皆川 典久
1963年、群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年、石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)など著書多数。

凸凹地形さんぽマップ

駅の案内図を眺めていたら、突然ブワーッと「理解」が訪れた

やってきたのはJR信濃町駅。皆川さんと、担当編集の中村嬢と待ち合わせです。

信濃町駅で下車したのは初めて。早く着いたので、駅の壁に掲示されている地図をチェックします。

この連載を始めて、「駅の案内図はかならずしも北が上じゃない」ことを知りました。東側の壁には、東が上の地図が掲示されているんですって。

ということは、この地図の上は私から見て前、下は後ろ、左右は変わらないのだな。

……と眺めていると、突然ブワーッと「理解」が訪れました。

これって、壁ごと90°倒して地図を床に置いたイメージで見るんだ!

知ってる人にとっては「何を今さら」だと思いますが、私にとっては大発見です。悟りを得た気分。

大発見にはしゃいでいるうちに全員集合。

皆川「今日は方向感覚が狂いそうな場所ばかりですが、まずは凸凹地形を楽しみましょう」

本日のルートもばっちり決まっているようです。それどころか、地形図や江戸時代・明治時代の地図まで用意してくださいました。ありがたや。

皆川「さっそくですが、北がどっちかわかりますか?」

駅周辺案内図を見ると、方位磁石のようなマークとNの文字が。脳内で地図を90°倒し、Nの方向を指すと、「ん~、微妙に違うなぁ」と苦笑いされました。

吉玉、地図の見方がわかってもなお、絶望的に方向感覚がありません。

暗渠、水路の名残、お稲荷さん。いたるところに歴史の痕跡が

相変わらず北がわからないまま、地形街歩きスタート。

駅を出て、大きな通り(外苑東通り)を南に進みます。なぜ南とわかったかと言えば、皆川さんが「南に歩きます」と言ったから。青山方面だそう。

少し歩くと、窪地を見下ろせる場所に出ました。

地図【A】地点から東方向の千日谷を見下ろす(編集部注)。

皆川「この谷が千日谷。四谷にある4つの谷のうちのひとつです。江戸時代からこの名前で、千日の供養が行われたお寺があることから、その名が付けられました。まずは、千日谷に下りてみましょう」

交通量の多い大きな道から、小さな通りへ入り、そこそこ急な坂道を下ります。

一本裏道にそれただけなのに、そこはもう、どこか懐かしい静かな住宅地。まさにスリバチ(窪地)です。

坂を下りきると千日谷。

皆川「ほら、この道ちょっとクネクネしてるでしょう? ここが谷底で、古くは川が流れていたんですよ」

おぉ! この前皆川さんに教えてもらった暗渠です。実物は初めて見ました。いや、今までは見ても暗渠だと気づかなかったんだろうな。

吉玉「今も、この道路の下には水が流れてるんですか?」

皆川「たぶん。雨が降れば、ここに水が溜まるからね」

皆川「この穴のあいたマンホールは、地下に水を流すためのマンホールなんです。この下に下水管があって、雨水を集めるんですよ」

たしかに、普通のマンホールとは蓋が違う! 歩き始めて数分で、かなり物知りになった気分です。

しばらく、谷底のクネクネした道を歩きます。前回、皆川さんが「丘の上は閑静な高級住宅地、谷底は庶民的な街」とお話されていましたが、たしかにけっこう古そうな民家も。信濃町なんて都心だし、少し歩けば赤坂なのに、こんなにもほっとする街並みがあったなんて……。

皆川「この辺、住宅地になる前は田んぼだったんですね。この植え込みがある細い土地は、田んぼの水路の名残です。公共の土地なんですよ」

よく見ると、水路の名残の両端に「道界 新宿区」と書かれたプレートが。あとで調べたところ、公道と民有地との境をあらわすものだそうです。

令和の今も、こんな形で水路の痕跡が残ってるんだなぁ。田んぼだった頃を想像すると、なんだか感慨深いです。

さらに進むとJR・高速道路のガード下。通り抜けると、急な傾斜の上り坂があらわれます。皆川さんはさすが歩き慣れているだけあり、涼しい顔ですたすた歩いていきます。登山やってなかったらついていけなかったかも……(ちなみに中村嬢も登山が趣味です)。

地図【B】地点から見た南方面(編集部注)。

上った坂を振り返ります。こうして見ると、地形がよくわかる!

