前田利家(達人)の記事一覧

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何度も来たくなる名古屋へ。『また旅なごや』を携え、歴史・グルメ・観光の見どころを紹介いたす!
皆の衆、こんにちはじゃ。名古屋おもてなし武将隊 前田利家である。普段は歴史小話を連載しておるが、我が本業は名古屋の魅力を日ノ本中に広めることじゃ!工業の街としての印象が強い名古屋であるが、三英傑に関わる重要なる史跡が数多(あまた)あることに加え、なごやめしやものづくりの体験、現世においては日ノ本随一の規模を誇る動物園、水族館、科学館もある。実は日ノ本屈指の観光都市であるのがこの名古屋である!
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激戦地、長久手古戦場を行く。見どころ多き記念館に、決戦場、塚や碑……己が目で確と見ようぞ!
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。此度の戦国がたりは久方振りの歴史探訪じゃ!
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甲斐の虎、独眼竜だけじゃない! 利家が語りたい戦国屈指のかっこいい異名3選
大河ドラマ『豊臣兄弟!』にて、いよいよ秀吉が天下一統に動き出した。先の放送では主役・秀長にとって生涯で一番の戦とも言える四国征伐が描かれておった。四国の戦国史はこれまでの大河ドラマでも触れられることが少なく語り代が実に多い!じゃが! 此度の戦国がたりでは四国戦国史ではなく、「戦国武将のかっこいい異名特集」を題目に語って参ろうではないか!!四国の覇者・長宗我部元親殿は戦国屈指のかっこいい異名の持ち主であるからのう!
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中川清秀の誠の姿を伝えたい。賤ヶ岳の戦い、荒木村重の謀反などの背景から語って参る
皆々、息災であるか前田又左衛門利家である。此度の戦国がたりでは、とある武士の汚名を雪(そそ)いでまいりたいと思う。その男の名は中川清秀殿。
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秀吉と織田家四天王。本能寺の変によって分かれた明暗とは?
皆々息災であるか、前田利家である。大河ドラマ『豊臣兄弟!』では織田家の後継争いが描かれておる。尾張一国の時代から共に力を合わせ、信長様を支え続けた織田家家臣団は、敵同士となったのじゃ。此度は家臣団が如何なる経緯で後継争いに臨んだのか、大河ドラマで描かれておる状況の前日譚を話して参ろうではないか。何故秀吉が天下を取れたのか、そして一人の織田家家臣の裏切りについても話して参ろう。
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【約240kmの実踏記録】岡山・備中高松城から京都・山崎まで、前田利家の令和版・中国大返しをご覧あれ!
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。豊臣秀吉には逸話が数多くある。信長様の草履を温めた草履とりや、敵の目の前に一夜で城を築き上げた「墨俣一夜城」、三木城を攻める前に城下の米を高値で買い付け、兵糧戦を大幅に短縮した「三木の干殺し」などなど、誠かどうかもわからぬような神がかりの話が残っておるわな。そして、秀吉の逸話の最たるもので、天下を掴む決定打ともなったのが「中国大返し」である。備中高松城を攻めておる最中に本能寺の変の報を聞いた秀吉が、備中から京都・山崎の地まで恐ろしい速度で引き返し、光秀殿の虚をついて信長様の仇討ちを果たした、これが中国大返しである。距離にして230kmを大軍で駆け抜けた神懸かりの進軍であったのじゃが、要した日数も5〜10日と軍記物によってまちまちで、近年ではそもそも山崎の戦いに間に合っておらんかったのではないかとも言われておる。名が知られておるわりに、実像が定かではない中国大返し。中国大返しがいかなるものか確かめるべく儂、前田利家、実際に中国大返しをして参ったぞ!!秀吉が歩いたとされる道を通り山崎まで参ったでな、道中の様子を皆に伝えて参ろうではないか!改め、超散歩の達人・令和の中国大返しへいざ出陣!!
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本能寺の変の裏に四国あり? 長宗我部家、光秀、信長を取り巻く関係性について記して参る!
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。大河ドラマ『豊臣兄弟!』にて、ついにきてしまった本能寺の変。本年の大河では津田信澄様黒幕説や、明智光秀殿本能寺の変不在説などこれまで大河で触れられてこなかった、本能寺の変の新たな姿が描かれておる。中でも儂が驚いたのは明智光秀殿の謀反の動機である。従来の軍記物からの「怨恨説」や「野望説」。近年主流となりつつある「室町幕府黒幕説」。そして明智光秀殿の大河ドラマ『麒麟が来る』で描かれた、天下静謐のためなど数多の説がある中で、此度の動機はいわゆる「明智光秀殿鬱病説」、幾重もの心労によって気を病み突発的にやってしまったというような描写であったわな。そのきっかけの一つとして信澄様の叛心が描かれておった。これを深掘っても良いのじゃが、この辺りの説が難しいのは全て光秀殿の内心の問題であること。現世に生きる者は勿論のこと、同輩である我ら織田家家臣であっても光秀殿が何を思っておったのかは推し量ることしかできぬのじゃ。故に此度の戦国がたりは明確に光秀殿の名誉が傷つき本能寺の変のきっかけの一つとなった「長宗我部説」について記して参ろうではないか。いざ参らん!!
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播磨の別所家が離反に至った背景とは? 辞世の句から浮かび上がる戦国の無情
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。此度の戦国がたりは前回に引き続き、戦国時代の播磨について。中でも此度はとある家に注目して参ろうと思う。
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豊臣兄弟と播磨攻め。播磨の歴史的背景と、山中幸盛について語って参る!
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。大河ドラマ『豊臣兄弟!』では長篠の戦いや長島の戦いといった大きな戦が省かれ、早くも秀吉が中国地方の雄・毛利家と対峙しておるわな。秀吉は織田軍の西方軍の大将、織田家でも指折りの重臣へと出世した訳じゃ!その中でも大河ドラマでしっかりと描かれた播磨(はりま)攻め。秀吉が上月(こうづき)城を、秀長が竹田城を攻め落とし、無血開城をかなえた秀長と城兵の家族を見せしめの磔にした秀吉の様子が描かれておった。大河では城兵の亡骸を磔にするという筋書きであったな。この播磨攻め、これまでは中々大河ドラマや歴史物語で描かれることがなかった戦。故になじみのない者も多かろう!此度は戦国時代の播磨情勢について語って参ろうではないか!いざ参らん!!
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爆弾正、戦国三大梟雄といわれた松永久秀。爆死に三悪、逸話の多い人物の真の姿に迫る!
皆々、息災であるか前田又左衛門利家である。大河ドラマ『豊臣兄弟!』にて壮大なる退場を致した爆弾正こと松永久秀殿。現世においては随分と人気の高い武士であると聞く。これは、大河でも派手に爆死して果てたのが描かれたが、最後に名物平蜘蛛茶釜に爆薬を詰め爆死した逸話をはじめ、現世の者にとって華々しい、あるいは香ばしい逸話が多く残る武士である故であろう。じゃが、斯様な逸話が先行し正しき姿が描かれぬお方でもある。故に此度は松永殿がいかなる人物であったのかに迫って参ろうではないか!いざ参らん!!
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