バングラデシュ人民共和国
インド亜大陸の東部、ベンガル湾に面して広がる国。日本には首都圏を中心に約2万5000人が住む。留学生、経営者や会社員とその家族、永住者が多い。都内では北区・十条や新宿区・新大久保、大塚の位置する豊島区などにコミュニティーがある。
「第二の新大久保」ともいわれる街は、行き交う顔ぶれも多国籍
まずは北口を西へと歩いてみれば、大正時代から花街が栄えたという歴史からか、いまも飲み屋が多い界隈なのだが、その合間にちらほらとガチ中華やタイ料理やミャンマーのレストランが並ぶ。ベトナムのガールズバーだとか、ミャンマーの炊き込みご飯ダンバウの専門店まであるのだ。さらに空蝉橋通りを越えた先には、これまたミャンマーやベトナムや中国の食材店がにぎわっていて、なかなかに面白い。
南口はさらに濃度が上がる。狭い路地が入り組む昔ながらの商店街の中に、ネパールやベトナムのレストラン、ハラル食材の店が点在し、行き交う顔ぶれも多国籍だ。そんな一角に立つのは、バングラデシュ料理のレストラン『ベンガルビストロ スナリ』だ。店を営むラーマン・エービーエム・モジブルさんは言う。
「2019年、2020年頃からですよね、これだけいろんな国の店が増えたのは。いまじゃ『第二の新大久保』みたいですよ」
筆者の住処(すみか)であるアジア多民族タウン新大久保に、なるほど大塚は空気が似てきているのだが、その土台となったのは近所にあるモスク「マスジド大塚」の存在だという。パキスタン人を中心に運営されているこのモスクが1999年に建立されて以降、大塚には国を問わずちらほらとイスラム教徒が集まるようになったのだ。
そんな街にラーマンさんがやってきたのは2008年のこと。「なにか商売ができないかと思って」と開いたのはハラル食材店だった。するとまわりにも少しずつ、同胞のバングラデシュ人や、イスラム系のミャンマー人が集住するようになってくる。
さらにはイスラム教徒以外のミャンマー人や、ネパール人、ベトナム人たちもだんだんと増えてきたのだが、これは池袋という巨大ターミナルから近い割に家賃が安いこと、加えて昔から雑多な人が入り混じる地域だっただけに、外国人にも部屋や店舗を貸してくれる物件が多いという理由もあるだろう。それに東南アジアや南アジアの人々は、大塚のようなごちゃついた下町を好む傾向もあるように思う。
そして2020年にラーマンさんが新しく『ベンガルビストロ スナリ』を開いたあたりから、駅の周辺にはほかの国のレストランや食材店などが一気に増えていった。
いまでは都内の外国人コミュニティーを語る上で、そして「異国メシ」を食べ歩くにも、大塚は外せない街になっていると言えよう。
バングラデシュ風の“めしの供”あれこれ!
「バングラデシュは日本と同じように、ごはんとおかずの文化ですよね」
ラーマンさんは言う。南アジア文化圏でも、バングラデシュからインド東部にかけて広がる「ベンガル地方」の料理は、米が中心で野菜をふんだんに使い、スパイスは控えめだから、日本人にもなじみやすいように思う。
その象徴ともいえるメニューが「バルタ(ボッタ)」だろうか。マッシュ料理のことだ。さまざまな具材をスパイスとともにマスタードオイルでマッシュした家庭料理で、これは店の数だけ、家庭の数だけ種類があるという。バングラデシュの首都ダッカには専門店もあるほどだ。
『ベンガルビストロ スナリ』にもいろいろなバルタがあるのだが、ラーマンさんおすすめのトマト、オクラ、ナスをチョイス。どれもマスタードが香り、なんともさわやかだ。とりわけナスはとろりとした食感が楽しい。
このバルタ、軽く炊かれたバスマティライスにはとっても合うのだ。まさにベンガルの“めしの供”といったところで、いかにごはんを旨く食べるかというのがベンガル料理のキモのように思うが、「バジ」もやっぱり同じような位置づけの総菜だ。こちらはスパイスを利かせた炒めもの。じゃがいもとカリフラワーのバジは塩とターメリックで味つけされていて、これまたごはんが進むのだ。
そしてバングラデシュといえば、なんといってもサカナなんである。海に面しているし、ガンジス川をはじめ無数の河川が国土を流れているので、水産資源がとにかく豊富。
とりわけイリッシュ(ニシンの一種)は沿岸から汽水域に生息し、バングラデシュ人のたんぱく源となっている「国魚」だそう。これをマスタードベースのカレーでいただくと、ごはんがどんどん減っていく。
食材コーナーもやっぱり多国籍
それにしてもラーマンさんを見ていると、本当によく働くなあと思う。隣接する食材店のほうにも目を配り、両方を行ったり来たりしながら客の応対をし、コックたちを差配する。
「いらっしゃい、元気ですか」
ラーマンさんが日本語で話しかけたのはヒジャブをかぶった女性。インドネシア人で、常連なのだとか。マスジド大塚に寄ったついでだろうか。なにやらどっさり食材を買い込んでいくが、その重たそうな荷物を運ぶのをラーマンさんがなにやら笑い合いながら手伝っている様子は、なんだか下町の商店街のようだ。
かと思ったらネパール人だという客が買い物にやってくる。売っているのは基本的にハラル食材だけど、肉、魚、米、豆、調味料、お菓子などなど南アジア、東南アジアの幅広い食文化に対応した商品を置いているので、イスラム教徒だけでなく、実にいろいろな人が出入りするのだ。各商品には日本語の説明書きも添えられているし、軒先には民族問わず需要のある野菜や果物も並べてあるから、日本人のおばちゃんが品定めしていることもある。
ここは、新たな多民族タウンとして変化し続けていく大塚を象徴するような店なのだ。
『ベンガルビストロ スナリ』店舗詳細
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年7月号より