モダンな和装のアンテナショップの奥には、かまどのようなカフェカウンター
『BonTin Cafe』がオープンしたのは2020年7月。浴衣やよさこい踊りの衣装など、創業70年の和装を扱う問屋がアンテナショップとして開いた『BonTin Tokyo』に併設されたカフェだ。
そのため店内は、反物から仕立て済みのゆかた、うちわや扇子、アクセサリー類などの小物などが展示販売されている。インテリアも和を重んじながら、モダンにアレンジ。壁の漆喰には沖縄産の藍を効果的に使い、反物のディスプレイなど和服に触れる機会が少ない人にこそ興味を持ってもらえるように工夫を施している。
店のいちばん奥がカフェのカウンターで、かまどをイメージした。シネッソ社の黒いエスプレッソマシンを鎮座させている。
店長を務めるのはバリスタの金浩俊(キン ホジュン)さん。コーヒー好きのオーナーが「彼のコーヒーの味に惚れ込んだ」という。「コーヒーは化学です」と話す研究熱心な金さんは、コーヒー豆の焙煎から抽出、そしてフードメニューの開発まで一貫して担当している。
席は10席程度とショップ併設型だけあって、こじんまりしているが、金さんが淹れるコーヒーの味は本格的であると評判だ。豆は精製方法から厳選。ナチュラルとウォッシュドという精製方法のものを選んでいる。果実であるコーヒーチェリーが本来持っているフルーティーな味わいを引き出すことができる精製方法だという。焙煎は週に1度。少し寝かせる方が美味しいと、3日以上はエイジングしている。
熱伝導のいい金属製のHARIO V60を使って、真っ直ぐ、一点に集中して湯を落とすのが金さんのドリップスタイルだ。おすすめのエチオピアは、ストロベリーを感じる酸味がある。ドリップコーヒーは普段コーヒーにミルクや砂糖を入れて飲む人にもぜひブラックで飲んでほしいそう。「温度が変わると味わいも変わります。その変化も含めてコーヒーのおいしさを感じてもらいたい」とのこと。
ミルクなしのコーヒーが苦手ならば、カフェラテを選んでほしい。きめ細かなフォームドミルクのふくよかな甘みと、コーヒーのナッツのような香ばしさが豊かに味わえる。58度から62度に温めたミルクだけが持つ甘さを引き出すため、ミルクの温度には細心の注意を払っている。
映えると人気のプリンは、ぎりぎりの柔らかさ
コーヒーのおいしさが自慢の『BonTin Cafe』だが、フードのメニューではプリンが人気だ。コーヒーを飲んでもらうきっかけにしようと、スイーツメニューを徐々に増やしているというが、プリンが目当てで訪れる客がいるというのも頷けるうまさだ。
卵は赤卵を選んでいて、牛乳の量が多め。自立するぎりぎりの柔らかさを狙った、とろりとした舌触りと濃厚さが絶妙だ。コアントローで風味漬けしたカラメルとふわっとのせた生クリームとのバランスもいい。
深い色合いの有田焼の器に盛り付けられたプリンは、写真映えするとインスタグラムに投稿する客も多い。おいしさに映えの効果が加わって、人気は予想以上。オリジナルの他にバリエーションも増やして、最新作はエスプレッソプリンだ。オリジナルの深煎りブレンドを使っていて、クリーミーな舌触りの中に、ほどよく苦味が顔を出す。
和装のかっこよさを目の当たりにしながら飲む本格コーヒー
オープンしてしばらくはカフェのスペースが店の奥にあることから、和装の店でコーヒーを出しているとは近所の人たちにはあまり気付かれなかった。徐々に本格的なコーヒーを出す店だと認識されるようになると、古い喫茶店が店じまいし、チェーン店以外の気軽にコーヒーを飲める店が減ったことも手伝って、近所の人たちがコーヒーを買いに来てくれることも増えた。
もともとは訪日外国人も含めて、現代的なセンスで和装の魅力を伝えることも店の目的だった。夏祭りや花火大会が軒並み中止になって、浴衣を着る機会が激減。和装の店としての緊急事態は継続中だが、コーヒーを飲みにきた客が扇子やうちわ、和風のアクセサリーに興味を示す姿も見られる。
店の前は打ち水がされ、美しく整えられたディスプレイの間を進むと、自然と背筋が伸びるような気がする。そんな中で丁寧に淹れられたコーヒーを飲むと、改めて日本の文化を日常に取り入れたい気持ちが湧いてくるのだろう。
取材・撮影・文=野崎さおり