今回の“会いに行きたい!”
大平温泉『滝見屋』若女将の安部里美さん
アジアをめぐった学生時代。NHKに内定するも……
車一台が通るのがやっとの細い山道は、送迎バスであっても対向車とのすれ違いにヒヤヒヤする。いくつもの急カーブを抜け、駐車場に辿り着いたあとも、宿まではさらに徒歩で20分かかる。
「コンクリートで舗装されているとはいえ、登山道以上の急坂ですよ」。そう笑う常連さんの言葉どおり、大きな荷物は宿が運んでくれるものの、ハイヒールやサンダルでの来訪は不可能に近い。覚悟を決めた者しか辿り着けない秘湯なのだ。
現在もインターネットはつながらず、電話さえ引かれていない。
若女将の安部里美さんは、ここ大平温泉で代々『滝見屋』を営む安部家の4人姉妹の末っ子として生まれ、米沢市にある“本店”に住んでいた。
本店は酒や日用品を扱う商店を営んでおり、「5〜6歳の頃には店番をして、宿の電話を取っていました」と懐かしむ。当時は秘湯ブームで宿はかなり活気づいていたそう。現在も宿の問い合わせや予約の電話はすべて、ここで受けている。
好奇心が強かった里美さんは幼い頃からピアノ、スイミング、日本舞踊、習字、英語などたくさんの習い事をした。忙しい両親に代わり、里美さんを送迎してくれたのは、酒屋など出入りの業者さんだった。
「何度、里美ちゃんをトラックに乗せたことか」と、大人になったいま、苦笑交じりに語られるという。
周囲からは「常に二歩下がってついてくる引っ込み思案な子」と見られていたが、「どうせやるなら、とことん」という負けず嫌いな一面を秘めていた。小学校の水泳大会は、6年間連続で1位。中学時代には卓球に打ち込み、県大会に出場した。
その後、新潟大学教育人間科学部へ進学し、音楽表現コースでピアノを専攻。しかし練習はそっちのけで競技ダンスに没頭し、民族音楽のフィールドワークと称しては、アジアの国々を放浪した。
「心配をかけるので、親にはいつも事後報告。航空券と1泊目の宿だけ決めたら、あとは自由気ままなバックパッカーでした」
ベトナム縦断やミャンマーの秘境に住む山岳民族との交流など、エネルギッシュな青春時代を駆け抜けた。
里美さんに転機が訪れたのは大学3年生のとき。音響ディレクターとしてNHKへの就職が内定していた矢先、宿を経営していた父と義兄が立て続けに急逝したのだ。
それまで「宿を継ぐのは自分ではない」と考えていた。しかし、長女は夫を亡くしたうえに子育て中。二女と三女はすでに就職して家を出ていた。「大きな会社は誰かが代わってくれるけれど、うちは私が『やらない』と言えば、これで終わってしまう」。
家族のためにみんなができることをしているなか、里美さんも1年間の休学を経て、就職を辞退。宿経営にタッチしていなかった母・綾子さんを支えるべく、宿を継ぐ道を選んだ。「自分にしか守れないものがある」と感じたからだ。
ソムリエで唎(きき)酒師。中国語堪能でダンスも優勝
『滝見屋』には電気は通っておらず、自家発電でまかなう。水道もないため、湧水をろ過して使用している。
「旅館といっても、ほかの宿とは違う。エライところに生まれてきた」
幼い頃から抱いていた思いは、大人になり、宿の仕事へ身を投じることで、より実感することになった。
「宿って、こんなになんでもしなくちゃいけないんだ」
山の中の不便さを痛感する一方で、手を貸してくれる周囲の人々の温かさも身に沁みた。
『滝見屋』は4月下旬から11月初旬までの半年営業の宿だ。雪に閉ざされる冬の間は休業なので、ゆっくり過ごせるのかと思いきや、里美さんはじっとしていられない性分らしい。
20代前半、オンシーズンは宿の仕事と競技ダンスの練習に明け暮れ、冬になるとオーストラリアへ渡り、ダンスの技術を磨いた。
「やるからにはお楽しみクラブで終わるのは嫌だったので、A級優勝も果たしました」
25歳から30歳の頃は、ソムリエ資格や唎酒師の資格を取得した。
26歳のとき、観光協会のプロモーションで訪れた台湾では、ひょんな縁から“台湾ホテル業の父”とも呼ばれる厳長寿氏と出会い、冬期は台北の5つ星ホテルで働いた。ここでも負けず嫌いの精神を発揮し、ゼロから中国語を猛勉強。日常会話に困らないレベルまで習得した。
また、厳氏から「VIP客に接するスタッフに、日本の踊りとお茶を指導してほしい」と請われ、日本文化の伝道師の役割も果たす。
東日本大震災以降は、台湾へのプロモーションを強化する自治体や観光協会から、台湾事情に精通する里美さんへ、たびたび声がかかった。
「お世話になった台湾の役に立ちたい一心で、地域交流やPRのお手伝いをしました。大使館とのつながりができたのも大きな収穫でした」
台湾の雑誌で「日本の秘湯めぐり」の連載をもち、山形の伝統芸能「花笠舞踊団」の選抜メンバーとして、海外プロモーションにも飛び回る。
楚々とした見た目とは裏腹に、とにかくパワフル。長年、休館日の木曜には隣の飯豊町(いいでまち)まで足を運び、合唱のピアノ伴奏も続けている。
常連さんや地域の協力で災害からの復旧を目指す
大自然と隣り合わせの宿ゆえ、雪の重みで建物が損壊したり、水害で風呂が土砂で埋まったり、トラブルは日常的に起こる。修繕した先から再び破損することも珍しくなく、いちいち落胆していては前へ進むことができない。
2022年の豪雪と豪雨被害のあとは、応援してくれる常連客や大工さんが、ボランティアで土砂の掻き出し作業をしてくれた。さらには、客室のネーミングライツを通じた金銭的支援も寄せられた。復旧工事は数年間におよぶが終わりは見えず、今年の雪解けとともに再び足場が組まれ、現在も作業は続いている。
「スペインの『サグラダ・ファミリア』みたいに常に未完成です。いつまでも完成しないかもしれない。でも、それでいいと思うんです」
里美さんの日常のルーティンは朝と夜、露天風呂に浸かって自然に挨拶すること。
「お風呂の中で自分を振り返ると、自然が一歩踏み出す勇気を与えてくれる気がするんです。お客様にとって、『止まり木』のような存在の宿でありたいと思っています」
おすすめ立ち寄りスポット
『よねざわ 新田(にった)』。米沢織の機音(はたおと)が響く工房
昔ながらの手織り機と紅花などの天然染色で米沢織を作り続ける工房。見学(3日前までに要予約)は500円。売店では日常に使える小物類を購入できる。
「トトロの森」。森のシルエットはトトロ
集落の守り神である李山(すももやま)丹南山神の祠を包み込む森。近くの畑にある展望台からは、両耳がピンと立ったトトロのような形が眺められ、秋は紅葉、冬は雪をかぶった姿に。
取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2026年9月号より








