憧れの人と7年ぶりに会うことに

ライターでエッセイストの生湯葉シホさんのファンになったのは、私がまだライターになる前、北アルプスの山小屋で働いていた頃だ。

たまたまTwitterに流れてきたあるnoteを読んで、心を撃ち抜かれた。それは、一見無関係に思える複数のエピソードや本の引用がひとつの結論に収束していくエッセイで、文章力はもちろん、構成が素晴らしかった。「私もこんなエッセイを書けるようになりたい……!」と憧れ、Twitterとnoteをフォローした。

そのうち私は山小屋を辞め、ライターを目指しはじめた。

私は生湯葉さんが書いた記事をすべてチェックした。「編集プロダクション」なるものの存在も、彼女のnoteで知った。しかし私は当時すでに34歳で未経験者だったので、応募資格を満たしている編集プロダクションの求人は見つけられなかった。

生湯葉さんが連載していたとあるWebメディアの端っこに「ライター募集」の文字を見つけたときは、心の中でガッツポーズをした。しかし、応募要項には「すでに他媒体で執筆実績のある方限定」と書かれていた。つい最近まで山小屋スタッフだった私には執筆実績なんてなにもない。私は執筆実績を作るべく、クラウドソーシングでこたつ記事を書き、同時にnoteの毎日更新を始めた。

すると3カ月後、執筆実績がなくて諦めたあのメディアの編集者から、「エッセイを書きませんか」と連絡が来た。その人は生湯葉さんのエッセイも担当しているという。私は晴れて、憧れの人と同じ媒体にエッセイを書くことができた。その後、あるWebメディアのコンテストに入賞して週間連載をすることになり、本格的にライターの仲間入りを果たした。

その頃からだろうか、生湯葉さんが私を認知してくれたのは。私はSNSでも人見知りなので、私のほうからリプライをしたことはないのだが、なぜか生湯葉さんは私をフォローしてくれた。相互フォローになってからは、たまにTwitterでやり取りをするようになった。

そして、私が若い頃に吉祥寺のハモニカ横丁に入り浸っていた頃のことをエッセイに書いたら、生湯葉さんから「ハモニカ横丁に行ってみたいのですが、よかったら一緒に行きませんか」とお誘いをいただき、二人で飲みに行った。7年前のことだ。

一張羅の紺色のワンピースを着て吉祥寺駅のサーティーワンの前で待っていると、きれいな女性が近づいてきて「吉玉さんですか?」と声をかけられた。生湯葉さんは茶色いノースリーブのニットにしゃらしゃらした素材のパンツを合わせていて、その力の抜けた感じがいかにも東京の人っぽかった。9歳も年下なのに「あぁ、この人には追いつけないだろうな」と思う(とても恥ずかしい話だが、私はこのあと、生湯葉さんが着ていたのと似た服を購入した)。

ライターになるのも、憧れの人との邂逅も、あっという間に果たしてしまった。この頃の私はツイていたというか、妄想を現実に変える速度が異常だった。

しかしそのうちコロナ禍がやってきて、生湯葉さんと会う機会はなくなった。

その後、彼女は『音を立ててゆで卵を割れなかった』や『はじめてたこ焼きを食べた日のこと』など、素晴らしいエッセイ集を刊行した。私はファンとして発売と同時に購入し、夢中になって読んだ。当たり前だけれど、同じ景色を見たって、何を感じるかは人それぞれだ。どうしたって、私は生湯葉さんのようには感じることができない。それは最初からわかっていたから、嫉妬の気持ちは浮かばなかった。ただただ、「どうして世界をこのように捉えることができるんだろう」と感嘆する。

生湯葉さんは文芸誌などにも活躍の場を広げ、もうその背中を追えないほどに活躍されている。一方で私はどうだ。新規のエッセイの執筆依頼はもうとんと来なくなって、3冊目の本は企画が出るたびにポシャっている。もともとたいしてなかった才能も、もう出枯らしなのかもしれない。

そんなことを考えていたある日、生湯葉さんがTwitter(今はXだが私はしつこくTwitterと呼び続けている)で、私のPodcastを聴いているという投稿をしていた。

私は2025年からPodcast番組『この話はオフレコで』を始めた。「普段はインタビューをする側である吉玉サキが、聞き上手なライターさんや編集者さんをゲストに招いてインタビューをされることで、表では書けない話を引き出してもらう」をコンセプトとした番組だ。

生湯葉さんが聴いてくださっていると知って舞い上がった私は、すぐさま、「ゲストで出ていただけないでしょうか?」とDMを送った。すると快諾していただいた。久々に、生湯葉さんに会える。

Webのエッセイについて、はじめて共感してもらえた

当日は19時に池袋からほど近いレンタルスペースを借りた。「池袋駅9番出口から徒歩2分」と書かれていたが、私は改札を出てから9番出口を見つけるまでに30分かかった。早めに出ておいてよかった。

