皆川 典久
1963年、群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年、石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)など著書多数。

北を感じる? 絶対音感ならぬ、絶対方向感覚!

吉玉 : 皆川さんは道に迷うことってないですか?

皆川 : あまりないかな。ちなみに今、北がどっちかわかりますか?

吉玉 : えっと、わからないです。わかるんですか?

皆川 : あっちですよね。

そう言って、ある方角を指差した皆川さん。担当編集の中村嬢いわく正解だそう。

皆川 : 僕、どこにいても絶対に方角がわかるんです。

吉玉 : 脳内の地図と照らし合わせることなく?

皆川 : うん。考えなくても、なんとなく「こっちが北だな」って感じるんですよ。だから地図もすぐに北を合わせることができる。地図を持っていれば、どこへ行ってもあまり迷うことはないかな。

吉玉 : それは、生まれつきですか?

皆川 : 生まれつきっていうか、絶対音感みたいな感じの絶対方向感覚でしょうか。周りに指摘されるまで、だれもが普通に方向感覚を持っているものだと思ってました。だから道を聞かれても、「西に200メートル進んでから交差点を北東に曲がってください」とか答えてたんです。でも、それで通じない人が多いことを知りました。悪いことしちゃったな(笑)

吉玉 : 私ならまず間違いなくわからないです……。

皆川 : 渡り鳥はきっと方角がわかりますよね。動物はみんな、その能力を持ってるんだよ。だから人によっては、その能力が残ってるんじゃないかな。

吉玉 : 私、その能力が退化してます。

皆川 : いや、人として進化しちゃったんだよ(笑)

吉玉 : 絶対方向感覚、後天的に養うことできると思いますか?

皆川 : うーん、これは鍛えられないんじゃないかなぁ。だって僕も教えることできないもん。鳥が人に飛び方を教えられないように。北はね、考えてもダメ。感じるしかない。

北を感じる……!

吉玉 : 地形を好きになることで、方向音痴を克服するヒントを得られるんじゃないかと思ったんですが……。

皆川 : 方向音痴はなおらないんじゃないかなぁ(笑)

吉玉 : !(この企画が根本から否定されてしまった!)

皆川 : でもね、迷うことも楽しいよね。特に23区内は公共交通がしっかりしてるから、迷子になってもなんとかなるよ。昼間ならバスもいっぱいあるし。迷いながら見知らぬ街の地形や雰囲気を感じるのも、いいものですよ。「ここは昔、川があったのかな?」とか「この辺はきっと、江戸の頃は下級武士が住んでた街だったはず」とか。

吉玉 : 迷子を楽しむ発想、ありませんでした……!
この連載のゴールは「知らない街を散歩できるようになること」なんですが、もしかして、目的地に着こうとしなくてもいいんでしょうか?

皆川 : いいと思うよ。目的地を定めず気ままに歩くのが、本来の散歩の醍醐味。偶然出合ったものでも歴史の痕跡が刻印されていたりして、一つひとつ読み解きながら歩くと、東京ってものすごく歩き甲斐があることがわかりますよ。海外とか行けないご時世だけど、地元で充分に楽しめるし、冒険気分に浸れる。

吉玉 : たしかに、東京でも行ったことない街がたくさんあります。

皆川 : まずは、自分の好きなものに注目して歩いてみるといいよ。「スリバチ学会」で何人か一緒に歩くこともあるけど、みんな好きなものが違うんですよね。マンホールマニアもいれば、商店街好き、植物好き、ネコ好きなど趣向はさまざま。好きなものを追いかけて、はぐれる人もしばしば。ゴール前には人が減っていたりして(笑)でも、好きなものを極めると、きっと世界が変わりますよ。

まさに「極めた人」の言葉です。

映画『君の名は。』のラストシーン、地形マニアが解釈すると……

吉玉 : 私も皆川さんのようにスリバチ散歩をしてみたいんですけど、おすすめのスリバチありますか?

