13年ほど前の2013年ごろ、『散歩の達人』の誌面に、場内市場を中心とした築地の人を追う「築地の人びと」という連載があった。 ここで撮影を担当していた私、フォトグラファーyOUは、その後もご縁がつながり築地を撮り続け、2024年には築地の築100年の古民家で個展「築地フィルム」を開催した。 コロナ禍を経て、現在はインバウンドでにぎわう築地場外市場だが、 今もそこに暮らし、働く人々はどのように毎日を過ごしているのか……。時を経ての続編として連載を担わせていただく運びになった。今回は『築地 京富』の5代目・門井直也さんのもとを訪ねた。

はじめは鮭を買いに来ただけだった

佐藤友美子さん。
佐藤友美子さん。

築地場外市場の鮭専門店『昭和食品』。店先に立つ佐藤友美子さんは、「しゃけこさん」の愛称で親しまれている。

私が築地との縁をより深められたのも、しゃけこさんとの出会いがあってのことだった。

彼女は鮭屋の店主として知られる一方で、つきじ獅子祭のお囃子、築地本願寺の納涼盆踊り大会、街の消防団に子ども食堂など、地域活動にも関わり築地場外市場の広報的担い手としても活躍中。

今でこそ誰もが認める「築地の人」だが元々はライターで、築地で生まれ育ったわけではないというから驚きだ。

京橋消防団第6分団で外せない一人。
京橋消防団第6分団で外せない一人。

築地との出合いは二十八歳の頃。年末になると築地へ買い出しに来ることを楽しみにしていた知人に誘われ、初めて『昭和食品』を訪れた。当時の店主は、鮭を売るより話をする方が好きな人だったという。

「落語みたいなもんですよ。延々しゃべってるんです」

客が待っていても話し続ける。そんな不思議な店に、なぜか惹かれた。やがて年末の手伝いを買って出て、店に立つようになった。

鮭に特別な興味があったわけではない。魚屋になりたかったわけでもない。それでも築地に通い続け、気づけば人生の大半をこの街で過ごすことになった。

「今思えば、築地に引っ張られたんでしょうね(笑)」

街が人を育てる

長年の友人で、今も店の切り盛りを手伝ってくれている西塚江美さんと。
長年の友人で、今も店の切り盛りを手伝ってくれている西塚江美さんと。

友美子さんが語る築地の魅力は、魚でも市場でもない。

「人」だ。

『昭和食品』の店先は、まるで街に向かって開かれた縁側のようで、近所の店主が立ち寄り、魚の話をし、祭りの話をし、誰かの近況を話す。

「この街はみんなが見ているんですよ」

店も人も半分は外に開かれている。プライバシーよりも、つながりの方が先にある。だからこそ、人が孤立しない。そのことを最も実感したのは、ご主人が大きな事故に遭ってから。

生活は大きく変わった。けれど築地の人たちは、特別なことをするわけでもなく自然に支えてくれた。店先で声をかけ、一緒に笑い、気にかける。

「ここに来れば気持ちが上がるんです」

ご主人にとって、この街は居場所であり続けた。そしてしゃけこさんご自身もまた、この街に支えられてきた。

「みんな何かを抱えて生きているんですよね」

子ども食堂に関わる中で出会った家族たち。商売を続ける人たち。祭りを支える人たち。それぞれに事情があるけれど、それでも毎日を生きている。

だから人を簡単に判断しない。その視線のやさしさは、長くこの街で人を見てきたからこそ生まれたものかもしれない。

築地の人になる

つきじ獅子祭ではお囃子の山車に乗る。
つきじ獅子祭ではお囃子の山車に乗る。

気がつけば、しゃけこさんも街の担い手になっていた。波除(なみよけ)神社のつきじ獅子祭でのお囃子。築地本願寺の納涼盆踊り大会。消防団や町会の活動。そして子ども食堂。どれも最初から目指していたわけではない。

「気づいたら増えていたんです」そう笑う。

毎朝三時に起きて、お囃子を目覚まし代わりに聞く。納涼盆踊りの日には櫓の上で踊る。盆踊りも、お囃子も、築地という街の文化そのものだ。外から来た人だからこそ、その価値に敏感だったのかもしれない。

お着物もサラリと着こなす粋なしゃけこさん。
お着物もサラリと着こなす粋なしゃけこさん。

鮭の未来を考える

近年、しゃけこさんの視線はさらに先へ向いている。鮭が獲れなくなっているからだ。2025年、北海道の産地を訪れた時、かつて鮭で栄えた町は静まり返っていた。

「時が止まったみたいでした」

海水温の上昇。資源の減少。養殖技術の進化。かつては天然鮭に強いこだわりを持っていたが、生産者たちの努力を知る中で考え方も変わった。

天然鮭はいまでは貴重だ。
天然鮭はいまでは貴重だ。

鮭を通して見えてきたのは、築地だけではない。「日本の食の未来」だった。

現在は全国の水産業に関わる女性たちが集まる「水産女子」の活動にも参加し、魚を取り巻く環境や資源問題について学び続けている。

かつては「築地で楽しく生きられればそれでいい」と思っていたが今は違う。次の世代へ何を残せるのか……そんなことを考えるようになった。

いまや外国人にも人気のしゃけこさんの鮭おにぎりは売り切れ必至。
いまや外国人にも人気のしゃけこさんの鮭おにぎりは売り切れ必至。

しゃけこさんの一日

  • 3:00 起床。お囃子を聞きながら一日が始まる
  • 4:00 朝食と家事、鮭とおにぎりの仕込み準備
  • 6:00 昭和食品へ出勤
  • 9:00 店頭営業スタート
  • 午前〜午後 接客、仕入れ、組合活動、地域活動
  • 14:00頃 店じまい
  • 午後〜夕方 町会、消防団、お囃子、盆踊りの練習など
  • 21:00頃 就寝

元ライターだった彼女は、『築地 鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと』(いそっぷ社)や『鮭とごはんの組み立て方』(誠文堂新光社) といった本を書き、言葉で築地を残した。

築地に生まれたわけではないけれど、築地に魅せられ、築地の人になった。そして今は鮭を売りながら人と人をつなぎ、この街を支え、鮭の未来まで考えている。

しゃけこさんの姿を見ていると、築地という街の魅力は市場でも観光地でもなく、人と人とのつながりそのものなのだと思えてくる。

そしていよいよ始まる2026年の築地本願寺納涼盆踊り大会。「日本一美味しい盆踊り」と親しまれ、築地ならではの食材が並ぶブースには長い行列ができる。

是非この機会に足を運んでみてはいかがだろうか?

納涼盆踊り大会。櫓の上にしゃけこさんの姿が。
納涼盆踊り大会。櫓の上にしゃけこさんの姿が。

第79回築地本願寺納涼盆踊り大会

開催期間:2026年7月29日(水)〜8月1日(土)
URL:https://tsukijihongwanji.jp/news/11529/

住所:東京都中央区築地4-13-14/営業時間:6:00~15:00/定休日:日・水・祝(不定休あり)/アクセス:地下鉄大江戸線築地市場駅から徒歩4分、地下鉄日比谷線築地駅から徒歩5分

取材・文・撮影=yOU(河﨑夕子)