タイ王国

東南アジアの中進国。日本には7万8493人が住む。日本人と結婚し永住者となった人も多い。東京、千葉、茨城、神奈川の首都圏を中心に、日本各地に暮らす。横浜市では外国人総数13万7812人のうち2031人がタイ人で、伊勢佐木町のある中区は最多の363人。

そんな緩さと優しさもまたタイならでは

令和のいま「伊勢ブラ」すると目立つのは、アジアの店だ。韓国や中国、ベトナムなどのレストランが並ぶが、圧倒的に存在感を放っているのはタイだ。マッサージ店をはじめ、レストラン、食材店、カラオケ、それにタイ寺院まであるではないか。

とはいえマンションの一室を流用しているものだが、元タイ在住の僕としてはつい懐かしくなって寄ってみた。お邪魔してみると小さいながらも立派なお顔立ちの仏像が鎮座し、オレンジ色の袈裟(けさ)に身を包んだ僧侶が出迎えてくれた。

「このお寺は6年ほど前にできたんです。日曜日には近くに住んでいるタイ人がお参りに来ますね。ソンクラン(タイ正月)にはたくさんのタイ人、日本人でにぎわいます」

タイ北部のルーイ県のお寺からやってきたという僧侶は、アポなし訪問にもかかわらずタイ人らしい柔和な笑顔でそんなことを教えてくれた。傍らでは日本人とタイ人のハーフだという子がはしゃぎまわり、僧が相手をしてやっている。学校帰りにこの寺に寄って、親の迎えを待っているのだそうだ。ほとんど託児所だが、そんな緩さと優しさもまたタイならではだ。

「ワット・タイ横浜」の僧侶はこの街を毎朝、托鉢に歩いてタイの店を回るのだとか。
「ワット・タイ横浜」の僧侶はこの街を毎朝、托鉢に歩いてタイの店を回るのだとか。

歓楽街はいつしかタイ人の生活の場に

このあたりにタイ人が増えたのは1980年代、バブル期の頃といわれる。伊勢佐木町に隣接する黄金町はその時代、一大色街として栄えていたが、そこにアジア系や南米系の女性たちも流入。きわめて国際的な歓楽街として知られるようになっていった。

しかし21世紀に入ると警察の取り締まりが厳しくなり、夜の街としての黄金町はほぼ壊滅。かつて売春施設だった場所は行政や地域住民によってギャラリーやスタジオなどに姿を変え、いまや黄金町といえばアートの街というイメージが定着しつつある。

そしてタイ人たちも変わっていった。夜の仕事を離れ、日本人と結婚した人を中心に世代を重ね、いまではごくふつうの生活者として地域に溶け込んでいる。そんなタイ人たちの暮らしに必要な食材店やレストランが並び、ガチのタイ料理が味わえる伊勢佐木町は、タイ好きの日本人にはすっかり知られた場所だ。

日本人が知っていそうで知らない、タイ料理の数々

レストランはたくさんあるが、前述のお寺「ワット・タイ横浜」の真下にある『クァーサイヤム』に行ってみた。午後3時と半端な時間にもかかわらず、たくさんのタイ人、日本人が席を埋めていたからだ。ここはきっとうまい。

カジュアルで気軽なお店。
カジュアルで気軽なお店。

「うちはこれがいちばん人気」

案内してくれたのは来日20年になるというアイさん。彼女いわく、クイッティアオ・ナムトックがタイ人には評判なのだとか。スープに豚の血を混ぜ込んだ麺料理だ。というと敬遠する人がいるかもしれないが、まあ食べてほしい。臭みやえぐみはなく、むしろまろやかな風味とコクがあり、後を引くのだ。このスープと米麺がまたよく合う。

店のウリ、クイッティアオ・ナムトックの看板。
店のウリ、クイッティアオ・ナムトックの看板。

ラープ・プラートートもタイ人客に人気だとか。でっかい魚がまるまる1匹、けっこうな迫力だ。ラープといえばイサーン(タイ東北部)料理の代表格で、ハーブと和えたサラダ的なメニュー。鶏や豚の挽き肉を使ったものが一般的だが、こちらではプラーカポン(スズキの一種)のラープが自慢。パクチーやホムデーン(タイの小さな玉ねぎ)、ナンプラー、プリックポン(粉末の唐辛子)、マナオ(ライム)、それにカオクア(細かく挽いた炒り米)などが、揚げた白身のプラーカポンを彩る。