皆川 : 新宿区の四谷荒木町って知ってる? 花街ってわかるかな、芸者さん達のいる街。明治から昭和にかけて、ここはそういう花街だったんですよね。その名残で、今でもチェーン店じゃなく個人商店や飲食店が集まっている。だから隠れ家的な独特の雰囲気があって面白いよ。

四谷荒木町の一角。いいお店がありそうな気配がプンプンします。

皆川 : スリバチ状の地形が特に興味深い場所。江戸時代に大名庭園だった場所に池がひっそりと残っていたり、ダムもそのまま残っています。

吉玉 : 江戸時代にダム? 人力で作ったんですか?

皆川 : おそらく当時、人力で谷を埋めたんだろうね。
あと、映画『君の名は。』のラストシーン覚えてますか? あれはここ、四谷の鎮守・須賀神社。

住所:東京都新宿区須賀町5/営業時間: 境内自由/アクセス:地下鉄丸ノ内線四谷三丁目から徒歩8分

吉玉 : 階段で、三葉と瀧くんがすれ違うシーンですね。

皆川 : はい。それが、ここの階段です。
東京って、谷と丘ではずいぶん街の表情が違う。実は風景の違いだけじゃなくて、「世界」がちょっと違うんですよ。丘の上は閑静な高級住宅地、谷底が庶民的な街、といった感じで。そして「谷の世界」と「丘の世界」をつなぐのが階段なんです。

吉玉 : 階段によって、ふたつの世界を行き来できるんですね。

皆川 : そう。『君の名は。』もそういう話だよね。三葉と瀧くん、まったく違う日常を生きてきた二人が出会うわけですよね。ふたつの世界・ふたりの世界が交わるのが階段って、すごく象徴的だなぁと思います。

『君の名は。』ラストシーンの舞台、須賀神社の階段。

吉玉 : 地形マニアならではの解釈ですね……!

皆川 : 東京は、谷の世界と丘の世界がパラレルに隣り合っている。けれども、ほとんどの人は東京の一面しか見ていない。だから、今いる世界とは異なる、もう一面の顔を知ると面白いですよ。

吉玉 : 荒木町、行ってみたくなりました。

皆川 : よかったら案内しましょうか?

吉玉 : いいんですか!? 贅沢すぎる……!

いきなり、皆川さんの解説つき荒木町ロケが決定しました。そんな『ブラタモリ』みたいな経験、しちゃっていいのかな。地形ファンの皆様、ご期待ください!

地形街歩きは海外でも!

吉玉 : 皆川さんは街歩きをする際、現地に行く前に地図で予習しますか?

皆川 : 最近はそうしてます。見るポイントを探しやすいし、確実に面白いところに行けるからね。さっきの主旨と違って、ちょっとビジネス散歩っぽいけど(笑)

吉玉 : 実際に行ってみると、予習していたイメージと違いますか?

皆川 : イメージと違って驚くこともあるけど、イメージ通りでまた驚くことも多いですね。「あー、やっぱりこうなってるんだ」と。たとえばその街で一番有名な神社って、だいたい高台とか台地の突端にあるんですよ。そういう共通のルールって日本全国どこでも見られる。台地の突端にある建物って、たいていは軍事的な施設か信仰上の大切なものなんですよね。

吉玉 : 外国だとどうでしょう? たとえばペルーやボリビアは、スリバチの下にお金持ちが住んでますよね。お金持ちは酸素が濃いところ、貧しい人は薄いところだとか。

皆川 : えっ、そうなんですか! 東京の逆ですね。東京はお金持ちが丘の上だから、国によって違いがあるのも興味深いですね。

吉玉が2014年に撮影した、ペルーの首都・リマ。丘の上からスリバチを見下ろす構図で撮っています。ちなみにペルーは夫と行ったため、迷子にはなってません。

皆川 : 日本も外国も、やっぱり地形と歴史は紐づいてるんだよね。
自分が旅行したローマやパリも丘の上は高級住宅地だった。ローマがユニークなのは、コロッセオや戦車競技場(チルコ・マッシモ)などの娯楽施設が谷底にある。政治家や資本家は、民衆をそれでガス抜きさせて政治を安定させたんだね。歴史的には、谷底はやっぱり洪水が起きやすくて。だから、そういうところに庶民の娯楽施設をつくらせて、自分たちは丘の上に居を構えた。

