ウズベキスタン
此度儂が訪れたウズベキスタン、皆々にはちとなじみが薄い地やもしれぬ。
じゃが! サマルカンドは日ノ本の民が1000年以上昔から憧れた場所なのじゃ!!
先ずはこの国について話して参ろうではないか。
日ノ本から離れること6000km、中央アジアに位置するこの国はかつて世界の交通の要所と言われ「青の都」の名で知られる美しい国じゃ。
首都はタシュケントなのじゃが、儂が訪れたのはサマルカンド。
タシュケントが東京ならば、サマルカンドは奈良にあたる都市じゃ。
サマルカンドはかつての国の中心地で歴史の深い建築が数多残る、古都として重要な地であるわけじゃな!
古くから交通の要衝であったサマルカンドは、東洋と西洋の文化が交差した重要な史跡として街が世界遺産に指定されておる。
これも同じく街が世界遺産となっておる奈良と通ずるところでもあるわな。
シャーヒ・ズィンダ廟群
百聞は一見に如かず、これが青の都の真髄である。
このシャーヒ・ズィンダ廟群はウズベキスタン中興の祖、アミール・ティムール殿の近しい人物が眠る霊廟である。
今は11の建物が残っておって、それぞれ濃淡の異なる青色で装飾されておって実に美しかった。
これらの建築は14世紀から15世紀に築かれたもの、じゃが、500年以上前の建築とは思えぬほどに美しい状態を保っておったわ。
これにはこの地の気候が一役買っておると聞く、乾燥した気候のウズベキスタンは日ノ本のように多雨による腐食が少ないそうじゃ。
それに加えてこの地の建築の特徴であるタイルは実に丈夫で長持ちしやすい、このタイル作りの技術によって美しいまま現世へと残っておる。
そしてこの美しい青じゃ。
ここまで全体が真っ青に染まっておる建築は世界広しといえどこの地が唯一であろうか。
現世の皆々は青くて美しいなという感想に止まるやもしれぬが、これは我らのような古い時代を生きたものからすると仰天する景色である。
と申すのも、青というのは実に高級な色であるんじゃな。
青を出すための染料となるラピスラズリは産地が限られ、さらに染料とするために高い技術を要したために長く金よりも高値で取引されておった!
故に王族貴族に富の象徴として好まれておったのじゃ。
ウズベキスタン近辺はラピスラズリに加えコバルトといった青系の染料の元となる鉱石がよく採れる場所、ここまでふんだんに用いることが叶ったわけじゃな!!
レギスタン広場
続いて参ったのは同じく世界遺産の構成物であるレギスタン広場である。
三つの大きな建築がドンと立ち、迫力があるわな。
ひとまとまりに感じるが、これらは別の時期に築かれたものである。
最も古いのが写真左側、ウルグベク・マドラサ、15世紀に築かれたものである。
マドラサとは神学校のことを指すそうじゃ!
ウルグベクとはこのマドラサを築きし王の名である。
続いてが右側、シェルドル・マドラサ、虎の絵が描かれた門が象徴的なマドラサである。
先のウルグベク・マドラサと対をなすように築かれた門は実に高く、その高さはなんと35mだそうじゃ! 名古屋城の天守は約36m、およそ同じ高さなのである。
このシェルドル・マドラサが築かれたのは1619年と江戸時代の初期、名古屋城の築城開始は慶長15年(1610)、これまた同時期の建築といえよう!
はるか離れた地に(およそ)同い年の同じ高さの建物が立っておるとは、中々面白きこともあるものであるな!!
名古屋城も先の戦災で天守と本丸御殿が焼失しておらんかったら世界遺産間違いなしであったから、まこと同じだけ価値の高いものといえようか。
そして最後、真ん中にあるのがティラカリ・マドラサ。
ティラカリは金を示す言の葉、その名の通り金で壁や天井が彩られておるのじゃ!!
サマルカンドの象徴、青との組み合わせが実に美しいこの景色を最も楽しみに来たと、この地で会った日ノ本の民も申しておったわ!!
夜にはぷろじぇくしょんまっぴんぐなる光の演舞もあって、実に美しかったのう!!
シルクロードを担った者たち
観光地案内が済んだところで、これより歴史語りの時である。
サマルカンドは水にも恵まれた地、西洋から中国へ進むシルクロードの重要な中継地として、東西の文化が入り混じる地であったのじゃ!!
ウズベキスタンのあたりに住んでおったゾグト人と呼ばれし人たちは貿易商人として欧州やペルシアからの荷物を中国まで運ぶ隊商、即ちキャラバンを組織して世界の交易を担っておった!
いわばシルクロードの主役とも呼べる存在であった。
日ノ本でいうところの伊勢商人といったところであろうか。
この者たちがおらなければ東西の文化の交わりは今のようにはいかなかったであろう!
サマルカンドの象徴、青いタイルで彩られた建築は中国から伝わった陶器の技術とペルシアから仕入れた青い染料の融合、まさに文化交差地の象徴であるわけじゃ!
して、始めに「日ノ本の民が1000年以上前から憧れた街」じゃと申したけれども、これはかつて儂が紹介致した正倉院の話が関わってくるのじゃ!
正倉院には今から1300年前の、聖武天皇が愛用した品々が収められておるわな。
その中の一つが瑠璃杯や白瑠璃碗といったガラスを用いた器、これはウズベキスタンの西方ペルシア国を含む中央アジアで作られたものじゃと推測されておる。
他にも正倉院にある絨毯もこの辺りのものであるほか、人気の宝物螺鈿紫檀五弦琵琶とよく似た楽器が描かれた絵画がウズベキスタンに残っておるのじゃ!
極め付けはペルシアの王、あるいはソグド人の顔をあらわしたと伝わる仮面が正倉院に納められておるぞ!
我らの時代には帝しか持つことが叶わなかった宝物のゆかりの地がこのウズベキスタンであるといえよう。
斯様に1000年以上の歴史を持つサマルカンドであるが、13世紀に元の国の襲来を受けて多くの建造物が灰燼と帰した。
此度紹介した建造物は元が衰退した後にこの地を収めたティムール朝によって再び栄えた時代のものである。
終いに
此度の戦国がたりは如何であったか!!
中々傾いた歴史語りとなったわな!
現世の日ノ本の民にはなじみがない国が、はるか昔から我らが憧れた場所であるとは、中々意外だったのではないか?
儂も赴いてからこの地の美しさに気が付き、魅了されたわな!
この国の見どころは歴史や美しい建造物だけではない!!
実に清潔な街とうまい飯、そして治安も良く物価も安い。
皆にも是非に訪れてほしい場所である。
さて、特別版となった戦国がたりもこれにてしまいといたそう!
これよりも歴史の面白き話を届けて参ろう!
次の戦国がたりも楽しみにしておれ!
さらばじゃ!!
文・写真=前田利家(名古屋おもてなし武将隊)







