プラウド山王』は、由緒ある屋敷跡地に、その趣を継承しつつ、今の時代にふさわしい邸宅を目指して建てられました」と石川さん。
「大森山王館八景園」は、坂の上にかつてあった「八景園」という遊園地・料亭からその名称をとった。今はビルに遮られてしまっているが、かつての山王は、海岸から遠く房総まで見渡せる景勝地だった。
高台の山王エリアを望むように建つ「パークタワー山王」なら、かつての山王と同じく、いやそれ以上の眺めを楽しめるだろう。
現実にはなかなか手は出せないが、妄想の中だけでもタワーマンションの住人になってみる。だんだんと東京湾の絶景が、眼下に広がってくるような……。
読んでから飲むか、飲んでから読むか
丘陵側には海岸側のような繁華街はない。小さな専門店が並ぶ昔ながらの商店街が、高級住宅街の暮らしを支えてくれる。
「人の顔が見える商店街です」とは、大森山王ブルワリーの町田佳路さん。直営の『Hi-Time』にて瓶販売やドラフトビールの量り売りを行っている。
商店街の一角にWeb制作会社を立ち上げ、2021年でおよそ10年。「地元にかかわるビジネスがしたかった」と、大森発のクラフトビールづくりをはじめた。
オリジナルビール第1弾の「GEORGE(ジョージ)」「NAOMI(ナオミ)」は、大森が舞台となった谷崎潤一郎の「痴人の愛」の世界観を表現している。どちらも、小説の登場人物の名前だ。「GEORGE」は愛媛の伊予柑を使用し、甘酸っぱい恋心を表現したという。ビールと小説を合わせて味わえば、まさにこの大森で、自由奔放なナオミに翻弄されるジョージの姿が、より鮮明にイメージできるかもしれない。
『トーチ ドット ベーカリー』も、商店街で“顔が見える”名店のひとつだ。オーナーシェフの松本喜樹さんが生み出す多彩なパンを目当てに、取材中もご近所様らしき常連やファミリー客が絶えなかった。
中には1万円分近くを“爆買い”するマダムも。昭和の文士たちが生きていたら、小説やエッセーにたびたび登場する名物グルメとなったに違いない。
楽しみを発掘できる街
「この街に住んだらどんな暮らしが待っているだろう?」
考えながら歩くと、毎日触れて楽しいモノや体験を発見できる。
例えば、『トーチ ドッド ベーカリー』のパンは、食事やおやつだけでなく、“つまみ”としての魅力を開拓したい。松本さんが個人的にすすめてくれた「茎わかめとわさびマヨネーズのパン」など、ビールやワインに合いそうな総菜パンが実に多彩だ。
また、しながわ区民公園の見晴台は、お気に入りのテレワークスポットにしたい。実際に本稿を執筆してみたが、ローチェアに深く腰を下ろし、噴水を眺めながらの作業は実に気持ちがいい。
山あり、海あり、そして文化の香り豊かな大森エリア。多彩な街の表情を楽しみながら、旅するような暮らしが待っている。