担当編集のA氏とはじめての「オリーブの丘」へ
イタリアンレストラン「オリーブの丘」をご存じだろうか? 関東を中心に、全国に60店舗以上を展開するチェーンのファミレスだ。
7月某日、オリーブの丘に行く予定が入った。
以前、この連載で担当編集のA氏と「木曽路」というしゃぶしゃぶ屋さんに行く予定だったのだが、当日になってA氏が高熱を出したため、私が一人で行ってきた。そのことについて、A氏が「お詫びチェン飯をしたい」という。「お詫びチェン飯」というはじめて聞く言葉は、まるで既存の言葉かのようにナチュラルに使われていた。
メールで、A氏は何店かのチェーン店をピックアップしてきた。その中で、A氏が特に推していたのがオリーブの丘だった。営業時代によく行っていたらしい。よく行っていたお店に誘ってくるということはおいしいのだろう(まずいと思っている店に誘ってきたらびっくりする)。というわけで、オリーブの丘に行くことにした。
幸いにも、私の自宅から歩いて行ける場所に店舗があったので、そこの店舗に行くことになった。しかし、その店舗はどこの駅からも遠い。私はいいが、A氏はどうするのだろう。調べてみると、オリーブの丘は都内でも都心部には出店していないようだ。たしかに、新宿や渋谷で見かけた記憶はない。
当日は雨で、傘をさしてオリーブの丘へ向かう。あえてお昼時の12時をはずして13時に待ち合わせたのだが、私が到着すると、すでに入り口の椅子に何組かの人が座って待っていた。
ファミレスは受付の名簿のようなものに名前を書かせる店が多いが、ここは機械化されていて、受付の機械に「2名」と入力すると、受付番号とQRコードの書かれた紙が出てきた。今、私は4番目に待っている客らしい。
受付の機械の隣には案内の機械がある。その機械に番号が表示されて、QRを読み込ませると、あてがわれた席が表示される仕組みだ。
お会計を済ませて出てくるお客さんを見ていると、小学生連れが多い。あぁ、もう夏休みに入っているのか。
店内をそれとなく観察してみると、店自体は広いのだが、そのぶん一つひとつのテーブルも広々としていて、そこまで席数が多いわけではない。女子会や昼飲みが目的のお客さんは滞在時間が長いだろうから、回転の速いタイプの店ではないのだろう。やたら回転の速い店よりも、ゆったりできる店のほうが好き。女子会に適してそうだな~と思うが、こんな郊外に呼べる友達はいない。
そんなことを考えていると、ブルーのシャツを着たA氏がやってきた。A氏とは、この連載のひとつ前の連載からお世話になっているので、たぶんもう4年の付き合いだ。しかし、普段のやり取りはメールで完結するため、実際に会ったのは片手で数えるほど。人の顔を覚えるのが極度に苦手な私はいまだにA氏の顔を覚えておらず、待ち合わせ場所で長身痩躯の男性に声をかけられるたびに、「あぁ、こんな顔だった」と思い出す。
しばらく待っていると、案内の機械に我々の番号が表示された。QRを読み込ませると、店内の地図が表示され、25番の席が赤くなっている。そこへ行けということらしいが、方向音痴すぎてどこらへんに行けばいいのかわからない。A氏が連れて行ってくれた。
たっぷり注文して3000円ちょっと
注文はタッチパネル式だ。私はスマホから注文するタイプの店よりも、タッチパネルの店のほうが好き(画面が大きくて見やすいし、スマホのバッテリー消費しないから)。
「パスタとピザを一つずつ頼んでシェアして、あとはちょっとした一品料理を頼みましょう」
年上らしく、私が仕切ってみる。A氏は私より9歳も年下なのだ。私も本来は場を仕切るのが得意なほうではないが、A氏はかなり無口なので、私が仕切ったほうがいいと判断した。
「バジル食べられます?」
「はい」
「パスタはジェノベーゼでいいですか? 昨日からバジルの口で……」
「バジルの口なことあるんですね」
「そういうことないですか?」
A氏は「んー……?」と笑っていた。
「じゃあ、ピザはAさんが選んでください」というと、A氏はえびマヨガーリックのピッツァを選んだ。
「いいですねぇ……!」
私は普段から居酒屋などでも、同席者の注文が自分のツボだと感嘆してしまう。
「あのー、仕事なのは重々承知しているんですけど、ワインを飲んでもいいでしょうか? 飲んでもエッセイ書けるだけの記憶はあるので」
おそるおそる切り出すとOKをもらえたので、デキャンタワインの赤を頼む。するとA氏が
「僕も少しもらっていいですか?」
と言ったので驚く。
「私はぜんぜんOKですけど、Aさん、このあと帰社するのでは?」
「少しなら大丈夫です」
「Aさんがワイン飲んだこと、エッセイに書いても大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
さんたつ編集部はかなり風通しのいい環境らしい。
結局、ピッツァ・えびマヨガーリック、ジェノベーゼ、カクテルえびバジル、銚子産真いわしのマリネ、あさりの白ワイン蒸し、ハウスワイン(デキャンタ赤440ml)を注文。これだけ頼んでも3000円ちょっとだ。
料理はすべて、配膳ロボットが運んできた。そういえばこの店に着いてからまだ、人間の店員さんと接していない。
パスタとピザは、値段のわりにしっかりとボリュームがあった。私一人で来ていたら、パスタだけでお腹いっぱいになっただろう。ピザは食べきれないかもしれない。
