モンゴル語に対応したフォントがなくて困った!

モンゴル語はタテ書きなのか!
『一笹焼売』の人々に教えられたその事実に、まずは驚いた。漢字をルーツに持つ言語はタテ書きにも対応できるそうだが、モンゴル語の場合はヨコ書きがなくタテ書きのみ。困ったのは本誌編集部であった。
この連載、メニューや店名、国名(地域名)には現地の言語を添えるようにしている。だいたいお店の方にデータで送ってもらう。
ところが「タテ書きのモンゴル語」に対応したフォントが日本には(たぶん、ほとんど)ない。僕たちの環境ではPCでもスマホでも文字化けしてしまう。そこで『一笹焼売』のスタッフの知人でフォントを持っている方に出力したものをPDF化してもらい画像として処理し、それをデザイナーにうまいこと組んでいただき、どうにか形にしたというわけだ。
「モンゴル文字をいまでも使っているのはむしろ、モンゴルよりも内モンゴル自治区のほうではないかと思います」
と、お店のスタッフたちは言う。ここは同じモンゴルでも、第6回で紹介した「モンゴル国」ではなく、中国の「内モンゴル自治区」の人々が経営するお店なんである。

店長のニキさん(中央)、シェフのスリガラドさん(右)。ほかのスタッフも内モンゴル出身。
店長のニキさん(中央)、シェフのスリガラドさん(右)。ほかのスタッフも内モンゴル出身。

どちらも同じモンゴル民族が暮らす土地ながら、歴史的経緯から違いはいろいろだ。モンゴル国は人口340万ながらキリル文字を導入しているし、内モンゴル自治区は伝統的なモンゴル文字を使う。400万人のモンゴル族が住むものの、それをはるかに上回る漢民族の入植が進み、中国の圧を受け続けてきた。それでは、料理には違いがあるのだろうか。

モンゴル料理に中国、ウイグルの影響

焼売の餡を一つ一つ丁寧に包む。
焼売の餡を一つ一つ丁寧に包む。

「内モンゴルはモンゴルよりも野菜をたくん使いますよね。中国の影響だと思います」
と教えてくれたのは店長のニキさん。自治首府フフホト出身で、なんと元四川航空のCAという女性だ。
「モンゴルのほうはロシアの影響を受けてますよね。ポテトサラダをよく使いますし」
どちらの「モンゴル」にも共通しているのは羊肉への深い愛だ。
スペアリブをそのまま塩ゆでしただけの〝マンモス肉〞的なやつを、黒酢醤油とニンニクベースの辛いタレにつけて食べてみる。シンプルに旨い。手が止まらない。
ちなみに羊肉はアイスランド産を使っているのだとか。これはなかなか珍しい。羊肉を扱う外国人の店で聞くと、だいたいオーストラリア産かニュージーランド産という答えが返ってくるものだ。

羊肉麺980円は塩ベースに少し牛乳を加えたスープに、腰のある太麺がよく合う。シェフの実家の味だとか。
羊肉麺980円は塩ベースに少し牛乳を加えたスープに、腰のある太麺がよく合う。シェフの実家の味だとか。

「アイスランドのものは、ちょっと高いんですが肉質が良くて臭みが少ないんです」
そして羊肉のみっちり詰まった焼売は、ふわふわに縮れた皮がなんとも特徴的だ。
「食感がいいでしょう。モンゴル民族はこれが好きなんですよ」
タレはラー油と黒酢を混ぜるのがおすすめだとか。この焼売はフフホトで焼売店を営んでいるニキさんの父の味なのだそうだ。
「中国料理とモンゴル料理のミックスがこれですね」
続いて出てきたのは、胃、タン、ハツなど羊の内臓5種を、中国風に辛く炒めたものだ。飯がいくらでも進むやつだ。
さらに羊肉の人参チャーハンは、ウイグル民族の影響を受けた味つけなのだという。料理というのはこうして周辺民族の舌を取り入れつつ、変化していくものなのだろう。
「でも、モンゴル料理は和食と似ていると思うんです」
とニキさん。素材の味を大事にして、中国料理ほどは調味料やスパイスを使わないところに、どこか同じ根を感じるそうだ。
「モンゴル料理で使うのは、塩、醤油、黒酢、胡椒くらいです」
日本でいう「料理のさしすせそ」のようなものだろうか。シンプルな料理なのだ。

羊の骨でしっかりダシを取る。これでつくるスープや麺が抜群においしい。
羊の骨でしっかりダシを取る。これでつくるスープや麺が抜群においしい。

御徒町はもはや「羊肉の街」になっている

スタッフは皆、内モンゴル出身のモンゴル族だという『一笹焼売』。御徒町近辺には内モンゴル人のコミュニティーがあるのだろうか。
「それが、とくにないんです。東京のあちこちや、大阪にもいますし」
と、第6回でも聞いたようなことをスタッフたちは話す。「それはやっぱし、まとまって定住しない遊牧民だから?」と、あのときも尋ねた質問を投げると、「そうかもしれない」と笑う。ならどうして、御徒町だったのか。
「上野や御徒町は、日本に来て何年か暮らした中国人が多いんです。西川口と同じかな。日本に来たばかりの人や、留学生は新大久保や高田馬場。池袋はもう、いろんな人がいるから(笑)」
中でも御徒町にはここ数年、中国のさまざまな地域のレストランが進出し「ガチ中華の街」と注目されている。
「とくに羊肉を出す店が多いから、羊肉を食べるために御徒町にやってくる人もいるんです」

馬頭琴、難しい!音が出ない。
馬頭琴、難しい!音が出ない。

日本人の知らないところでいつの間にやら、御徒町は「羊の街」として認知されつつあるという。なので内モンゴル料理にはチャンスがあると、出店を決めた。2021年8月のことだ。
内モンゴル自治区の人が日本にどのくらい住んでいるかはわからないそうだが、留学生は増えているという。
「モンゴル語と日本語は文法が似ているから学びやすいんです。それに内モンゴルの人は中国語も、漢字もわかります。だから日本語を身につけやすいんです」
そんなことを話しながら、キビを入れたヨーグルトや、小麦粉で作ったほの甘いお菓子をいただく。塩味の効いたミルクティーが実に合う。
店内に飾ってあった馬頭琴に挑戦してみると、シェフのスリガラドさんが弾き方を教えてくれた。手に取る日本人のお客も多いそうだ。その都度、ちょっとだけ心得のあるスリガラドさんが手ほどきする。内モンゴルのことや、モンゴル民族の文化を日本人にも知ってほしいのだと話す。ともかくは羊を食べに行ってみてはどうだろう。

韓国料理店が多く立ち並ぶ東上野に立つ。
韓国料理店が多く立ち並ぶ東上野に立つ。

『一笹焼売』店舗詳細

住所:東京都台東区東上野1-19-2/営業時間:11:30〜14:30・17:30〜21:30/定休日:火/アクセス:地下鉄日比谷線仲御徒町駅から徒歩2分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2023年4月号より