取材・文=パン探偵 高野ひろし

1958年東京生まれ。中高6年間の弁当はすべてサンドイッチ、最低でも1日1食、時には3食パンの日もあるパン食い人。全日本トーストサンド協会・関東支部長。

「麗しききつね色よ、君はどこから来たのだ?」
「麗しききつね色よ、君はどこから来たのだ?」

第一話 地の利と工作の融合 『はまの屋パーラー有楽町店』[有楽町]

築半世紀超えのモダンなオフィスビルの地下、変わらぬたたずまいのまま時を刻む名店『はまの屋パーラー』で、私がいつも頼むのはトーストサンド。パンの香ばしさは具の味を一層引き立てる。しかし今日のターゲットはトースト一点。

バタートースト550円、はまの屋特製クリームソーダ750円。
バタートースト550円、はまの屋特製クリームソーダ750円。

タテ1本、ヨコ2本の切れ目からふっくら生地に染み渡るマーガリンは、きつね色の表面から入り込む油分とはひと味違う。

心憎い絶妙な切れ目。パン探偵はふと思った。(これは一体どこのパン?あっという間にマーガリンが染み込む秘密は?)。
心憎い絶妙な切れ目。パン探偵はふと思った。(これは一体どこのパン?あっという間にマーガリンが染み込む秘密は?)。
パン探偵「このおいしさの秘訣はなんですか?」 店長「毎日出来立てのパンが届くんですよ」。
パン探偵「このおいしさの秘訣はなんですか?」 店長「毎日出来立てのパンが届くんですよ」。

「マーガリンは溶けやすいように、予(あらかじ)めミキサーをかけているんですよ」と、店長がにやり。

パンは切り置きせず、注文ごとにスライス。
パンは切り置きせず、注文ごとにスライス。
なるほど、マーガリンはミキサーをかけておくと溶けやすくなるのか!
なるほど、マーガリンはミキサーをかけておくと溶けやすくなるのか!

この耳の食感の良さは、毎日大量に入荷する新鮮パンと、常に切り立てを焼くこだわりが生むのか? 耳を残す人がいないのもうなずける。

どこのパンかって?
フフフ、私は知っている。パンの袋に、『新橋ベーカリー』の名前がしっかり印刷されていることをね。諸君、パン探偵をあなどるなかれ。

このパン袋のデザインには見覚えがあった。
このパン袋のデザインには見覚えがあった。

では桃シロップを使った特製クリームソーダを飲みながら、三田工場から届く、ソフトな焼き目に仕上げたパンを頂くとするかな。

「パンの味を引き立てる技の謎、解明。これにて一件落着!」 近場の調達とマーガリンのひと工夫に瞠目する、パン探偵であった。
「パンの味を引き立てる技の謎、解明。これにて一件落着!」 近場の調達とマーガリンのひと工夫に瞠目する、パン探偵であった。

『はまの屋パーラー有楽町店』

住所:東京都千代田区有楽町1-12-1 新有楽町ビルB1/営業時間:10:00~18:00(日は10:00~17:00)/定休日:祝(不定休あり)/アクセス:JR・地下鉄有楽町駅から徒歩1分

第二話 早朝だけの芳醇 『トリコロール本店』[銀座]

銀座の朝、お気に入りの『トリコロール本店』へ。
銀座の朝、お気に入りの『トリコロール本店』へ。

商業ビルの狭間にちょこんと控える瀟洒(しょうしゃ)な2階建て。磨き上げた調度品に囲まれて、『トリコロール』のモーニングを摘まむひとときは、銀座の朝のぜいたくだ。

パン探偵「コーヒーの深い香りがトーストを引き立てますね」 スタッフさん「ネルドリップは変わらぬスタイルです」。
パン探偵「コーヒーの深い香りがトーストを引き立てますね」 スタッフさん「ネルドリップは変わらぬスタイルです」。
モーニングセット930円。
モーニングセット930円。

いや待てよ、油脂や砂糖を抑え、小麦の香り立つパン・ド・ミなのに、噛み締めた時のコクと味わい、これはどこから来るのだろう?

パン探偵「焼くところ、よく見せてください」 スタッフさん「この先はヒミツです!」。
パン探偵「焼くところ、よく見せてください」 スタッフさん「この先はヒミツです!」。

厨房は見せてくれないしなぁ……と半ば諦めかけていると、
「広尾に本店がある『ブルディガラ』のパンを使っています」
とスタッフさんのひと言。しかも発酵バターを使っているという。どおりでコクが生まれるわけだ。まずは何も塗らずにひと口やりたい気持ちにさせる。

パン探偵「これが毎朝使っているパンですか!」 パンは広尾の『ブルディガラ』のものだった。
パン探偵「これが毎朝使っているパンですか!」 パンは広尾の『ブルディガラ』のものだった。

内側のしっとりを活かすために、表面を一気に焼き上げるから、サクッとした歯応えとしっとりした食感が楽しめ、いくら食べても飽きない。この軽やかにして豊かな旨味が、ネルドリップ特有の濃さと飲みやすさを融合した絶妙のコーヒーに合うんだなぁ。

おはよう、ギンザタウン。

「コーヒーに負けぬパンの風味、心躍るなぁ……」 今回は、パンの隠し味と焼き加減が決め手であった。これにて一件落着!
「コーヒーに負けぬパンの風味、心躍るなぁ……」 今回は、パンの隠し味と焼き加減が決め手であった。これにて一件落着!

