アクセス
鉄道:JR・地下鉄東京駅からJR高崎線・上越線で約2時間40分の沼田駅下車。東京駅から上越新幹線で約1時間5分の上毛高原駅で下車し、関越交通バスへの乗り継ぎも可能。
車:関越自動車道練馬ICから沼田ICまで約126km。同ICから沼田市中心部まで約3km。
冬めく天空の城下町で知る新たな魅力
沼田市を訪れるのは初めてではない。これまで鉄道や車で何度も足を運んでいるが、目的はいつも尾瀬探勝で、玄関口の沼田は単に通り過ぎるだけの地だった。
今回、沼田市を目指す旅に出てみて気づいたのが、中央部が極端にくびれた市の形状だ。聞けば南北に細長い西側部分が1954年に市制が施行された旧「沼田市」で、2005年に東側に当たる白沢(しらさわ)村・利根村が合併し、現在の新「沼田市」が誕生。その結果こうした不思議な形状になったのだとか。いつもなら「〇〇市はこんな土地柄です」といった端的なキャッチフレーズが思い浮ぶものだが、東西それぞれの地域が育んできた歴史や立地の隔たりが大きく、今回は気の利いた言葉を思いつかない。
そんな折、行く先々で「天空の城下町」なるフレーズを目にした。歴史をひもとくと、現在の市中心部はかつて沼田城が置かれた地に近いことから「城下町」はすぐに合点がいったが、「天空」はどこから来たのだろう。市の観光交流課に理由を尋ねると、「台地の三方を囲う片品川・利根川・薄根(うすね)川が長い歳月をかけて川床を侵食し、日本一美しいとも言われる河岸段丘を生み出しました。年に数回、台地上の街並みが三方から湧く川霧の上に浮かぶように見えることから、そう呼ばれるようになりました」とのこと。眺めのよい『河岸段丘カフェ』という名の店まで昨年できたそうだ。
見過ごしていた魅力に旅先で改めて気づく
教わったビュースポットで見事な河岸段丘を一望してから、国道120号沿いの『河岸段丘カフェ』に立ち寄ると、見覚えのあるアップルパイが店頭に並んでいる。理由を尋ねると、なんと月刊『散歩の達人』2024年6月号で訪れた群馬県吉岡町にある『BRAE-BURN』の姉妹店だそう。沼田市とは何の縁もないと思っていたが、「天空」のフレーズに導かれた奇妙な縁に驚くばかりである。
その国道120号では「上州沼田とんかつ街道」なる幟(のぼり)がはためいていた。界隈にはそれぞれ個性を競うとんかつ店が点在しており、どこへ入ればよいのやら悩みは尽きない。
さらに山あいへ分け入ると見えてくるのが、片品川沿いの傾斜地に宿が立ち並ぶ老神(おいがみ)温泉だ。この日は一人でも気軽に泊まれる『ぎょうざの満洲 東明(とうめい)館』に投宿し、湯上がり後は併設のレストランで至福の生ビールをグビビ。提供している料理は拙宅近くの『ぎょうざの満洲』と何ら変わりないが、旅先で口にするとなぜだか感慨深い。
翌朝は、やはりこれまですぐ脇を通り過ぎるだけだった吹割(ふきわれ)渓谷にも足を延ばすことにした。考えてみれば沼田市に限らず、魅力に触れることなく素通りしている土地も案外多いのではないだろうか。今さらながらそんなことに気づかされる徒然旅になった。
迦葉山弥勒寺(かしょうざんみろくじ)
天狗の霊峰として知られる古刹
森閑とした標高1322mの迦葉山中腹にあり、開創は嘉祥元年(848)。康正2年(1456)には天巽(てんそん)禅師により曹洞宗に改宗されるなど長い歴史を有する。拝殿に当たる中峯(ちゅうほう)堂には有志が奉納した日本一の大天狗面が掲げられ、見る者を圧倒。参拝の際は堂内に備えられた天狗面を持ち帰って祀(まつ)り、お礼参りの面とともにお返しする風習も興味深い。
沼田城址(沼田公園)
公園として整備された沼田繁栄の原点
地方の有力者であった沼田氏が天文元年(1532)頃に築いたと伝わる沼田城。幾多の戦いを経て真田氏の居城となり、五層の天守などが建造された。現在は沼田公園として整備され、西櫓(やぐら)台石垣・石段や本丸堀跡に往時の面影がうかがえる。数多くの動物が飼育される市民憩いの場であり、谷川岳などの眺めもよい。
東見屋(とうみや)まんじゅう店