吉玉 : お金持ちは安全な場所に住んでるんですね。

皆川 : そう。パリも、マレ地区とかセーヌ川沿いの低湿地は洪水が起きやすいから、下町風情の街になってる。
イタリアの山岳都市では、スリバチ状の谷間に広場があって、そこにはかならず井戸があって。昔の人は、水が湧き出る場所に広場を作って、井戸端会議をやってきた。

吉玉 : そういうことを考えながら歩いたら、ただ観光地を巡るよりも、街の地理や地形が記憶に残りそうです。

皆川 : 旅先だけじゃなくて、日常的に歩いてる街でも同じような気づきがありますよ。吉玉さんが今まで見てきた街の風景は「その街の一面」だったのかもしれない。もうひとつの顔を知るきっかけが、実は地形にあるんです。

吉玉 : 迷ってもいいから歩いてみます!

皆川 : ぜひ、気ままに迷って、偶然出合う未知の世界にワクワクしてみてください。「わき道にそれてみたら、そこはスリバチだった」です! そんな楽しみがあちこちで待っているほど、東京の地形はとても特殊です。
実は凸凹を表した23区の地図を出す予定があるので、ますます地形散歩がしやすくなると思いますよ。

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地形図を見ながら、ニコニコとやさしい口調でお話される皆川さん。

“地理人”の今和泉さんもそうでしたが、地形マニアや地図マニアの方は、好きなものの話をするときとても楽しそう。そんなに夢中になれるものと出合えて幸せだろうなぁと感じます。

さて、今回は皆川さんの「迷うことも楽しい」という言葉にハッとしました。

方向音痴の克服を目標に始まったこの連載。今まで克服にばかり目を向けすぎて、街歩きの醍醐味をじっくり味わえてなかったかも……。今後はもっと街歩きを楽しみ、その魅力も伝えていこうと思いました。

……克服できなかったときの予防線じゃないですからね!

次回は荒木町凸凹街歩き。皆川さんの解説つきなので、どうぞご期待ください!

取材・文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

お久しぶりです、吉玉サキです。あの手この手で方向音痴の克服をこころみるこの連載、吉玉の都合でしばらくお休みをいただいておりました。けっして、方向音痴がなおったから終了したわけではありません。やや改善されつつありましたが、ステイホームで勘がにぶり、振り出しに戻っていたりして……? ともあれ連載再開です!前回は地図マニアの地理人さんにお話を伺ったので、今回は地形マニアとして知られる『東京スリバチ学会』会長の皆川典久さんにお話を伺いました。皆川さんは、東京の凸凹地形に着目したフィールドワークをおこなっており、『ブラタモリ』などにも出演されています。地形の魅力っていったいなんだろう? 失礼ながら、地形に興味を持ったことのない私にはまるでわかりません。でも、そこに方向音痴を改善するヒントがあるかも……!そんなわけで、たっぷり語っていただいたアカデミックかつマニアックな地形のお話を、前編・後編に分けてお届けします。前編は、皆川さん流「地形の楽しみ方」です!
こんにちは、ライターの吉玉サキです。突然ですが、これを読んでいるあなたは方向音痴でしょうか?私は、5年住んでいる自宅周辺でも迷子になる方向音痴です。先日は、日常的によく行くTSUTAYAに違う道から行ってみようと試みたところ、見事にたどり着けませんでした。方向音痴の何が辛いって、知らない場所に行くのが怖くなってしまうことなんですよね。本当は知らない街にも出かけてみたいのに、「道に迷うんだろうな~」と思うと億劫になってしまい、ついつい知っている場所にばかり行ってしまうわけです。あぁ、一度でいいから好奇心の赴くままに知らない街を歩いてみたい……!そんな私の願いを知ってか知らずか、雑誌『散歩の達人』のwebメディア・さんたつさんから「方向音痴を克服する企画をやりませんか?」とお誘いいただきました。なんでも、専門家の先生にアドバイスをいただき、方向音痴を矯正する企画だとか。えっ、もし先生のアドバイス受けても治らなかったら企画が成立しなくない?先生の顔に泥を塗ったらどうしよう……という不安はあるものの、とりあえずスタートしたこの連載。前半では私の方向音痴っぷりをレポートし、後半では克服の様子をレポートする予定です。