皆川「あの一番低いところが谷底で、川が流れていたところ。正面の丘にあるのが明治記念館。そういう大きな建物は丘の上にあって、谷底は庶民の街だね。JRと高速道路が真ん中を分断してる」

言われてみればたしかに、坂の上は大きな建物が多く、街の雰囲気が変わります。

皆川「信濃町って名前も、信濃(今の長野県)のお殿様のお屋敷があったから。江戸時代は、諸国の大名が徳川幕府からお屋敷を与えられていたんだよ。お屋敷街だったところは今も、生垣や立派な木が残ってるね」

丘の上のお屋敷街を歩き、しばらくするとまた谷へ。坂を下っていくと、今度は雰囲気の変化が如実にわかりました(感動して写真を撮りそびれました)。

皆川「この辺はお寺が多いですね。江戸のお寺は丘の上、または谷底にあるんです。庶民のお寺は谷、将軍家のお寺は丘の上」

吉玉「じゃあ、この辺りのお寺は庶民のお寺なんですね」

皆川「おそらく。幕府が都心にあったお寺を郊外に移転させたものだと思う。今はここも都心だけど、当時は郊外だったから」

吉玉「当時の都心って、今のどの辺でしょうか?」

皆川「番町、麹町、日本橋あたりかな」

そんな話をしていると、皆川さんがあまりにも狭い路地をずんずん歩いていくので笑ってしまいました。めっちゃ路地。

地図【C】地点の路地(編集部注)。

いつもは、知らない街に来ても用事だけ済ませてさっさと帰ります(迷子になるのが怖いから)。こんなふうに、知らない街の路地を歩くのは不思議な感じ。

路地を抜けたところで、「なにか気づきませんでしたか?」と質問されました。

吉玉「ええと、細い道だから……川だったとか?」

皆川「そう。川だった証拠が目の前にありますよ」

……?? 探すものの、何が証拠なのかわかりません。

皆川「吉玉さんの足元、川に架かっていた昔の石橋ですよ。コンクリートで補強してあるけど、舗装するとき石橋を残したんですね」

言われて気づきました。こういうボコッとしてる道ってたまにあるけど、なにかしらの理由があるんだなぁ。

路地の奥に黒猫が!

デレデレで猫を撮影する私と皆川さん。猫、すごい怪訝な顔でじっとしてました。住人以外通らないようなところに見慣れない人間が3人も来て、驚いたかな。

大きな道路を渡ると、赤い鳥居が見えました。「せきとめ稲荷」と書いてあります。

皆川「ここに、川を堰き止める小さなダムのようなものがあって、野菜の洗い場になってたんだね。その傍らにお稲荷さんがあって、それだけが残ってるんです」

この辺一体が、古くは鮫ヶ橋谷と呼ばれていたそうです(鮫河橋と表記する場合も)。

せきとめ稲荷の隣が、みなみもとまち公園。

皆川「ここは鮫ヶ橋谷の下流で、2本の川が合流する地点。だから水が溜まりやすく、洪水が起きやすい。そのため、この公園の地下には“地下神殿”とも呼ばれている貯水池があるんです。コンクリートの高い柱が何本も立っていて、その下に雨水を一時的に溜め、雨が上がったら流すんですね」

“地下神殿”はたまに一般公開もされているそう。行ってみたい!

吉玉覚醒!? 急に方角を当てられるようになる

皆川さんは、「こっちが赤坂で、あっちが信濃町駅で……」と方向を指し示して説明してくれます。

それを見た私、「こっちが南ですか?」と指すと、正解だったよう。

皆川「おっ、方角がわかるようになりましたか!」

実は、信濃町駅からどっちに歩いてきたのかは、まったくわかりません。ただ、歩き出したとき「南が赤坂方面」だったのを覚えていたので、皆川さんの説明で南がわかったんです。

皆川「では、次は鮫ヶ橋谷を上流に向かって進みましょう。北に進みます

北を心に留めて歩きます。

これ、なんだろう? 一見すると物干し竿用のポールっぽいけど、3段になっていて、最上段は3メートル近くあるんですよ。絶対に届かない。

私、こういうのばかり気になるんですよね。あと、名前に「荘」がついてるアパートとか(めっきり少なくなりましたよね)。

細い道をクネクネ歩いていきます。

写真では漫然と歩いているように見える私ですが、曲がり角を曲がるたび、頭の中で「あっちが北だな」と確認しながら歩きました。北と私が糸で結ばれ、その糸をたどっていくイメージです。

