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晋平太(しんぺいた)
1983年、東京都生まれ・埼玉県狭山市育ちのラッパー。フリースタイル(即興)でのラップバトルを得意とし、日本最大規模の大会「ULTIMATE MC BATTLE」で2連覇(2010、2011年)を達成。ラップバトル番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)では、2017年に史上初の完全制覇を成し遂げた。現在フリースタイルの伝道師として、全国各地でラップ講座を開き、フリースタイル及び日本語ラップの普及活動を行う。You Tubeチャンネル「Yo!晋平太だぜ Raps」でも動画を配信中。

これが日本一の即興ラップだ!

飾るぜ故郷に錦 見せるぜ即興の美意識

晋平太  :  取材依頼の企画書に「韻を踏んで地元を語る」って書いてありましたけど、インタビューで話すときも韻を踏んだほうがいいですか?

──すごい即興のラップを先ほど見せてもらえたので大丈夫です! あらためて地元の入曽を歩いてみていかがでしたか?
晋平太

最近もときどき帰ってきてますけど、駅前は昔と全く変わっていないですね。駅近くの喫茶店(『スウィング』)は昔からありますし、店の前を通って『カットインギャル』って美容院のことも思い出しました。駅の周囲も「林だったところに家が建ったな」とかはありますけど、大きな変化は特にないです。今も昔も遊ぶ場所が全然ない街なんですけど、『あづま園』は子供の頃から通ってましたね。『魔界村』のゲームが激ムズなんですよ!

──敵に当たると鎧が脱げて、すぐ死んじゃうんですよね(笑)。『あづま園』はバッティングとかゲームとかできるレジャーセンターで、かなり昔から今の場所にある印象があります。
晋平太

スポッチャの元祖的な場所ですね。家族経営だから夜になると閉まりますけど。今でも最高にいいところですよ。ビリヤードの玉をポケットに落とすと、その先が網で、自分で運んで戻すシステムですから(笑)。

──10代の頃はその街で、地元のパトロールに明け暮れていたとか。
晋平太

街の治安、守ってましたね。ファミリーマートの前に友達とたむろって、街に異常がないか監視していました。

──周囲の人達からすると、逆に治安が悪く見えたかもしれないですが(笑)。それが少し大きくなると、外の町で遊ぶようになった感じですか?
晋平太

外といっても狭山市駅近くの市の中心地か、新トコ(新所沢)でしたね。どっちもチャリで20分なんで。オシャレな服が欲しいヤツは、新トコのムラサキスポーツで買い物をしていたので、高確率で服が被ってました(笑)。

──ラップには中学3年生の頃にハマったそうですね。
晋平太

僕は中学が東京の私立だったので、ヒップホップの音楽に早くから触れられました。当時の狭山ではラップの好きな友達はいなかったし、活動できる場所もなかった。高校を出る頃には「ここにいてもチャンスはないな」と思っていましたし、この地元が一番イヤだった時期だったと思います。

駅前には子供の頃にあった店が今も残る。
駅前には子供の頃にあった店が今も残る。
──晋平太さんは20代前半でデビューし、MCバトル(即興ラップのバトル)の大会で優勝を果たしています。住む場所も都内になり、2年連続で日本一になったUMB(ULTIMATE MC BATTLE)には東京代表として出場していました。
晋平太

当時は埼玉への思い入れもなかったです。UMBで司会の立場になり、全国の大会を回るなかで、地域に根ざして活動しているヤツらと触れ合ったことで考え方が変わりましたね。「自分とは根の張り方がぜんぜん違うな」と感じたんです。

──それから地域に根ざした活動を始めるわけですね。
晋平太

嫁の地元の東村山に引っ越してからですね。その街で仲間もできて、一緒に地域の活動もするようになりました。

趣味趣向の多少のズレも、 リスペクトして一緒に活動

晋平太  :  でも、「自分が育った埼玉の地元にはまだ何も返せてないな」とも感じていました。そんな時期に、西所沢で『UNDER WORLD』というダンススタジオをやっているCHANPON君に誘ってもらい、『KIDS HOP PARK』という子供のヒップホップイベントもはじめました。子供たちがMCバトルやヒューマンビートボックスバトル、ダンスバトルをするイベントで、そこで地元の子供たちとも交われて、「やっと地元と繋がれた」と思いましたね。僕みたいな40近い世代の中には、同じようにヒップホップやスケボーが好きな人が地域に多くて、今はその人達が子供向けにイベントをする時代なんですよ。

