あえて、いつもなら選ばないほうのお店に行く

普段この連載は、私が日常の中で行ったチェーン店について自由にエッセイを書き、担当編集のA氏に納品する。お店の選定も内容も私に一任されていて、事前にA氏と話し合うことはない。

しかし前回の記事を納品したあと、A氏とメールで雑談をしていたとき、「今まではミスドや吉野家などの有名なチェーン店を取り上げてきたので、そこまで広く知られていないお店について書くのはどうですか?」と提案された。A氏がそういった提案をしてきたのははじめてで、面白そうだったので反射的に「いいですね!」と返す。

いくつかお店をピックアップした中で、私が選んだのは「しゃぶしゃぶ・日本料理 木曽路」だ。店名を聞いたことはあるし、お店の前を通ったこともあるが、入ったことはない。しゃぶしゃぶのチェーン店といえば食べ放題のお店が有名だし、普段の私ならそっちに行くだろう。だからこそ、あえて「じゃないほう」に行く経験をしてみたい。

調べたところ、「木曽路」は食べ放題ではなくコースでの提供がメインとなっている。期間限定で、「3900円(サンキュー)コース」というものがあるらしい。

話の流れで「どうせなら一緒に行きませんか?」とA氏を誘い、町田店を取材のために予約する。この連載で、事前にお店を予約したのははじめてだ。

しかし、前日にA氏から「発熱して行けなくなった」とメールが来た。

日にちをずらすことも考えたが、「いや、一人で行ってみよう」と思いなおす。寂しがり屋で臆病な私は、こんな機会がないと一人しゃぶしゃぶなんて一生できない。これはきっと、神様とA氏がくれた好機だ。

また、一人でゆっくりと考えたいこともあった。実は「木曽路」に行く数日前に、新しい彼氏ができたのだ。前回のエッセイで、名古屋出張の際にやり取りをしていた人だ。

毎日のLINEと数回の長電話、4回のデートを経て付き合うことになった。正直、自分が恋をしているかどうかはまだわからない。私は時間をかけて少しずつ人を好きになるけれど、マッチングアプリで出会う人はたいてい3~4回目のデートで交際を申し込んでくるので、自分の気持ちに確信を持てないまま返事をしなければならない(返事を保留するのも申し訳ない気がして)。

前の彼氏とは半年で終わってしまったし、今回はいつまで続くだろう。私は、いつまで続けばいいと思っているのだろう。

……そんなことをじっくり考えたいのだが、彼氏ができた翌日に武器の輸出が解禁されたので、社会情勢が気になって恋愛どころじゃなくなってしまった。「彼氏、優しいなぁ」と「改憲されたら嫌だなぁ」を同時に考えてしまうので、心の中がぐちゃぐちゃだ。

だからこそ、スマホを見ずにゆっくり一人になる時間が必要だと思った。

一人しゃぶしゃぶをしながら、運命について考える

はじめて入った木曽路は想像していた以上にお店が立派でびっくりした。店長らしき人は蝶ネクタイをしているし、女性の店員さんは着物姿だ。

てっきり普通のテーブル席だと思っていたら、個室に通される。パーテーションで仕切られただけの「個室風」ではなく、ちゃんと扉のついたガチの個室だ。想像の何倍も格式が高かったので、驚いてちょっと笑ってしまった。ここで一人で食べるのか。しゃぶしゃぶを。

席に着き、あらためて個室を見回すと、「両親に彼氏をはじめて会わせるときに予約するようなお店だな」と感じた。調べてみたら実際に会席料理のコースがあったので、きっとそういう使われ方もしているのだろう。

期間限定のサンキューコースを注文した。国産牛ロース肉のしゃぶしゃぶコースに、和牛霜降り肉が1枚プラスされているそうだ。あと、生ビールも注文した。

ポン酢とごまだれ、4種の薬味(ねぎ、もみじおろし、おろしにんにく、きざみニラ)が目の前に置かれる。ポン酢にはねぎともみじおろしを、秘伝のごまだれにはおろしにんにくときざみニラを入れるといいらしい。

店長が「最初のお肉とお野菜はこちらで炊きますね」と言うので、和牛霜降り肉を炊いてもらうことにした。店長は肉をすいすいとお湯にくぐらせ、ごまだれの器によそってくれる。えっ、そんなもんでいいの? お肉はまだほんのりと赤い。

「茹でる時間ってこんなもんでいいんですね。今まで茹ですぎていました」と言うと、「皆さん、そうおっしゃいます」と笑っていた。

食べると、歯がなくても噛み切れそうなほどに柔らかく、ごまだれのまろやかな甘みとお肉のうまみがよく合う。お肉には十分な厚みがあるが、脂っこくはなくて、すっと喉を通っていった。

次に、野菜を炊いてくれた。もやしを鍋に入れたと思ったらすぐに、ポン酢の器によそわれる。

「お野菜も数十秒お湯にくぐらせたら、シャキシャキのうちにお召し上がりください」

そう言われて食べてみると、ただのもやしと思えないほど瑞々しくておいしい。ピリ辛のもみじおろしが抜群に合うので、もっとたっぷりと入れた。

店長が去ってからは、一人でしゃぶしゃぶを炊いて食べた。教えてもらったとおり、肉も野菜もけっして茹ですぎず、さっと湯にくぐらせるだけで食べる。肉は柔らかいし、野菜は食感がしっかりしていておいしい。