『トリコロール本店』

住所:東京都中央区銀座5-9-17/営業時間:8:00~17:30LO/定休日:無/アクセス:地下鉄銀座駅から徒歩3分

第三話 隣人相身互い 『プルミエ』[人形町]

とある日、たまたま入った喫茶店で……。 「どうぞ~」 パン探偵「ありがとう……おや!」。
とある日、たまたま入った喫茶店で……。 「どうぞ~」 パン探偵「ありがとう……おや!」。
「こ、これは!トーストの積み方に見とれてる場合じゃない!」。 バタートースト350円、カフェ・ラテ550円。
「こ、これは!トーストの積み方に見とれてる場合じゃない!」。 バタートースト350円、カフェ・ラテ550円。

『プルミエ』の溶け込み感に痺れる。虚飾を排し、無理に目立たせず、そして喫煙可。

本来、街の喫茶店はこうであった。きまじめさは、積み上げたトーストにも込められる。両サイドの耳を落とした食パンは、やや濃い目の焼き具合。

「焼き目も切り口も美しい……!」。
「焼き目も切り口も美しい……!」。
「人形町の由緒正しい街の喫茶店ってことは……」
「人形町の由緒正しい街の喫茶店ってことは……」

ご主人・佐藤清さんは地元っ子。だから仕入れは案外『まつむら』なんじゃないの?

パン探偵「『まつむら』のパンではありませんか?」 ご主人「その通り!でもね……」
パン探偵「『まつむら』のパンではありませんか?」 ご主人「その通り!でもね……」

「長いお付き合いですよ。でも買うのは業務用パン」と意味ありげに笑う。

ご近所『まつむら』で買う業務用パンとな!
ご近所『まつむら』で買う業務用パンとな!

両サイドの切り口がきれいなのは、焼く前に包丁を少し入れ、焼き上がってから切り落とすため。
「切ってから焼くと焦げちゃうでしょ?」
使うのは牛刀一本。確かに両耳を落としたパンの断面は美しく、焼き目の角も乱れてない。

左右の耳に切り込みを入れてトースターに。
左右の耳に切り込みを入れてトースターに。
焼いてから左右を落とすと切り口がきれい。
焼いてから左右を落とすと切り口がきれい。
コーヒーを行平鍋で温めるのも下町流。
コーヒーを行平鍋で温めるのも下町流。

共に働く佃出身の奥様は、
「コーヒー豆の仕入先は元々月島にあったんです」
と、どこまでも東京の喫茶店だ。私の問いかけに答えながらも、ご主人が焼き上がるまで目を離さないオーブントースターは、
「いつ壊れても買える、ごく普通のですよ」。
脱帽!

奥様「また来てね」。 今回の決め手は、毎日買いに行ける利便性とご近所のよしみだった。これにて、一件落着!
奥様「また来てね」。 今回の決め手は、毎日買いに行ける利便性とご近所のよしみだった。これにて、一件落着!

『プルミエ』

住所:東京都中央区日本橋人形町2-8-10/営業時間:7:00~19:00/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄日比谷線・浅草線人形町駅から徒歩2分

第四話 坂道の誘惑 『穂高』[御茶ノ水]

行きつけの商店街を歩いていると…。
行きつけの商店街を歩いていると…。

昼下がりの田端銀座、小さなパン屋の軒先に置いた棚を、三斤パンが占領してる。店内には年季の入った窯が並び、パンは次々焼き上がる。

田端銀座の『パンのかわむら』は、創業半世紀超えの製造卸店。
田端銀座の『パンのかわむら』は、創業半世紀超えの製造卸店。

川村富士雄さん・裕さん兄弟が営む『パンのかわむら』は業務用パンの製造卸だ。ではこのパンの山脈はどこへ?
「『穂高』って知ってる?」
と古参スタッフの入山さん。

パン探偵「このパンは一体どこへ?」 入山さん「『穂高』って喫茶店に行ってごらんよ」。
パン探偵「このパンは一体どこへ?」 入山さん「『穂高』って喫茶店に行ってごらんよ」。

知ってますとも!
私は御茶ノ水駅前へ急行した。

御茶ノ水・『穂高』はモダンで懐かしい店内。
御茶ノ水・『穂高』はモダンで懐かしい店内。
トースト450円。珈琲600円。
トースト450円。珈琲600円。

斜めに切り分けたトースト、適度な気泡が入った生地は軽やかだけど、空腹を鎮めてくれる満足感もある。焼きすぎない耳の食感もいい。

「これがさっき見たパンの切り口かぁ」。駅前の桃源郷で厚切りを食す幸福。
「これがさっき見たパンの切り口かぁ」。駅前の桃源郷で厚切りを食す幸福。
ガツンと厚く切ったパンは、きっちり一食分だ。
ガツンと厚く切ったパンは、きっちり一食分だ。

長年使っていたパン屋が無くなり、ご近所の喫茶店に教えてもらったという『パンのかわむら』の旨味を、御年81歳(2023年時点)のご主人・粟野芳夫さんが引き出す。長年使い続けているという、『アルプス食品』さんのマーマレードの味と優しい色合いに、心がほぐれていく。

焼き具合から目を離さず、頃合いを計る。
焼き具合から目を離さず、頃合いを計る。
冬のおすすめ。みかんえーど800円。
冬のおすすめ。みかんえーど800円。

喫茶店に行く前にパン屋が先に判明することも、あるのか……。どうやらパン探偵の使命はまだ続きそうだな。

坂道パン屋と高台の喫茶店で巡り合ったパンを、しみじみと味わうパン探偵だった。これにて、一件落着!
坂道パン屋と高台の喫茶店で巡り合ったパンを、しみじみと味わうパン探偵だった。これにて、一件落着!

『穂高』

住所:東京都千代田区神田駿河台4-5-3/営業時間:8:00~19:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・地下鉄御茶ノ水駅から徒歩30秒

撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2023年2月号より