皆川 典久
1963年、群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年、石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)など著書多数。

地形マニアになったきっかけ

吉玉 : 皆川さんは、昔から地形に興味があったんですか?

皆川 : いえ、僕は群馬県前橋市の出身で、生まれ育った場所は平坦なところでした。でも、東京の人にバカにされないよう歩きまわってみたら、坂が多いなあと気づいて。これって東京特有の地形なのかなと。

2003年頃に「カシミール3Dっていうソフトに出会って、自分で地形図を作れるようになってから本格的に地形にハマったかな。これ、標高○メートル以上のところは緑色、△メートル以上は黄色……というように地図を色分けして、見た目で凹凸地形が分かる優れモノ。国土地理院が防災的見地から公開してる標高データを使っています

カシミール3Dで作成した四谷の地形図。

皆川 : 「カシミール3D」の功績は大きいですね。山岳地帯の凸凹地形を表す地図はそれまでもあったけど、東京の微地形や土地の高低差を表すツールってなかったから。東京の地形が可視化されるようになって、「さっきの坂の周辺はどんな地形だったのかな?」って3D地形図を見るようになって。ますます街歩きが楽しくなりました。

吉玉 : 初歩的な質問で恐縮ですが、地図と地形図の違いを教えてください。

皆川 : ふつうの地図は、標高の情報は書かれていない。どこが高くてどこが低いかわからない。それに等高線を加えたのが、地形図です。

吉玉 : 標高の情報って、どういうメリットがあるんでしょうか? 山だと標高は重要ですが……。

皆川 : 地図だけじゃわからないことが、地形図の情報には含まれています僕は崖とか、土地の凸凹が好きで、偏愛するのがスリバチ地形スリバチ状の窪地や谷間のことを、「スリバチ」と呼んでいるだけですが大好きなスリバチも、地形図ならすぐに見つけられる。

吉玉 : なるほど。スリバチの魅力ってどんなところですか?

皆川 : スリバチの底では、猫が多かったり、川の痕跡が残っていたりして面白いんですよ。川に蓋をしたものを暗渠(あんきょ)っていって、蓋がされてるから水は見えないんですけど。暗渠ファンは多いですよ。タモリさんも言ってましたが、水のある川より水のない川のほうが萌えるって

吉玉 : 私の知らない世界があるんですね……。蓋がされてても、暗渠って分かるものですか?

皆川 : 慣れてくるとね、誰でも分かるようになりますよ。住宅地の中に突然うねうねした路地が現れるから暗渠の周辺にはクリーニング屋さんや銭湯、お豆腐屋さんが多かったり。

吉玉 : それは水が湧いてたからですか?

皆川 : いえ、水を捨てやすいからだと思います

吉玉 : そうなんですね! 今まで考えたこともなかったです。

街にはそれぞれの「萌えポイント」がある

吉玉 : さきほど暗渠に萌える話が出ましたが、暗渠以外でグッとくるものってありますか?

皆川 : スリバチの谷底にひっそりと残るレトロな街並みもあります。東京の谷間には長屋とか木造住宅とか、庶民的な街並みが残ってるところが多い。「坂下の商店街」といって、震災復興や戦災復興、高度経済成長期に急ピッチで開発されたところが多いんです。谷中銀座や駒込銀座、戸越銀座などの商店街が該当します。

吉玉 : 台地より谷間のほうが、歩いていて楽しいですか?

皆川 : 台地の上は、高級住宅地や公共施設が多いのですが閉鎖的だし、敷地が広いので歩いていても飽きちゃう。その点、谷間は一軒一軒のスケールが小さくてギュッとしてるし、いろんなお店があるから飽きないんです。肉屋さんがあればコロッケやハムカツを買って食べたりとか、和菓子屋さんがあればお土産にみたらし団子やいちご大福を買ったり。

吉玉 : 食べ歩き、楽しそうです!

皆川 : あと、スリバチの底では湧水が見られることもありますよ。谷間の先端部分って、もともと水が湧いてたんですよ。スリバチの湧水スポットって都心にも意外とたくさんあるんですよ。おとめ山公園とか麻布十番の善福寺とか。

吉玉 : こんなに都会なのに水が湧いてるの、すごいですよね。

皆川 : 明治神宮御苑の「清正の井戸」、行ったことありますか? けっこうな量の水がコンコンと湧き出てますよ。まさに都会のオアシス!大地の神秘を感じる。こういうパワースポットが谷の先端部分すべてにあったんだなって考えると……いいよねぇ。

本当に湧水が好きなんだなぁ。

産業も歴史も、すべて地形につながっている

吉玉 : 皆川さんは歴史にも詳しいんですか?

皆川 : いえ、授業の歴史は苦手でしたが、歩いて疑問に感じたら、いろいろと知りたくなって。例えば、城跡を見つけたら、「誰の城だったんだろう?」とか。あと、江戸時代から明治にかけて、街どのように開発されたかとか、土地の変遷や歴史も調べると面白いです歴史を読み解くきっかけになりますよ、地形って。

吉玉 : 知ることで、よりその街を好きになりますか?

皆川 : そうそう。自分の住む街もそうだよ。意外と地元のこと知らないんだよね。でも知ると愛着が湧く。

皆川 先日、千葉へ出かけ梨を食べてきたけど、千葉はなんで梨が有名かといえば、「下総台地」という台地の畑が代表的な梨の産地。実は台地で水はけが良くて水田に向いてないんだよね。なので畑作が中心となった。昔はお米を作るのが一番儲かったんだけど、お米が作れないから梨を作った。それが今や名産品になってる。

吉玉 : 歴史のみならず、産業も地形と繋がってるんですね。

皆川 : 東京だけじゃなく、どこに行ってもかならずその街特有の地形があって、歴史や産業・文化にも深く影響してるんですよ。名古屋、大阪、新潟、仙台と、いろいと出かけたけど、どこも特有の地形があって、ガイドブックでは紹介されないリアルな街の姿を知ることができますよ。

吉玉 : 地形マニアの方って全国にいるんですか?

