ここは高尾山? 山梨?

学生時代、八王子のキャンパスに通っていた。そこで行われた秋の学園祭で、某ラッパーがひとこと。

「都心より10℃気温低いよね! ここは高尾山? 山梨?」

都会人から遠さの比喩に挙げられた高尾だけど、地元生まれの人にとっては離れがたき我が町だ。

晩秋には色づく、甲州街道のイチョウ並木。
晩秋には色づく、甲州街道のイチョウ並木。

「自然豊かで暮らしやすいから、引っ越してもいつも市内。昔は、館(たて)高校を出て高尾にあった電機メーカーに就職し、館ヶ丘団地に住むのが高尾のエリートコースといわれた時代も!」と地元生まれで『啓文堂書店高尾店』の店長さん。

高尾で『のり弁亭』や『屋台ラーメン しゅんやっちゃん』をはじめた57Group代表の落合俊哉さんも、地元愛がモーレツに深い。

「会話はまず何小(なにしょう)出身? 何中(なにちゅう)出身?から入りますから。57Groupも昭和57年生まれを中心に地元メンバーで固めてます」

2021年開店の『屋台ラーメン しゅんやっちゃん』。無化調の八王子ラーメン750円が人気。
2021年開店の『屋台ラーメン しゅんやっちゃん』。無化調の八王子ラーメン750円が人気。

好きなことを自然体でやれる街の包容力

かたや、都心との適度な距離感を心地よいと捉える移住組も。トレランブランド『ANSWER4』を立ち上げ、2015年に移住してきた小林大允(ひろまさ)さんは店の窓から指をさし「すぐそこに高尾山が見えるでしょ? ここだったら朝走ったあとすぐ出社できるし、ギアのフィールドテストもしやすいんです」。

小林さんは高尾のアウトドア×クラフトビールカルチャーを根付かせたひとりでもある。高尾ビールとコラボしてアルコール度数低めの下山後向けビールを造ったほか、パイントグラスまで商品化!

小林さんのトレラン仲間でもある木戸孝典さんも2021年に移住。『My home // Coffee,BAKES,BEER』をその年にオープンした。

「高尾に何度か走りに来るなかで、水遊びできる川など自然が身近にあり、子育てしやすいイメージが湧いたんです」

お店中央には広いベンチが置かれ、下山後のラフな格好でも気兼ねなく座りやすい。開業前に木戸さんが手伝っていた高尾ビールの樽生も飲めるので、ハイキング後のプチ打ち上げにもってこいだ。

「生まれ育った日野より、時間の流れがさらにゆるやか」と2023年に引っ越ししたばかりなのが『パイ専門店 ことら』の中尾龍亮さん。

「高尾駅周辺に素敵な個人商店がたくさんあるのを知ったのは、移り住んでから。老舗の方にお店を応援してもらうなど、高尾の方の温かさを実感しています」

北口から見た高尾駅は寺院風。ここからバスで小仏峠方面へ向かう登山者も。
北口から見た高尾駅は寺院風。ここからバスで小仏峠方面へ向かう登山者も。

個人商店を地でいくのが、須甲晶子さんがひとりでパンを焼く『チチ』だ。多くの移住者と違い、須甲さんは決して山好きではない。

「高尾って下(麓の街)は下で、面白い人や店もたくさんあるんですよ。移住後、こっちのゆったり感が体に合い、最近は小金井より都心側へ行くことが減りました」

『チチ』から甲州街道をさらに南西へ進み、路地を右へ曲がった先にあるのが、ひょうたんたけしさんの暮らす『ひょうたんハウス』だ。たけしさんは、自分に合う楽器を求め、世界を放浪。中国の雲南省でひょうたん笛と出合った。

「初めて演奏したとき、楽器と一体になれたような気がしました」

全国をライブや楽器販売でまわるなか、意気投合したアーティスト・飲食店を招き『ひょうたんハウス』で音楽祭とひょうたん縁市を年数回開催。取材日は音楽祭の日で、地元夫婦のミュージシャンによる、我が子と100年後をつづる歌にウルウル。都心にいるときより10℃、は言い過ぎだけど2〜3℃体が温かくなった気がした。

旧甲州街道と並行する南浅川の梅郷橋を渡ると、天神清水が。
旧甲州街道と並行する南浅川の梅郷橋を渡ると、天神清水が。
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【高尾を知るための11スポット】

『チチ』童話のパンって、たぶんこんな

「小さな小さな喫茶スペースもありますよ」。
「小さな小さな喫茶スペースもありますよ」。

つい素通りしそうな、店主自宅の一画で営む。「小麦粉から起こす酵母を用い、やや酸味のある目が詰まったパンを焼いてます」と須甲さん。ライ麦を20%使った黒パン大や北海道産小麦で作る白パン大各380円は、固定ファンあり!

・9:00ごろ~20:00、月~金休。
・☎042-657-2874

『My home // Coffee,BAKES,BEER』高尾LOVERの新サードプレイス

クラフトビールは樽生4種と缶が約30種!
クラフトビールは樽生4種と缶が約30種!