地図【D】地点から、来た道を振り返る(編集部注)。

写真では高低差がわかりにくいのですが、ここが2つめの谷・鐙ヶ淵(あぶみがふち)。鐙は、馬に乗るとき足をかける道具。源義家がここに鐙を落とした言い伝えがあるそうです。

ここで、皆川さんによる方向確認。

皆川「北はわかりますか?」

吉玉「あっちですよね」

進行方向を指すと、皆川さんと中村嬢から「すごい!」「当たってる!」と驚きの声。えへへ。

吉玉「さっき北に進むとおっしゃったので、それからずっと北を意識してたんです」

皆川「でも、何度も曲がってるのに北がわかったのは成長ですよ! 曲がり角も90°ばかりじゃなかったし」

たしかに、ずっと意識していたにせよ、前はそれすらできなかったので大きな進歩です。

湧水のある公園でひと休み。ここでようやく地図を見ると……

さらに進むと、公園が見えてきました。

ここが3つめの谷・若葉公園。まさにスリバチの底にあり、階段を下りて公園に入ります。

皆川「この公園では湧水が見られますよ」

これが湧水だそう。

もっと、小さな泉がコポコポ湧いているのを想像していました。意外と広範囲に流れていて、どこから湧き出ているのか、肉眼では確認しにくかったです。

皆川「あんまり綺麗な水じゃないけどね(笑)」

たしかに、知らないと「水溜まってるな~」くらいにしか思わなそう。

ベンチでひと休みし、地図を見ることに。

皆川さんと中村嬢が嬉々として、

「信濃町駅はどっちでしょう?」
「(これから行く)須賀神社はどっちでしょう?」

と質問してきます。

北がわかっている現在、地図の上を北に向ければいいわけで……。

吉玉「あっちが信濃町駅、こっちが須賀神社ですね」

指をさすと、拍手喝采を浴びました。地図を読めただけでこんなに褒められる大人、私くらいでは?

特に中村嬢は、連載初期のもっと方向音痴がひどかった頃を知っているため、「吉玉さんが方向を当てるなんて……!」と感激していました。どうしよう、最終回では泣かせてしまうかもしれない。

皆川「千日谷、鐙ヶ淵、若葉公園と3つの谷を通ったでしょう。4つめは、鮫ヶ橋谷の上流部分。4つの谷があるから四谷なんですね。まぁ、ほかにもいろんな説があるんだけどね」

なるほど。歩いているときは微妙だった谷の位置関係も、地図上で示されると理解できました。

illust_2.svg

さてさて、ここまでで散歩開始から約1時間。

暗渠、穴が開いたマンホール、水路の名残、古い石橋やお稲荷さん、そして湧水。

「視界には入ってたかもしれないけど気づかなかったもの」にたくさん気づいた1時間でした。散歩って楽しい!

後編は、映画『君の名は。』のラストシーンで有名な須賀神社と、荒木町を歩きます。はたして、方向音痴は散歩の達人になれるのでしょうか?

取材・文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

お久しぶりです、吉玉サキです。あの手この手で方向音痴の克服をこころみるこの連載、吉玉の都合でしばらくお休みをいただいておりました。けっして、方向音痴がなおったから終了したわけではありません。やや改善されつつありましたが、ステイホームで勘がにぶり、振り出しに戻っていたりして……? ともあれ連載再開です!前回は地図マニアの地理人さんにお話を伺ったので、今回は地形マニアとして知られる『東京スリバチ学会』会長の皆川典久さんにお話を伺いました。皆川さんは、東京の凸凹地形に着目したフィールドワークをおこなっており、『ブラタモリ』などにも出演されています。地形の魅力っていったいなんだろう? 失礼ながら、地形に興味を持ったことのない私にはまるでわかりません。でも、そこに方向音痴を改善するヒントがあるかも……!そんなわけで、たっぷり語っていただいたアカデミックかつマニアックな地形のお話を、前編・後編に分けてお届けします。前編は、皆川さん流「地形の楽しみ方」です!
こんにちは、方向音痴ライターの吉玉サキです。方向音痴の克服を目指すこの企画、前回に引き続き、「東京スリバチ学会」会長の皆川典久さんにお話を伺っています。前編では、皆川さんが偏愛するというスリバチ地形(スリバチ状の窪地や谷間)の魅力や、地形と産業・歴史の関係について教えていただきました。今回はいよいよ、この連載のテーマである方向音痴について。皆川さんから出た「北を感じる」という言葉の意味は……? 人気映画の地形マニア的解釈も飛び出し、ますますマニアックな後編をどうぞ!