縁と巡り合わせが重なってできた施設

閑静なオフィス街の一角に立つ古いビルの扉を開けると、本や雑貨が並ぶショップとカフェが混然一体となった空間。隣には写真館、階段を下りた先には異世界の森に迷い込んだような本格派のサウナが待っている。

ここは、2021年に『神田ポートビル』としてオープンした文化複合施設。そのクリエイティブディレクションを手掛けたのが、写真家の池田晶紀さんだ。コミュニティー拠点をつくるべくサウナを取り入れることになり、サウナ愛好家の池田さんに声が掛かった。

「本場フィンランドでのサウナは大切な社交場。今後はビジネスも癒やしやリラクゼーションの方向に向いていくのではないかと考えていました」

その構想を聞いた糸井重里さんが「面白そうじゃん、俺も引っ越す」と言って「ほぼ日の學校」のスタジオも入居するなど、縁と巡り合わせが重なって施設ができあがった。

言葉どおり裸の付き合いが生まれるサウナは銭湯とも通じるものがあるが、現代の銭湯の原型となる公衆浴場が生まれたのが、ちょうどこのあたり。東京大学の発祥の地でもあり、学びと交流の歴史が積み重なった土地でのスタートだった。

チャレンジという名の神輿(みこし)を一緒に担いでくれる人がいる

池田さんが神田の街と関わり始めたのは、現代の江戸っ子のポートレートを撮影するプロジェクト「いなせな東京」がスタートした2012年ごろから。約6年にわたって神田を中心とした街の人々を撮っていたが、『神田ポートビル』ができてそこに拠点を移し、街の中に入って初めて見えてきたこともあるという。

「神田は祭りの街だけど、神輿は見るものではなく担ぐものだと実感したのは神田錦町に来てからです。何かをやろうとしたとき、同じ神輿を担いでくれる人たちがいるという安心感は神田だからこそ。共感を生み、一緒に体感できることが似合う街だと思います」

サウナを街のハブとして機能させることから応用し、ヒト、モノ、コトに触れる楽しさを共有する実験。その成果の発表会として始めたのが、新しい縁日と称したイベント「なんだかんだ」だ。路上に畳を敷き詰め、福祉や防災の要素も交じえて、ワークショップやアート鑑賞など色とりどりな企画を展開している。

「なんだかんだ」は『神田ポートビル』前で年3、4回実施。10回目となる次回は2025年7月に開催予定。
「なんだかんだ」は『神田ポートビル』前で年3、4回実施。10回目となる次回は2025年7月に開催予定。

「靴を脱ぐ安心感や緊張感、路上で座ったり寝転んだりする背徳感もある。みんなが対話できて、人と関わりながら自分の価値観を更新できる、ありそうでなかった“場”をつくりたかったんです」

神田の街が持つポテンシャルを生かして、「共感」をテーマに地域とつながり輪を広げる実験はまだまだ続く。

「糸井さんが『神田は一人でいてもさみしくない街』と言っていましたが、本当にそうだと思います。そういう場所をもっと増やしていきたいですね」

取材・文=中村こより 撮影=原 幹和
『散歩の達人』2025年5月号より