「高尾でおいしいコーヒーやビールを飲める場、浅川や陵南公園に遊びに来た人が憩える場を作りたかった」と木戸さん夫婦。浅煎りのオリジナルブレンド580円は、奈津子さん手製のバスク風チーズケーキ540円と相性よし。

・13:00~18:00(金・土12:00~、日・祝12:00~17:00)、月・火休。
・☎なし
・Instagram:myhome_coffee.bakes.beer

『ならさんち』あの頃の風景が、今もここに

「私は子供が大好き! 手作り糀味噌もぜひ」
「私は子供が大好き! 手作り糀味噌もぜひ」

東浅川で半世紀、駄菓子も豊富で老若男女に愛された「奈良酒店」。2021年に閉業後、自宅駐車場を改装し、駄菓子中心の店として再スタート。子供が計算しやすいよう電卓を置いてあげたり、相談事を聞いてあげたりと、店主・奈良紀子さんの気配りが随所に。

・10:00~19:00、不定休。
・☎042-661-4061

『Living Dead Aid by ANSWER4』トレラン好きの高尾ベース基地

アウトドア×クラフトビールを高尾に根付かせた『ANSWER4』。
アウトドア×クラフトビールを高尾に根付かせた『ANSWER4』。
サポートアスリートの意見をギアに反映!
サポートアスリートの意見をギアに反映!
フォーカスライト 2万5800円。
フォーカスライト 2万5800円。

トレイルランナーの小林さんは「自分に合う、長距離を走れるバックパックを作りたい」と、『ANSWER4』を立ち上げた。自らミシンを踏み、フォーカスライト2万5800円などを開発する。店の巨大冷蔵庫には高尾ビールとのコラボを含め約40種が並び、山を走ってきたランナーが喉を潤す姿も。

・14:00~18:00、不定休。
・☎なし
・Instagram:livingdeadaid

『のり弁亭』おともにすれば高尾ハイクがぜいたくに

焼き浸しの鮭が主役の川のり弁もおすすめ。
焼き浸しの鮭が主役の川のり弁もおすすめ。

高尾で『炭火焼肉ごしち』を営む落合さんが、海苔弁好きが高じて開業。「知り合いの有明の漁師さんから、いい海苔を安く仕入れられるんです」。鶏の炭火焼が覆う山のり弁1200円ほか各弁当は、敷き海苔の下にさらに自家製佃煮も敷かれており、ごはんが進む!

・11:00~15:00(売り切れ次第終了)、月休。
・☎042-690-9992

『Garally N』工房で焼く自家製カップが素敵工房で焼く自家製カップが素敵

高尾出身でデザイナーの中嶋寛充さんが、妻の栄子さんの要望を取り入れ、空間設計。夫婦でデザイン・ディレクションした陶器や洋服、アクセサリーなどが並ぶ。いちょう祭りの時期は中庭と工房スペースも開放し、栄子さん手製の料理も提供!

・10:00~18:00、日・祝休。
・☎042-664-2415

『パイ専門店ことら』ぽかぽか家族とサクサクパイと

「店名は虎太朗と虎士朗、我が子の名前から!」
「店名は虎太朗と虎士朗、我が子の名前から!」

小学生の頃からパイ作りをしていた中尾さんが、2023年春にオープン。秋はスイートポテトパイ、パンプキンパイ各430円、アップルパイ400円前後など、冷凍物は使わず食材の旬にこだわる。「ホールをカットではなく、一個ずつ作ることでどこから食べてもサクサクです」。

・10:00~18:00(売り切れ次第終了)、木・日休
・☎なし
・Instagram:kotora0424

『峰尾豆腐店』やわらかな地下水は老舗の命

「毎日深夜3時台から豆腐作りを始めます」
「毎日深夜3時台から豆腐作りを始めます」

裏高尾の旧甲州街道沿いで75年以上。「地下からくむ高尾山系の井戸水で豆腐を仕込んでいます」と3代目の峰尾勝さん。秋田産大豆のリュウホウ100%で作る寄せ豆腐250円は、豆の甘み濃厚! おからドーナツ5個450円はハイカーの土産としても人気。

・8:00~17:00、日休。
・☎042-666-0440

『啓文堂書店 高尾店』つい足が向く高尾っ子の駅前本屋

他店であまり見かけない地元揺籃(ようらん)社の書籍も!
他店であまり見かけない地元揺籃(ようらん)社の書籍も!

京王高尾ビルの2階にあり、高尾・八王子の町歩きや登山・自然ガイドをはじめ、健康書、コミックなどが広い店内に並ぶ。「地元のお客さまは我が町の歴史が大好き。一画には専門コーナーも設けています」と店長さん。

・10:00~22:00(土は~21:00、日・祝は~20:00)、不定休。
・☎042-665-1800

『ひょうたんハウス』ふもと暮らしの幸せをおすそ分け

「息継ぎしない循環呼吸でこの場へ精霊を呼ぶ!」
「息継ぎしない循環呼吸でこの場へ精霊を呼ぶ!」

ひょうたん笛奏者・たけしさんが、自宅を改装し、不定期で音楽会や小さなマルシェを開催。2023年11月からギャラリー運営もはじまり、楽器やアーティストの作品も展示予定。炭火で焙煎したコーヒー500円程度も味わえる。

・おもに毎月第1火~土の11:00~15:00ごろ。
・Instagram:takao_hyoutan_house

『食券スパゲッテイー 熊三』個性派ソースでもちもちパスタを

ディナーは日本酒や一品料理もご用意!
ディナーは日本酒や一品料理もご用意!

エビ味噌がガツンと濃厚な海老クリーム1200円や、イワシとトマト1100円などの各スパゲティで、生パスタの心地良い食感を堪能できる。「100円追加で麺をフィットチーネに変更できます」と大熊和宏さん。

・11:00~14:00LO・17:00~20:00LO(月~木はディナー休)、水休。
・☎070-8414-4678

取材・文=鈴木健太 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2023年11月号より