レンタルスペースは雑居ビルの6階で、エレベーターがなく、急な階段を上る。生湯葉さんにこんな階段を上らせてしまうなんて! 予約するときにエレベーターの有無を確認すればよかった。

ドアを開けて待っていると、階段を上ってくる生湯葉さんが視界に入った。大人っぽくなったな、と感じる。たぶん前に会ったときは20代後半で、今は30代半ばのはずだ。大きな左右非対称のイヤリングをつけていて、相変わらずオシャレだなぁと思う。私は、7年前とは別の紺色のワンピースを着ていた。

Podcastは2本録りだ。インタビューのテーマはゲストにお任せしている。生湯葉さんは「嫌いなもの」「エッセイの書き方」というテーマを考えてきてくれた。

生湯葉さんは、パソコンもノートも持ってきていなかった。質問案を見ることなくインタビューをはじめ、ずっと私の目を見ながら話を聞いてくれる。めちゃくちゃに聞き上手だ。話を深いところまで掘り下げるのも上手だし、「たとえばこういう場合はどうですか?」など、別角度からの質問で話を広げる手腕も見事だった。

特に2本目の「エッセイの書き方」というテーマは盛り上がった。「Web出身の書き手って、最初の頃に編集さんに教え込まれた『Webエッセイの作法』みたいなクセを身体から抜くのに時間がかかりますよね」という話に、はじめて共感してくれる人がいて嬉しかった。

「私はさんたつでエッセイを連載するようになってから、いわゆるWebでウケる書き方をやめて、事実だけを淡々と書くスタイルにしたんですよね」

「私、今の吉玉さんのエッセイ、すごく好きです」

本当に本当に、嬉しかった。文体を変えてからは、昔ほど読まれなくなっていたから。

最後に感想を伺うと、「吉玉さんはこのネットミームお嫌いかもしれませんが『おもしれー女』だと思いました」と笑ってくれた。

恥ずかしくてお腹が空いていると言えなかった

収録のあとは飲もうという話になっていて、生湯葉さんが行ってみたかったという個人店の飲み屋に入った。カウンターだけの小さなお店だ。

瓶ビールの大瓶をシェアし、あとはやきとん6本と大根煮を注文する。そのあと、お互いにハイボールと日本酒を飲んだ。

あとから思えば、せっかく生湯葉さんとお話するのだから、エッセイの書き方などをもっと尋ねればよかった。生湯葉さんが聞き上手なので、聞き出されるままにしょうもない私の恋バナなんてしてしまった。

「20年来の友人に『私は高望みしてない。まともに働いていてモラハラしない人なら誰でもいい』と言ったら、『そんなこと言ってても、あんたはおもしれー男しか好きになれない体質なんだよ』と言われました」と言ったら、生湯葉さんは「私もそう思います」と笑った。

大根煮は分厚い半月切りが3つ入っていたので、最後のひとつを半分こしようとしたら、「あ、吉玉さん食べていいですよ。私、お酒飲むとあまり食べられなくて……」と言われて驚いてしまった。私はまだまだお腹が空いていて、てっきり追加注文するものだと思っていたからだ。

そのうちにラストオーダーの時間が来てしまった。私は、お腹が空いていることを言うのが恥ずかしかった。マッチングアプリで出会った男性とデートしているときなら素直に「まだ食べたいです」と言えるのに、生湯葉さん相手には言えない。

男性からどう思われるかより、同性の憧れの人からどう思われるかのほうが、ずっとずっと気になるということを知った。

一人になって、「一蘭」に入った

生湯葉さんとは池袋で別れた。

帰りの電車の中で、私は「町田 ラーメン」で検索をした。家に着くまで待てない。まだやっているラーメン屋に駆け込みたいし、できればそのあと終バスより1本前のバスに乗りたい。

検索した結果、一蘭が出てきた。一蘭に行くのははじめてだが、カウンター席が一人ずつ区切られているのは有名だから知っている。ここにしよう。

入店するとすぐに券売機があり、「天然とんこつラーメン」の食券を買って、区切られているカウンターのひとつに座る。これが噂の味集中カウンターか。すると目の前のすだれが開き、店員さんが麺の硬さなどを聞いてきた。「すべて普通で」と答えた。

一蘭のラーメンはしみじみおいしかった。もっとパンチがあるのかと想像していたが、コクはあるけれどそこまでガツンとしていない。優しい味だ。麺も細くて食べやすいし、中年女性の胃袋にも優しい。

お腹が温かくなるとなんだかほっとした。憧れの人を前に、少し緊張していたのかもしれない。

お店を出て、バス乗り場までの道を急ぐ。夜風を浴びながら思う。自分よりずっと才能がある9歳年下の人を前に、卑屈になることなく素直に憧れられるのは、私のいいところかもしれないな。

赤ちょうちんのカウンターで隣に並んだように、いつか、物書きとしても肩を並べたい。そのためにも、もっともっと書こう。

初心を取り戻したようなキラキラした気持ちで、バスに乗り込んだ。

文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama

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