思えば、今まで実家でしゃぶしゃぶをするときはもっとぐつぐつと煮ていた。こんなにさっとでいいんだ。両親に教えてあげないとな。

あらためて「このお店、両親を連れてくるのにぴったりだな」と思う。個室だから騒がしくないし、お肉とお野菜の量も、私や両親の胃袋にちょうどいい。最近は大学生の甥ですら「もう昔ほど食べられないから、安い肉を大量に食べるんじゃなくて、いい肉を少しだけ食べたい」と言うようになったが、まさに、食べ放題を卒業した大人にちょうどいいお店だ。

どれどれとドリンクメニューを見ると、父の好きな獺祭があった。父は獺祭が好きだが、おいそれと飲めるほどお金持ちではないので、おめでたいことがあったときだけ飲んでいる。

私がこの店で両親に彼氏を会わせたら、父は間違いなく獺祭を頼むだろうな。彼氏はお酒が飲めないので、ほぼ私と父でボトルを空けるだろう。

一人でしゃぶしゃぶを食べながら、運命について考えていた。

若い頃は「自分は運命論者ではない」と思っていたし、運命という言葉の陳腐さをどこか馬鹿にしていた。しかし中年になって自意識が薄くなってからというもの、運命という言葉を衒(てら)いもなく使えるようになった。

特にマッチングアプリをやっていると、運命を信じている自分を認めざるを得ない。誰かとマッチするたび、「この人は運命の人かな?」と思ってしまう。やり取りに少しでも違和感があれば「この人は運命の人じゃないな」とわかるし、なんの違和感もなく一緒にいられたら「この人こそ運命の人かも」と期待する。

それでいうと、元夫は間違いなく運命の人だった。15年後に別れることも含めて、運命だったのだと思う。

今の彼氏は、はたして運命の人だろうか。

いや、重要なのはそこじゃない。私は運命を信じているが、かと言ってすべてが運命で決まっているとは思わない。運命に抗うことは可能で、たとえ相手が運命の人じゃなかったとしても、努力や工夫によって一緒にいることはできると思う。

ただ、その努力や工夫によって消耗したとき、私は「やっぱり運命の人じゃなかった」といってすぐにパートナーシップを諦めてしまうかもしれない。そして、運命の人が出るまでカードをめくりつづけるのだ。はたしてそれは、パートナーシップのあるべき姿だろうか。

私が前の結婚で失敗したのは、我慢をしすぎたからだ。私はパートナーシップにおける努力と我慢の違いがいまだによくわからない。そこを切り分けるのが自分の課題なんだろうなと、かために茹でた春雨をすすりながら思う。

次にこのお店に来るとき、私は誰と一緒にいるのだろう

しゃぶしゃぶを食べ終えた頃、店員さんが片付けをしてくれて、ごはんと香の物が運ばれてきた。

食べながら、はじめて父に元夫を会わせた日のことを思い出していた。13年前のことだ。

結婚の許可を得るため、父と彼と三人で会った。私の実家は札幌だが、父は当時横浜で単身赴任をしていたため、三人で横浜で会うことになったのだ。

父が指定してきたのは北海道料理の店で、彼は「相手のテリトリーに持ち込まれた」と笑っていた。客単価がやや高めの居酒屋で、個室でもなんでもなかった。

父は席につくなり、おしぼりで手を拭きながら彼をまじまじと見つめ、「君はAB体だな」と言った。スーツのサイズのことらしい。父は紳士服の会社に勤めているので、見ただけでスーツのサイズがわかるのだ。

父は「AB体ってのはあれだ、ずんぐりむっくりってことだ」と失礼なことを言い、ビールを飲んだ。最初はお互いに緊張していたものの、お酒が進んでからは話も弾み、それなりに盛り上がったと思う。今思えば、父もずんぐりむっくりなので、私が自分と似たようなフォルムの男性を連れてきたことが嬉しかったのかもしれない。私が事前に話を通していたので、「娘さんを僕にください」的なやり取りは一切ないまま終わった。

今の彼氏もずんぐりむっくりなので、父に会わせたらまた、「AB体だな」と言うかもしれない。獺祭を飲んで酔っぱらった父はきっと、彼氏を元夫の名で呼び間違えるだろう。彼氏はひょうきんで人見知りしない人なので、私の両親ともそれなりに盛り上がり、楽しい場になると思う。

そんな想像をしていると店員さんが来て、しゃぶしゃぶの鍋で麺を湯がいてくれた。ほっとする味だ。

デザートは抹茶アイスを選んだ。もうおなかいっぱいだったが、アイスなら入る。冷たくて、ほんのりと上品に甘い。

時計を見ると、入店から1時間40分が経っていた。1時間40分の一人しゃぶしゃぶでパートナーシップの正解がわかるわけもないけれど、久しぶりに、じっくり自分と向き合うことができたと思う。

次にこのお店に来るとき、私は誰と一緒にいるのだろう。

わからないな。大人になってある程度は自分をコントロールできるようになったけれど、未来は相変わらずアンコントローラブルなままだ。

もしもこの連載が続いているうちに彼氏を両親に会わせるようなことがあったら、私は担当編集のA氏に、「木曽路、2回目書いてもいいですか?」とメールをするだろう。そんなことが起きたら、私は一人でしゃぶしゃぶを食べながら運命について考えた今日のことを思い出し、それこそ運命を感じるのだろう。

文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama) 協力=しゃぶしゃぶ・日本料理 木曽路

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