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城崎(きのさき)温泉『富士見屋』。人生経験を積んだ二人だからこそ提供できる“心地よい滞在”
口コミ「2.4」からの新たな挑戦——。元ライターで城崎温泉『富士見屋』の女将が、これまで培ってきた感性を携え、自身の“好き”をベースに、器や内装をセレクト。夫婦二人三脚で、心に残る滞在を丁寧につくり上げる。
不人気職業の“看護婦”になる決意をした大関和。養成所で待っていたのは、生涯の盟友・鈴木雅との出会い【大関和の東京を歩く(2)】
神田から下谷に向かって南北に延びる路地に、瓦と土を交互に積み上げた縞紋様の練塀に囲まれた旗本屋敷が立ちならぶ。江戸期は「下谷練塀小路」の通称で呼ばれ、維新後の町名もそれを継承して下谷練塀町(現在は神田練塀町)に。「日本プロテスタントの父」と呼ばれた植村正久が主催する「下谷一致教会」はこの町内にある。連続テレビ小説『風、薫る』の主人公のモデル・大関和(ちか)が住む五軒町からは直線距離で約400m。徒歩で10分程度と近く、彼女もよく教会を訪れる。英語が上達せず通訳の職が見つからない……とか、悩みを聞いてもらっていたのだが。すると、「看護学を学んでトレインド・ナースになってみませんか? 通訳よりもそちらのほうが、あなたに向いた仕事だと思います」植村がそんなことを言いだした。
両国で買った花束と、あの頃ちいさな家出を繰り返していた理由【まちまち通信/ひらいめぐみ】
家出が好きな子どもだった。「家出」といっても、行き先は実家から半径50m以内の、数軒先にある近所の家のそばだ。その家の石垣に隠れながら、家族が迎えにこないかと、石垣の陰からちらちらと実家の窓に目をやっていた。心配して外の様子を見ているんじゃないか、と思ったからだ。しかし、何分経っても誰も来てくれないことがわかると、とぼとぼと自宅へと帰るのがお決まりだった。街の外はおろか、自分の住む地区すら出ていないなら、もはや家出とは呼べないかもしれない。理由はいつもささいなものだったけれど、根底には「早く実家を出てひとり暮らしをしたい」という気持ちが自分の中にいつもあった。
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