2025年に創業200年を迎える県内屈指の老舗
創業は文政8年(1825)。看板商品の味噌まんじゅう240円(1串4個)は、代々受け継いできた酒種をもとにした甘味噌だれの風味が絶妙だ。あん入り味噌まんじゅう390円(1串3個)、砂糖抜きのカラ味噌まんじゅう240円(1串4個)のほか、甘味噌のボトル385g 600円も販売。
パティスリー シャンティー
組み合わせの妙に舌を巻く沼田の新銘菓
味噌ラスクが評判の気さくな洋菓子店。代表の本山佳宏さんが試行錯誤を重ねた味噌ラスク(3枚入り357円~)は、こんがり焼き上げたフランスパンに『東見屋まんじゅう店』の秘伝の甘味噌だれをたっぷり塗り、2度焼きしたもの。和洋折衷の組み合わせが意外にも合う。
スズキ時計店
一生モノの錘(おもり)式カッコー時計が揃う専門店
時計を散りばめた南ドイツ風の外観もさることながら、店内に居並ぶドイツ黒い森地方の錘式カッコー時計は圧巻のひと言。現地の職人が手間をかけて仕上げたもので、童話などに着想を得た物語性が個々の時計に込められている。平均価格は約10~15万円で大切な人への贈り物にも好適。
丸山下駄製造所
桐下駄と歩み続けて70余年
御年86歳の下駄職人・丸山清美さんが丹精込めて作り上げた桐下駄を販売(男性用の真物〈まぶつ〉で約5000円など)。温かみある桐材ならではの魅力や製造過程における苦労話に始まり、下駄特有の適切な寸法や形状の違い、手入れ方法まで、丸山さんが穏やかな語り口で丁寧に教えてくれる。
河岸段丘カフェ
居心地のよさも人気の開放的な店内
河岸段丘上の特等席に位置し、ゆったりとした店内からは赤城山をはじめ広がりのある風景を一望。自慢のアップルパイをはじめとしたスイーツや種類豊富なドリンクはもちろん、ランチメニューのキッシュプレート1350円(10食限定)も気になる。
とんかつ金重(かねじゅう)
随所に丁寧な仕事ぶりがうかがえる人気店
上州沼田とんかつ街道加盟店の一つで、昼どきには行列ができるほど(未就学児は入店不可)。超熟尾瀬ドリームポークのロースかつ定食2050円は厳格に飼育・管理された銘柄豚を低糖質パン粉でまとい、低温で2度揚げした一番人気。ほかに同ヒレかつ定食2150円など。
南郷の曲屋(なんごうのまがりや)
江戸中期の街道風情を今に伝える
かつての沼田往還(日光裏街道)沿いにあり、馬を置くための厩(うまや)を備えた曲屋形式の主屋が目を引く。地元の名家である旧鈴木家住宅を一般に公開した施設で、主屋の竣工は天明5年(1785)と推定。民具や農具を展示した土蔵も見学できる。
ぎょうざの満洲 東明館
片品川に面した使い勝手のよい老神温泉の宿
「3割うまい!!」のキャッチフレーズで知られる『ぎょうざの満洲』(本社・埼玉県)が運営する温泉宿。同店のメニューが揃うレストランを併設し、湯量豊富な自家源泉を引いた内風呂と露天風呂はいずれも源泉かけ流し。宿泊費は通年同一料金で素泊まり6500円(1室2名以上の場合の大人1名料金)。
吹割渓谷
片品川の流れが育んだ自然の造形美
奇岩や滝が続く景勝地で、渓谷を巡るように遊歩道が整備されている(12月中旬~翌年3月下旬は通行止め)。最大の見どころは日本の滝百選の一つで、東洋のナイアガラとも称される吹割の滝だ。落差を誇る滝とは異なり、川床の岩の割れ目に糸を引くように水が流れ込む様子は優美ですらある。訪れる際は歩きやすい格好で。
【耳よりTOPIC】老神温泉に世界一長い大蛇みこしが登場
老神温泉の開祖とされ、守り神として古くより崇(あが)められている蛇。例年5月の第2金・土曜日には「大蛇まつり」が催され、蛇をかたどったみこしが温泉街を練り歩く。見ものは12年に一度の巳年に合わせて渡御(とぎょ)する長さ108.22mの世界一長い大蛇みこしで、いよいよ来年その機会が巡ってくる。2025年は5月9・10日開催。
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2024年12月号より