──地元での活動ではヒップホップとは異なる文化の人達と一緒になる事も多そうですね。
晋平太

小さな街では趣味嗜好が完全に同じヤツだけじゃ広がりもないし、近い部分を探して、お互いにリスペクトをして活動するのがいいと思います。若い頃はみんなバラバラに活動していましたけど、大人になって地元で楽しく生きるには、『一つでも共通点があったら友達』みたいな感覚が大事なのかなと思います。実際『KIDS HOP PARK』は、スケボーやBMXなどのカルチャーも楽しめるブロック・パーティー『OTHERPOSSE』の中でも開催しています。あと、そのブロック・パーティーというのは、もともとアメリカの1つの街区の住民たちが集まって行っていた地域のお祭りのこと。ヒップホップの原点でもあるので、僕自身としても原点回帰をしている感覚があります。

東村山に住みながら、042エリアを盛り上げる

──狭山市近隣のエリアでは、武蔵藤沢駅前の『フジフェス』にも先日(2019年11月)に出演されていましたね。
晋平太

当日は雨も降って寒かったんですけど、僕のライブをわざわざ見に来てくれた人もいて。そういうのってすごくうれしいし、自治体や商工会のイベントにラッパーを呼ぶのって大変だと思うんですよ。僕を呼んだ人はラップが好きでも、周囲は「晋平太って誰?」って状況だろうし、そういう人達も一人ひとり説得してくれたからこそ、僕がステージに立てているわけで。本当にありがたいです。

──実際、お客さんにはヒップホップになじみのない人も多いかと思います。
晋平太

散歩中のおじいちゃんとか、別の目的でイベントに来たような親子が多いときもありますね。そんな場所でも『ヒップホップってこんな感じだぜ!』というライブをカマして、その楽しさを知ってもらいたいと思っています。

──入曽駅前での撮影中は、近くにいた学生から撮影も求められていましたね。
晋平太

『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)や『高校生RAP選手権』(BSスカパー!)といった番組が始まって、MCバトルを好きな若い子が増えてから、街なかでもそういう機会が増えました。僕は狭山をレペゼンして活動してきたわけじゃないのに、「僕も狭山出身なんです」と声もよくかけてもらって。それもすごく励みになっています。

──では、入曽や狭山の好きなとろは?
晋平太

特に便利ではないですけど、自然がすぐ近くにありますし、都心とは段違いのユルさがいいですね。西武新宿線で都内から帰ると、ずーっと街の景色が続くんですけど、新所沢と入曽のあいだから急に畑ばかりになるんです(笑)。航空公園の『所沢航空発祥記念館』にあった空撮写真でも、入曽のあたりだけマジで何もないですし。ホントに落ち着く場所ですけど、疲れて地元に帰ってくると、「俺、ここからラッパーになったんだから自分のことを褒めてあげよう」って思います(笑)。僕は今は東京の東村山に住んでますけど、この042エリアを盛り上げていきたいです。

──電話番号が042の地域ですね。
晋平太

埼玉県だけじゃなく西東京も含まれるので、超広いんですけど(笑)。でも東村山音頭に「狭山茶どころ情けが厚い」って歌詞があるくらい、狭山の地名も昔は広いものだったと思うんですよね。

──実際、狭山茶の産地も広いですしね。
晋平太

なのに、いま狭山を名乗るこの市には、この雑誌が特集してる所沢、入間、飯能と比べても、人を呼べるものが少ないと思うんですよ。「狭山って誰か有名な人いるの?」って話になったとき、「晋平太だよ」って言われるくらいには頑張らなきゃなと思っています。

駅前では複数の学生に声をかけられ、撮影も頼まれていた。
駅前では複数の学生に声をかけられ、撮影も頼まれていた。

リリック全文、大公開!

This is a Freestyle
俺の名前は晋平太
ラップは俺の人生だ
狭山の茶畑で夢見てた
あの頃はただのティーン・エイジャー
ラッパーに憧れてイキってた
カラオケでマイク握ってた
聞いてた MICROPHONE PAGER
BUDDHA BRAND キングギドラ

入曽の駅 改札を出れば
今も何も変わらねえマジだ
そこから入間小まで
入間小だった場所に小学校がもうねえ
そこからあづま園
インスタ映えするはずがねえ
けど オレはこの場所レペゼン
して育ってるぜ ふるさと同然
少年だったときから何も変わってねえ

入間小は原っぱになったが
オレは日本一のラッパー
目指したあの頃の鼻垂れのまま
放たれた魂 まだ何も変わらねえ
レペゼンする狭山市
都会の暮らしが羨ましい
と思ってた過去が懐かしい

この街にしかねえもん
いっぱいあるぜ
この場所はラップの名門
じゃねえけど狭え門だって
テメエのMicrophoneだけでこじ開ける
猪突猛進 それが方針

さらにはその場所
この場所の暮らしをClassicに移し替える
ことができたら少しは胸張れる
胸張って帰る 飾るぜ故郷に錦

即興の美意識 見せるぜ
即興するBeatsに
マイク無しでも Freestylee
オレが晋平太 レペゼン042エリア
オレが狭山市 illson of illson

 

取材・文=古澤誠一郎  撮影=原 幹和