移ろう寂しさもあるけれど、新しさには前向きなんです。

この街の成り立ちは、神奈川県の大山阿夫利神社へ続く参拝道“大山道”が深く関わっています」とは、瀬田玉川神社の禰宜(ねぎ)・高橋知明さん。大山道沿いは、江戸時代に多摩川の対岸へ渡る手前の宿場町として栄え、明治以後も料亭街としてにぎわっていた。二子玉川商店街通りに姿を変えた現在も、人々の往来は絶えないようだ。

国道246号線の高架下の公園に、かつて二子橋で使われていた御影石の親柱が置かれている。
国道246号線の高架下の公園に、かつて二子橋で使われていた御影石の親柱が置かれている。

商店街の人々に話を聞いてみると、「“商店”は減ってきた」という言葉を耳にする。「“モノ”ではなくて“コト”を売る場所が増えましたね」とは、この地で55年続く『西河製菓店』の如澤(じょざわ)賢一郎さん。「けれど、飲食などの若い人たちのお店も増えてきてる。一緒に盛り上げていきたいですね」と、続ける。また、『魚石』の石野菊子さんは、「隣にコンビニができてから、そこでお酒を買って、おつまみにウチで刺し身を買う人が増えたのよ。実は、持ちつ持たれつだったりしてね」。なんとも前向き! 見習わねば。

二子玉川商店街通りは、老若男女多様な人々が行き交う。
二子玉川商店街通りは、老若男女多様な人々が行き交う。

街の随所に見える人と人とのつながり

駅前を少し離れれば、閑静な住宅地が現れる。『田舎寿し』の荒井徳子さんは、「私が暮らし始めた頃、このあたりは山や原っぱが広がっていました」と、思い返す。丘陵地を住宅が埋め尽くしていくさまをずっと見てきたのだ。「販売口越しに挨拶してくれる人が多いですね。気づけば、顔見知りの人が増えました」。

二子玉川には石碑が多い。『田舎寿し』の近くにはガードレールに守られた大山道道標が。
二子玉川には石碑が多い。『田舎寿し』の近くにはガードレールに守られた大山道道標が。

また、瀬田交差点近くには、住宅地の中に複数の店舗が連なるエリアが点在している。その一角にあるイタリアン『アンジェロ』の秋山徹夫さんは、「店同士は、商売敵ではなくて仲間」と語る。その言葉どおり、近隣の店舗はスタッフ同士が行き来をし、新旧入り交じったコミュニティーを形成していた。

こうして歩いてみると、街の人々は来訪者を受け入れる人情味にあふれ、変化にとても柔軟だ。もしかすると、行楽地として発展してきたゆえの気風が根付いているからかもしれない。そんな温かみある人々に囲まれて過ごす時間の心地よさときたら。自分も街の一員として溶け込んだような気分になって、段々愛おしく、離れがたい気持ちになってゆく。

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商店街入り口の甘~い誘惑『西河製菓店』

1967年創業の『西河製菓店』の軒先には、開店直後から行列が。ショーウインドーには、豆大福151円やみたらし団子108円などの和菓子が並ぶ。「春先は桜餅、お彼岸の時期はおはぎとか、季節ものも人気」と、店主の如澤賢一郎さん。柔らかなお菓子を頬張り、商店街を散策したい。

・10:00~19:00(売切次第終了)、月休。
・☎03-3700-0179

鮮魚店の店先に“看板お母さん”の姿あり『魚石』

通りを歩いていると、「こんにちは~」。声の主は、鮮魚店『魚石』のお母さん・石野菊子さんだ。店頭に並ぶ新鮮な魚介の刺し身もいいが、アサリ、シジミといった貝の量り売りにも心ひかれる。「今日のは身が大きくて、おいしいわよ」。そんなこと言われたら財布のひもが緩んでしまいますわ。

・8:30~19:00、日・祝休。
・☎03-3709-3056

新鮮な青果と名物のぬか漬け『八百寿』

この地で商いを始めて45年。旬の野菜や果物が所狭しと並ぶ青果店・『八百寿(やおとし)』は、まさに近隣住民の台所的存在だ。特に、人気の品はぬか漬け。「父と母が何十年も育ててきた糠床で漬けていて、遠方から買いに来るお客様もいるんです」と、店主の江口寿夫さんは胸を張る。立ち寄ったなら買い忘れぬよう要注意だ。

・10:00~19:00、日・祝休。
・☎03-3709-9690

玉川小学校の目の前にある『八百寿』。日々、子供たちの帰りを見守っている。
玉川小学校の目の前にある『八百寿』。日々、子供たちの帰りを見守っている。

荘厳でポップな地域の氏神さま「瀬田玉川神社」

約450年前からこの地を見守ってきた鎮守・瀬田玉川神社。境内へ上る階段や荘厳な社殿は圧巻だ。そうかと思えば、その年の干支が描かれた巨大な“立体絵馬”やカラフルなレイをかけた狛犬など、随所におかしみが。禰宜の高橋知明さんは「神社が身近な存在であるように」と、笑う。

・9:00~17:00(社務所)、境内自由。
・☎03-3700-3829

月替わりのお守りを12個集めたら記念品を贈呈!
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連日満席でにぎわう町イタリアン『アンジェロ』

飲食未経験のサラリーマンから一念発起し、45年前に『アンジェロ』を開業した店主の秋山徹夫さん。「地域のお客さまに支えられて、やってこれた」とほほえむ。人気の野菜のニンニクソース添え1300円をはじめ、パスタやピザ、自家製パンといった豊富で魅力的な品の数々に惑う。

・11:30~14:30・18:00~21:00、月・金休。
・☎03-3700-9609

散歩のお供に、手巻き寿司をゲット『田舎寿し』

川沿いを進むと、蔵のように古風な建物に小さな販売口を発見。その正体は、手巻き寿司と弁当のテイクアウト専門店・『田舎寿し』だ。「1本からでも、巻きますよ~」とは、店主の荒井徳子さん。でき立てを受け取ると、海苔の香りがふわっ。食欲をそそられ、食べ歩きにもぴったりだ。

・7:00~14:00、日・祝休。
・☎03-3700-0592

太巻きと細巻き、いなりの詰め合わせがおすすめ!
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これぞ、ニッポンの古民家『岡本公園民家園』

世田谷にあった、江戸時代の農家の住まいを移築し、昔の屋敷を再現した『岡本公園民家園』。茅葺き屋根の主屋に入れば、薪が燃える囲炉裏や農具の数々、座して使う流しなど、生活様式の違いがなんとも新鮮。土間で屋根裏を眺めたり、縁台に腰かけたり、しばし喧騒を忘れよう。

・9:30~16:30、月休。
・☎03-3709-6959

飲んべえの胃袋つかむ、コスパ抜群の酒場『のんき』

黄昏時になると、『のんき』の赤提灯は煌々と輝き始め、飲んべえを誘う。注文が入ってから店主の江花清次さんがさばくアジの刺し身630円は、ドンっとまるまる一尾。その迫力に驚かされる。人気のバナバ茶ハイ470円をひと口飲み、脂の乗った肉厚のアジをいただけば、いつの間にか頬が緩んでいる。

・17:00~23:00、無休。
・☎03-3709-2381

取材・文=どてらい堂 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2023年2月号より