皆川 : いるいる。僕は『東京スリバチ学会』で活動をしてるんだけど、全国の街でも街歩き企画をやってます。「あいちトリエンナーレ」の時、地形をテーマで街歩きを企画したけど、地元の人達が参加してくれて、「こんなに面白い街歩きがあるんだ!」って、参加者が地形に目覚めて。それをきっかけに、自分たちで『名古屋スリバチ学会』を立ち上げて活動してる。そういう会が仙台や秋田、埼玉や千葉にもあります。

吉玉 : 地元を見る目が変わりそうですよね。見慣れた風景も、地形に着目すると違う見え方しそう。

皆川 : 何にもないと思っていたけど、地元も捨てたもんじゃないな」って発見があると思いますよ。

古地図に古道。いにしえの街を妄想散歩

吉玉 : 歩きながら、昔の街並みをイメージしたりしますか?

皆川 : しますね。「この場所、昔はどういう土地利用をされていたのかな?」とか想像します。

吉玉 : 昔の地図を見たりも?

皆川 : はい。古地図も面白いんだよねぇ。今いる場所の、明治や昭和の古地図が見られるアプリがいろいろあって。明治時代と現在を見比べながら歩けるんです。大学や病院があるところは昔、大名屋敷だったり、下町は昔から下町だったり。街の成り立ちの法則性みたいのも分かったり、面白いですよ。

吉玉 : 面白そうだけど迷いそうです……。

アプリ「東京時層地図」の画面。左が文明開化期、右はバブル期の四谷荒木町。
古地図を片手に東京の街を歩く……というのは、歴史散策好きには定番の楽しみ。近年、そうした趣味を持つ好事家たちのあいだで、熱烈な支持をされているスマホアプリがある。それが一般財団法人日本地図センターが手掛ける「東京時層地図」だ。

皆川 : あと、古くからある道「古道」もいいですよ。鎌倉街道とか旧奥州街道とか。

吉玉 : 電車がない時代に人が行き来していた道ですね。

皆川 : そういう道はね、お地蔵さんや庚申塔があるんですよ。あと、古いお寺や神社。そういうのがある道はだいたい「いにしえの道」です。都市開発で消えちゃう場合も多いけど。

吉玉 : 古道って、そんなに残ってるものなんですか?

皆川 : 道は意外と残ってるね。建物は残ってないけど。

古道は妄想が広がって飽きないですよ。「ここは、昔の人が京都から東北に向かうため歩いた道なんだなぁ」とか。何気なくある石碑や石仏も、古(いにしえ)の人に思いを馳せると、語りかけてくるものがありますね

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地形・歴史・産業など、まるで社会科の授業のような話も、皆川さんから聞くととても面白かったです。皆川さんが先生だったら社会の成績よかったかも……。

この取材の日から、街の地形によく気づくようになりました。今まで何も考えず通り過ぎていた道も、案外凸凹してるんですね。ほんの少しだけ、皆川さんの視点に近づけたかな?

後編はいよいよ方向音痴のお話。皆川さんは、絶対音感ならぬ絶対方向感覚をお持ちだそうで……。次回、乞うご期待です!

取材・文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

こんにちは、ライターの吉玉サキです。突然ですが、これを読んでいるあなたは方向音痴でしょうか?私は、5年住んでいる自宅周辺でも迷子になる方向音痴です。先日は、日常的によく行くTSUTAYAに違う道から行ってみようと試みたところ、見事にたどり着けませんでした。方向音痴の何が辛いって、知らない場所に行くのが怖くなってしまうことなんですよね。本当は知らない街にも出かけてみたいのに、「道に迷うんだろうな~」と思うと億劫になってしまい、ついつい知っている場所にばかり行ってしまうわけです。あぁ、一度でいいから好奇心の赴くままに知らない街を歩いてみたい……!そんな私の願いを知ってか知らずか、雑誌『散歩の達人』のwebメディア・さんたつさんから「方向音痴を克服する企画をやりませんか?」とお誘いいただきました。なんでも、専門家の先生にアドバイスをいただき、方向音痴を矯正する企画だとか。えっ、もし先生のアドバイス受けても治らなかったら企画が成立しなくない?先生の顔に泥を塗ったらどうしよう……という不安はあるものの、とりあえずスタートしたこの連載。前半では私の方向音痴っぷりをレポートし、後半では克服の様子をレポートする予定です。
昨年の12月、方向音痴界に激震が走るタイトルの本が発売されました。どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本 (だいわ文庫)本当に「どんなに方向オンチでも」大丈夫なのでしょうか。気になったので、発売日に買って読んでみました。結論から言うと、私が知りたかったことがすべてこの一冊に書かれています。どうしよう、方向音痴がなおってこの連載が終了してしまう……!慌てて担当編集の中村嬢にメールしたところ、「安心してください。本の内容を理解できても、吉玉さんがそう簡単に実践できるとは思いません」との返信。ある意味、私に絶大な信頼を置いてますね。それはさておき、この本の著者である今和泉隆行さんは「地理人」と呼ばれる地図の専門家。「7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家」として『タモリ倶楽部』『アウト×デラックス』にも出演され、話題となりました。地図が大好きな人の頭の中を見てみたい……!というわけで、実際にお会いしてきました!