トムヤムクンも現地並みの辛さと旨味がたまらない。こちらは「ナムコン」、すなわちココナツミルクを加えたものがおすすめだとアイさん。でっかいエビが何匹も泳ぐ濃厚スープは、エビのエキスも加えてあって辛いだけではない深みがある。

白飯に合うのはガパオ・ムークロープだ。日本人にもガパオ(ホーリーバジル)を使った料理はすっかりおなじみになったが、タイには実にいろいろなバリエーションがある。そのひとつがムークロープ。皮つきの豚バラ肉を揚げたものだ。これ、皮のカリカリ、肉や脂のトロトロ、ふたつの食感が混ざり合って実にいけるのだが、さらにガパオの香りと唐辛子の辛さとが味にパンチを与えている。

手前左から時計回りに、クイッティアオ・ナムトック(豚の血入り米麺)1200円、ラープ・プラートート(揚げ魚のハーブ和え)3000~4000円、ビア・シン(シンハビール)650円、トムヤムクン・ナムコン(ココナツミルク入りトムヤムクン)2000円、ガパオ・ムークローブ(豚バラのカリカリ揚げのガパオ)1300円。
手前左から時計回りに、クイッティアオ・ナムトック(豚の血入り米麺)1200円、ラープ・プラートート(揚げ魚のハーブ和え)3000~4000円、ビア・シン(シンハビール)650円、トムヤムクン・ナムコン(ココナツミルク入りトムヤムクン)2000円、ガパオ・ムークローブ(豚バラのカリカリ揚げのガパオ)1300円。
ガパオというと鶏の挽き肉をイメージする日本人が多いが、ムークロープもうまい。
ガパオというと鶏の挽き肉をイメージする日本人が多いが、ムークロープもうまい。
タイ風のココナツプリン600円は甘すぎず優しい味わい。
タイ風のココナツプリン600円は甘すぎず優しい味わい。

2017年にオープンしたというこの店は通りを挟んで向かい側にタイ食材店も経営していて、こちらもなかなかの繁盛ぶり。とりわけ宅配の注文が殺到するようで、アイさんはその梱包や業者とのやり取りにてんてこまいだ。

人気商品だというパラー(魚を発酵させた調味料)を手にするアイさん。
人気商品だというパラー(魚を発酵させた調味料)を手にするアイさん。

「私は10年くらい前からこの街で働いていますが、そのときよりもタイ人は増えているように思う。遠くから食事や買い物に来るタイ人も多いですね」

そして仏教のお祭りとなると、店の前に食事を並べて、地域の人たちに無料でふるまう。タンブン(喜捨)といって、仏教では徳を積む行いだ。

「今年も10月くらいにやると思います。ぜひ来てください!」

ワイ(合掌)はタイの美しい習慣。
ワイ(合掌)はタイの美しい習慣。
住所:神奈川県横浜市中区若葉町2-30-3/営業時間:10:00~22:00/定休日:火/アクセス:横浜市営地下鉄ブルーライン伊勢佐木長者町駅から徒歩5分、京急電鉄本線日ノ出町駅から徒歩8分、JR根岸線・横浜市営地下鉄ブルーライン関内駅から徒歩10分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年3月号より

スープをすすった瞬間「!」とシビれた。あっさりしつつも、しっかりコクが溶け込んだ豚骨ベースの味わい。コシの強い麺の、ほんのりとした香り。そしてなによりこの海老ワンタン。いくつものエビがみっちり詰め込まれたデッカいやつで、ゴリゴリに歯ごたえがあって噛みしめるほどにうまさが口の中に広がる。
新大久保駅を出て、すぐ西側の路地だ。細い道に建て込むのは、タイ、ネパール、ベトナム、韓国などさまざまな国のレストラン。バングラデシュ、インド、ハラールの食材店も並ぶ。ミャンマーのカラオケもあれば台湾人の先生が診てくれる歯医者まであって、まさに多民族タウン新大久保を象徴するような道なのだが、2023年に「肉骨茶(バクテー)」の専門店『南洋叔叔(ナンヤンシュウシュウ)肉骨茶』ができたときはさすがに唸(うな)った。
荒川区・三河島といえば、この連載の第30回でも紹介したように韓国人のコミュニティーがあることで有名だ。それも済州島出身の人々とその子孫が多く、渋いキムチ屋や済州島の郷土料理を出す焼き肉屋、韓国の教会などが点在する界隈となっている。そんな三河島にこの数年、ネパールの人々がずいぶんと増えてきたのである。