ピザは少し甘辛いソースがかかっていて、マヨネーズのおいしさを引き立てている。ジェノベーゼもしっかりバジル感があって、フォークが進む。他の一品料理では、特にいわしのマリネがおいしかった。お酢ががっつり効いていて、夏バテしてるときはこれだけでワイン飲みたいくらい。
料理はどれもおいしいが、特にえびがプリプリしていておいしかった。こういうお店で使われているえびは業務用の冷凍のものだろうけれど、品質がいいのか、調理方法にこだわりがあるのか。
「Aさんって普段、自炊してるんですか?」
「いえ、ほとんど外食かコンビニですね。吉玉さんは?」
「毎日自炊です。お酒をおいしく飲むために、おいしいつまみを用意します」
「そうなんですね。自分は缶ビールだけあればいいやって感じで」
その言葉に、「若いなぁ」と感じる。私も、A氏くらいの年齢の頃は酒さえあればよかった。
変わったのは、離婚して一人暮らしに戻ってからだろうか。フリーライターという仕事は一日中誰にも会わず一人で執筆をする日があり、そんな日は仕事終わりのお酒しか楽しみがない。少しでもお酒をおいしく飲むために、料理にも凝るようになった。もともとライターになる前は山小屋で10年間働いていたので料理はできるし、手料理で自分を労わりでもしないと、一人の食卓が虚しくてたまらなかった。
春は、新キャベツをざく切りにして塩昆布とごま油で和えたものと飲みたい。初夏は、実家から送られてきた北海道産のアスパラを天ぷらにして、揚げたてをキッチンで立ったまま一口かじり、「熱っ!」と言いながらビールで流し込みたい。夏は刻んだ薬味(ねぎ、みょうが、大葉、生姜)をメインが見えなくなるほどぶっかけたかつおのたたきや、冷蔵庫でキンキンに冷やした夏野菜の煮びたしで飲みたい。秋はすだちをかけた秋刀魚で飲みたいし、冬はおでんで飲みたい。
日常の中に少しでも自分を喜ばせる要素を取り入れるとしたら、私の場合、それは酒に合う料理しかなかった。手料理で飲むのが日常になると、乾きもので飲むことができなくなる。なんだか、自分にもてなされていない気分になってしまうのだ。
そうしていると、加齢によって食べられる量はどんどん減っていくのに、反比例するように食いしん坊になってくる。食いしん坊になると、それが周囲にも伝わるらしい。周りの友達が「セブンイレブンの『たことブロッコリーのバジルサラダ』の完全再現に成功したんだけど……」などとおいしいものの情報を流してくれるようになり、胃袋がいくつあっても足りない。
4年の付き合いでも知らないことだらけ
食べながら、いろいろな話をした。
A氏は小説が好きだという。編集者だから本は好きだろうけれど、中には小説というジャンルを読まない人もいるだろうから、小説好きという共通点があって嬉しい。お互いに好きな作家の話などをした。
「小説って、切らしたとき手持ち無沙汰になりません? 次に読む本が控えてないと落ち着かないというか」
「わかります。僕も移動中に本を読むので、読み終えたら出先で本屋を探して、すぐ次のを買います」
お互いに中毒気味なところも似ている。A氏の小説好きは幼少期からで、たくさん本がある家庭で育ったため、自然と読書習慣が身に着いたのだという。それも私と同じだ。でも、「台風のときって館もののミステリが読みたくなりませんか?」と言ったら共感されなかった。台風が来るときはお菓子と館もののミステリを用意しておくといいのに……。
「出版社ってかなり狭き門らしいじゃないですか。就活、大変だったんじゃないですか?」
「大変でしたね。就活ではどの出版社も受からなくて、結局、別の職種で働いていたんです。そのあと、中途で今の会社に入りました」
知らなかった。てっきり新卒からいるのかと思っていた。
また、A氏は学生時代に小説を書いたこともあるという。時代小説を書き上げた経験があると聞き、感嘆した。私も小説を書いていたが(最近も書いたが)、たとえ短編だとしても、最後まで書き通すのはなかなか胆力のいることだ。仕事ではなく、誰からも頼まれていない作品だとしたらなおのこと。
A氏は普段、私の原稿にほとんど赤字を入れない。そのため、(失礼な言い方になるが)彼の編集者としての力量はよくわからないままだった。しかし、文学に愛を持っている人にエッセイを託していたことがわかり、なんだかとても嬉しくなった。
今回じっくり話してみる前から気付いてはいたが、私はA氏のことをほとんど知らない。
私は仕事で知り合った人に、プライベートな質問をしない。どこまで踏み込んでいいのかわからないから、それなら一歩も踏み込まないほうが無難だと考えてしまう。仕事関係の人どころか、地元の友人に対してもそうだ。中学からの付き合いなのに、一度も恋バナをしたことがない友人もいる(若い頃、彼女が恋バナを避けているのを察し、一切聞かないようにした結果だ)。
私は誰とでもにこやかに話せるが、人と距離を縮めるのは苦手だ。だから今回、オリーブの丘でA氏と距離を縮められたことは、私にとって嬉しい体験だった。
年下の人(それも異性)にプライベートな話を振るのは、ハラスメントだと思われてしまいそうで怖い。けれど、距離を縮めたい相手に対しては、少し勇気を出して踏み込んでみることも大切だと気づいた。
私の場合、それにはちょっとの赤ワインが必要なので、オリーブの丘は最適な場所かもしれない。
文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama)






