ラフな空気が漂う小さな珈琲豆専門店
下北沢駅から歩いて4分ほど、商店街の路地に入ると現れる『こはぜ珈琲』。オープンでラフな雰囲気をまとう外観は、どこか海外の街中にあるカフェを思わせる。
店内に一歩入ると、コーヒーの良い香りが漂ってきた。レジの横には木箱に入った珈琲豆がずらりと並んでいて、思わず一つひとつ覗きたくなってしまう。
『こはぜ珈琲』では、常時30種類の珈琲豆を販売している。量り売りのためお気に入りの豆を好きな分だけ購入できるほか、100gから購入できるため、数種類の豆を少しずつ楽しむこともできる。オリジナルのブレンドは、店の名を冠した“こはぜ ブレンド”をはじめ、下北沢の名物祭「しもきた天狗まつり」にちなんだ“しもきた天狗ブレンド”と、この街らしいラインナップだ。
珈琲豆はすべて、好みに合わせて焙煎具合や挽き加減を選べるセミオーダーのスタイル。自分のコーヒーの好みを探りやすいことから、この店で“珈琲豆デビュー”を飾る人も多い。
店主の谷川隆次さんは「幅広い方がコーヒーを楽しめるよう、豆の産地、味わいともにバリエーション豊かにご用意しています。毎回、購入する珈琲豆の産地を変えて、ちょっとした旅行気分を楽しんでいるお客様もいますよ。珈琲豆をきっかけに、その国の風土に興味を持つのも面白いと思います」と朗らかに話す。
店の奥へと進むと、自家焙煎の珈琲豆を使った淹れたてのコーヒーを味わえる喫茶スペースも。
「ご注文後に豆を焙煎・粉砕するため少しお時間をいただきますが、その間、下北沢の街を散策してもらったり、こちらの喫茶スペースで休憩してもらったりと、自由に過ごしてもらっています」
喫茶スペースは、近場に住んでいる人や働いている人など、地元の人たちが自然と集まる憩いの場所となっている。
人との縁をつなぐ独自のサービスが好評
谷川さんに、店をオープンしたきっかけを尋ねてみると「実はこの店、もともとはチェーン店で僕はフランチャイズオーナーでした。それから、より自分が思い描くサービスをお客様に届けたいという想いが強くなり、2016年に独立し『こはぜ珈琲』として再オープンしたんです」と、意外な一言。
前身の店から、コーヒーを提供するだけではなく店内でイベントを開催するなど、谷川さんが考えるオリジナリティにあふれたサービスが話題を呼んでいた。
その中でも、現在まで続けているサービスのひとつが「恩送りカード」だ。コーヒーを飲んだら1ポイントが貯まるポイントカードで、12ポイント集めると自分以外の誰かにコーヒーを1杯ごちそうできる。
ごちそうする相手は特定の人以外にも、『こはぜ珈琲』のファンの人、下北沢に住んでいる人、メガネをかけた人など、アバウトでオーケー。さらに、おごってもらった人は同じカードにコメントを残すことができるので、カードを通じて人と人との小さな交流が生まれる。
「このサービスは、海外のお客さんとの会話からヒントをもらってひらめきました。見知らぬどこかの誰かに“ありがとう”と言ったり、言われたりする体験はなかなかないのかなと。手書きの文字から書いている人の人柄が想像できたり、アナログならではの良さも感じられると思います」と谷川さん。この店では、コーヒーを飲みに来たついでに、見知らぬ誰かとつながるような温かい気分も味わえるのだ。
もうひとつ注目したいのが、店で販売されているオリジナル商品や店内の随所に施されているポップなイラスト。イラストを手掛けているのは、現役で働いているスタッフだ。絵本作家の夢を持つスタッフが、活動の場を広げられるよう商品のイラストに採用したところ、スタッフ個人に仕事が舞い込んでくるようになったという。
こうした、この店ならではの温かいサービスや心遣いが、お客からもスタッフからも愛される理由のひとつとなのだろう。お客だった人がスタッフとして働くパターンが多い、という谷川さんの言葉にも納得した。
喫茶スペースで香り豊かなコーヒーと軽食を楽しむ
喫茶スペースで提供するのは、自慢のブレンド珈琲(290円という良心価格!)をはじめ、ホット、アイスを合わせて10種類以上そろえたドリンクメニュー。コーヒーと一緒につい注文したくなるのが、ハムチーズ、ツナチーズ、小倉から選べるホットサンドイッチや、日替わりスイーツだ。
この日は、コーヒーの苦みとコク、ミルクのまろやかさがマッチした優しい味わいのミルクたっぷりラテと、大粒のあんこがトーストにぎっしり詰まったホットサンドイッチを味わった。一杯のコーヒー、そしてホットサンドという喫茶店の王道コンビは、ショッピングや散策中にほどよく疲れをほぐしてくれるだろう。
暑い日には、まん丸の大きなアイスが浮かんだコーヒーフロートもおすすめ。自家焙煎の豆を使ったアイスコーヒーは、一口飲んだだけで苦味とコクが豊かに口の中に広がる。さっぱりとしたアイスとの組み合わせもたまらない。
新しい刺激に満ちた下北沢の街で、昔ながらの街の雰囲気を残す『こはぜ珈琲』。肩ひじ張らず、味わい深いコーヒーを味わいたいときには見逃せない一軒だ。
取材・文・撮影=稲垣恵美