オリジナルのカクテルは爽やかな一杯
赤羽駅の東口を出て、飲み屋街がひしめく商店街を抜け公園を過ぎると、マンションの一階に「Bar Saki Shou」と書かれた赤錆色の看板が見えてくる。
扉を開けると、カウンターとテーブル2卓のシンプルな空間が広がっている。
マスターは崎山拓郎さん。この日まず作ってくれたのはオリジナルのカクテル、ローズグレープフルーツだった。凍らせたピンクグレープフルーツをミキサーにかけてスムージーにし、ローズのリキュールを加えた。トッピングはローズマリーの葉。グレープフルーツの酸味とほろ苦さに、ローズの香りが効いた後味が爽やかなカクテルだった。滑らかなシャーベット状のスムージーも、暑い盛りには体に染みわたるようなおいしさ。女性好みの繊細な一杯だ。
ビルの窓拭きをしながら脚本を書く日々
そんなカクテルを出してくれた崎山さんの手は、なんとも無骨な「働く人の手」だった。気になって前職を聞いてみた。
「ビルの窓拭きをしながら、脚本を書いていました。タワーマンションの50階という高所作業もある過酷な現場ですが、お金にはなりました」と崎山さん。映画の専門学校を出て、脚本家を目指していていたが賞に恵まれず、仕事をしながら脚本を書く日々が続いたそう。窓拭きの仕事は、最終的には一人親方として独立し、様々な現場を任されるようになった。
「さすがに歳をとってからは続けられないと思って、当時ウイスキーに興味を持ったこともあり、バーテンダーを志しました。30歳の頃です」。
永田町や大手町の官庁街やオフィス街でバーテンダーとして修行を積み、独立したのが5年前。赤羽を選んだのは地元だったから。そもそも脚本家を志すきっかけとなったのは岩井俊二監督の映画。代表作『四月物語』は、その名を冠したカクテルも作った。桜餅のような香りがする酒、ズブロッカをベースに、生クリームと苺を加えた甘やかなカクテルだそう。
ウイスキーの保護団体ウイスキーフープに加盟
カクテル2杯目はアイリッシュウイスキーがベースの、アイリッシュコーヒー。寒さが厳しいアイルランドの冬に良く飲まれるホットカクテルだ。
ウイスキーは、その品質と手頃な価格を守るため設立された「ウイスキーフープ」という団体に加盟している。そのため年間で200本しか作られないような希少なウイスキーが手に入る。他にもウイスキーは様々な種類を揃えているそうなので勉強したい人は、ぜひ入門店としておすすめしたい。
店を舞台にした短編ドラマが作られた
崎山さんの目下の楽しみは、全編店内で撮影された短編ドラマの公開。
「2年ほど前から仲間がここでドラマを撮っていて、そろそろ上映か動画配信される頃だと思います。『深夜食堂』のように店員と客の人生ドラマにしたいと言っていましたから、楽しみです」
最近、実際に印象に残ったお客さんを聞いたところ「満洲で生まれたという70代の男性」だと話してくれた。「チンザノロッソを2杯だけ飲んで、さっと帰ったのが印象的でした。焼酎やビールではなくてチンザノロッソですよ。渋いですよね」
取材・文・撮影=新井鏡子